受験を終えて無事第一志望の高校に受かった私は、この春花の女子高生になった。それなりに短くなった制服のスカートに意味もなく嬉しくなる。母に買ってもらったミルクティー色のカーディガンはお気に入りで、新品つやつやのスクール鞄にも見慣れてきた頃だった。


「あ、お帰りー」


友達と学校帰りにパフェを食べてから帰宅すると、うちのリビングで今最も会いたくない男とお母さんが楽しそうにお茶をしていて盛大に顔を顰めた。舌打ちすら出て来そうな勢いだったがそれは流石にお行儀悪いと分かっているので留めると「うわ、お前今の顔めっちゃ王ドラだった!うわっ、うわ!なにその蔑むような目!」と言われむっとする。


「おじちゃん目節穴なんじゃないの?私のどこがお父さんに似てるっていうのよ」


本当失礼しちゃうなぁ。ぷんぷん頬を膨らませながら鞄をソファーへ置くとお母さんが私の分の紅茶も用意してくれてるようなので取り敢えず座っておく。紅茶はこの前おじちゃんのくれた奴だった。お母さんがとても喜んでいたのを思い出す。


「似てるって。なぁ?」

「うん、性格は間違いなくあの人寄りね」

「えー、冗談キツいよ」

「そういう辛辣な言葉遣いとかお父さんそっくりだぞ」

「…」


くっ、返す言葉が見つからない。思わず黙り混んでしまうと、おじちゃんがじっと私の顔をじっと見つめてくるので居心地悪くなって睨むと「うおっ」だとか言って怯まれた。なに。少し無愛想だっただろうか、おじちゃんが少し寂しそうな顔をしたけどすぐにへらりと私に笑いかける。


「もうすっかり高校生だなー。学校はもう慣れたか?どうよ、新生活は」

「…うん、いい感じ、かな。友達も何人か出来たし、委員会にも入ったし」

「お、なに委員?」

「図書」

「…なんだよー、しっかり両親の血受け継いでんじゃーん」

「あれ、エルくん覚えてるんだ?」

「覚えてるよ。お前と王ドラが恋愛し始めたのそれがきっかけじゃん」


へぇと思った。両親とも図書委員だったというのは聞いた事があるけど、そこから恋愛に発展したっていうのは初耳だ。お母さんは懐かしいねーと言いながら照れたように両頬へと手を添える。


「お前ら二人とも読書が趣味だったからな」

「うんうん。そういうエルくんは図書室が静かで居心地がいいからって理由でよく居眠りしてて、うちの人によく怒られてたよね」

「迷惑です、出ていって下さい、とか言ってな」


あ、また私の知らない青春時代の話をしているな、と、横で聞いていて切なくなった。もうマタドーラおじちゃんへの思いは断ち切ったつもりだった。いくら私がおじちゃんのことを思ったって、頑張ったって、彼に届く事は無いと分かってしまったから。なら辛くても早々に諦めてしまった方が私も無駄に傷つかなくて済む。

けれど恋心というのは厄介な物で、忘れた頃におじちゃんを思い出しては恋しくなったり会いたくなってしまうので堪らない。だからそういう時は現実を思い出して自分に言い聞かせることにしている。もうおじちゃんにも新しい彼女がいるの、運が悪いことにまたデート中のところを遭遇したことがあった。元カノに似ていてフワフワした雰囲気を纏ってる明るい感じの人。

どうやらおじちゃんのタイプは女の子らしくて可愛い系の人らしい。ただ前カノよりも性格がいいというのは、少し会話を交えただけで私にもすぐに分かった。気遣いの出来る、素敵な人。寧ろおじちゃんには勿体無いんじゃあと思ってしまうくらいしっかりしていて。あ、思い出したら涙出てきたかも。じんとする目頭に焦って、目をぱっちりと開けたまま瞬きをしないように心掛ける。なぁ?放心していた所に話題を振られて、分からないままえ?と聞き返せばおじちゃんが二杯目の紅茶にミルクと砂糖を混ぜながら言った。


「両親の影響だろ?お前が図書委員選んだのって」

「うーん…それもあるけど、比較的楽そうだったから」

「うっわ!めちゃくちゃ不純な動機だった」

「おじちゃんだって図書室にいたのは不純な動機だったんでしょー!人のこと言えないもん」

「うっ、そうだけど」


手に取ったティーカップが小さく音を立てて鳴る。口をつけほんのりとした紅茶独特の甘さを心地良く思っていると、玄関のドアの開く音がしたのでおやとそちらへ顔を向けた。見るとお母さんもおじちゃんも身を乗り出して玄関を覗きこんでいる。「ただいま、今日は早く上がってもいいと言われたので早めに、」そこまで言って、声の主がおじちゃんの顔を捉えあからさまに嫌そうな顔をして眉根を寄せた。


「ちょ!王ドラお前ちょー失礼!見たか!さっきのお前の顔これと全く一緒なんだからな!」


勢いよくマタドーラおじちゃんに振り向かれて紅茶を吹き出しそうになる。「私そんな酷い顔してない」静かに訴えると今度はお父さんに「酷い顔とはなんですか!」と怒られた。


「それで、何かご用ですか」

「んー?別に。世間話に来ただけですよーっと。あ、あとは二人に夫婦円満の秘訣について伺いたいなー、と」

「え、なにエルくん結婚するの?」


どきり、お母さんの言葉に私が反応してしまった。へ、けっ、こん…?おじちゃんが?


「結婚はまだしないけど。まぁ俺もそろそろ身を固めようかなとか思ってて。そういう夫婦での楽しい思い出とか聞いてたら、俺も家庭持ちたくなるかなー、てな」


瞠目して固まる私にお父さんが気付いたようで、おじちゃんの話を耳にしながらちらりとこちらに視線をやったので慌てて平然を装った。けれど少しあからさまだっただろうか、鋭いお父さんには勘付かれてしまったかもしれない。それでも挙動不審に揺れる瞳とドキドキ不安げに鳴る心臓に、耳はおじちゃんの話を聞くので精一杯だった。ああもう、居心地が悪いったらありゃしない。


「今の彼女とを考えてるの?結婚」

「うん、まぁ意識はしてんじゃないかな、お互いに」

「じゃあ式挙げる時は呼んで下さいね。幸せ使いきったんじゃないかって思うくらいお祝いしてあげますから」

「…お前はまたぁ、そういう棘の有ること言って」


ただひたすら胸が痛かった。紅茶を一気に飲み干し大袈裟なくらいに音を立ててカップを置いて、繕った笑顔はバレない自信があったし、「じゃあ私、もうすぐ中間テスト控えてるから部屋戻るね」と言えば納得した様子だった。ただ、お父さんを除いては。観察するようにマジマジと見られて、逃げるように部屋へと戻る。あ、ヤバイ、お父さん多分気付いてる。

もう色々な感情が混ざり合っていて、部屋のドアを閉めた途端少しだけ泣いてしまった。



(私ももういい加減、諦めたいのに)
(お父さんは気を遣っているのか、意外にも何も聞いてはこなくて、それが余計に私をモヤモヤさせた)


20150517




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