今年も両親にささやかながら二人きりの時間をあげようと思って、わたしは去年と同じく今夜は誰かのお家に泊めてもらう事にした。まあ誰かといってももう決めてあるのだけれど。

ぽーんとチャイムを鳴らせば、暫くしてからドアが静かに開いて髪を左右に跳ねさせるマタドーラおじちゃんが出てきた。目なんてまともに開いていなくて、いかにも寝起きって感じが漂っている。


「おじちゃん久しぶり。も〜、また寝てたの?」

「…うん、今ので起きた」


眠いときに寝るのがおじちゃんなので、大体わたしが遊びに来るとおじちゃんは夜だろうが昼だろうが寝起きでボーッとしてる事が多い。彼に時間など関係ないのだ。放っておくと一日中寝てるなんて事も普通に有り得るので、たまにわたしがお目覚めコールをしてあげたり。でー、何、どうしたの、とがしがし頭を掻き大きな欠伸を漏らしたおじちゃんに、わたしはにこりと爽やかな笑みを浮かべて告げた。


「えへへ、今年も泊めて貰おうと思いまして」

「…は?」


おじちゃんは心底驚いたらしい。あれだけ眠そうにしていたのに一気に目を瞠目させて。寝起きで働いていないであろう頭に、ほら今日はいい夫婦の日ですからと教えてあげればおじちゃんはパチパチと何度か瞬きを繰り返した末ぎゅうっと目を瞑りあからさまに顔を顰めた。


「いやだよ!王ドラにバレたら俺半殺しにされる」

「それ去年も言ってたね。おじちゃんボキャブラリー貧困すぎ」

「うるさい」

「でもなんだかんだ去年もばれなかったし。今年も平気だよ」

「お前なあ、他人事だと思って…」


なんやかんや、行くところが無かったわたしを流石に追い返すことは酷だと悟ってくれたおじちゃんは去年、わたしを一晩泊めてくれてちゃんとお家まで送り届けてくれた。玄関の手前でそっとバイバイしたので、お父さん達にはバレていない。と、思う。お父さんは何かと敏感だったり感がいいので、気づかないフリをしてくれてるなんて事もあるかもしれない。去年のことを思い出しているのか、おじちゃんはうーんと捻った首に手をやり考え込む素振りを見せた。これは押せば折れてくれるパターンだわ。我ながら大分おじちゃんの扱いに慣れてきたなと思いながら最後に一押し、ねえっ、お願いおじちゃん!と懇願してみる。けど、今日のおじちゃんはしぶとかった。うーんと唸った末、わたしから目を逸らして首を横に振ったので目を見張る。


「…いや、やっぱり駄目だ。今日は帰れ」


まさか断られると思ってなかったわたしは思わず大きな声を上げてしまう。おじちゃんが苦々しそうに顔までをも逸らしわたしと視線を合わせようとしてくれないので、ぐいと腕を引っ張ってなんで!と理由を追求してみると今度はあからさまに表情に出された。


「今年泊めたらそれが当たり前になるだろ。繰り返してたらいつか絶対王ドラにバレる。だから駄目」

「なんで駄目なの!別にいけない事してる訳じゃないもん!友達の家に泊まりに来てるだけじゃんっ」

「そうだなー。でもお父さんの気にもなってやれよ。年頃の娘が親友とはいえ独り身のいい歳した男の家に泊めるのはやっぱり心配なんだろ」

「…でも今更帰れないもん」

「今年こそドラえもん家泊めてもらえ。な?」

「…」


膨れっ面になるわたしの頭をがさつに撫でて、おじちゃんはじゃあな、今度は泊まりじゃなくて遊びに来いと一方的に告げるなりパタンとドアを閉めた。…わたしまだ納得してなかったのに、バイバイも言ってないのに勝手にドア閉められた。それが無性に腹正しくて、じわじわと怒りの感情が目に表れる。熱くて今にも零れてしまいそうで、けどここで泣いてしまうのはもっと悔しかったので必死に堪えて立ちすくんでいた。


「っ、おじちゃんのバカ」


校則で決められた、丈の長いスカートの裾をきゅうと握りしめたまま動けない。鼻を啜り唇を噛み締め、肩を小さく震わせてひたすら泣くのを我慢して何分が経ったのだろう。数十分はそのままだったかもしれない。そんなわたしを見兼ねたように、不意にドアが再び開き続けざまにハァだなんて中々重たげな溜息が聞こえた。


「なに泣きそうになってんだよお前は」

「っ、な、いてないもん!」

「ほら、んな長い間外で突っ立ってると風邪引くぞ。中入れ」

「別にいいもんっ!もう直ぐ帰るから」

「あーそう?んじゃあドア閉めちゃうからな?」

「うん」

「じゃあバイバーイ」

「…、」


閉まりかけるドア。あ、と伸ばしかけた手が不自然に浮いたまま止まる。しかし寸手のところで止まったドアの僅かなかな隙間から、わたしの手を掴み強引にも引っ張るのはおじちゃんの手。半ばおじちゃんの胸に飛び込む感じで凭れ背後でドアが閉まったのに、どきっとした。


「…そうやって拗ねるとこ、お前の母さんそっくり」


手が放されておじちゃんが奥に進む。わたしも靴を脱ぎ慌てて後を追うと、見慣れた部屋に見慣れた家具、何一つ変わらないおじちゃんの家。テーブルの上にあるカップラーメンのゴミも相変わらずでちょっと呆れた。


「おじちゃん不健康的」

「一人だとどうしても適当になっちゃうんだよなぁ」

「じゃあ今夜はわたしと一緒に食事しよ!」

「悪い金無い」

「別に外食じゃなくていいよ。わたしが作る」

「悪い材料費買う金も無い」

「はあっ?」


盛大に顔を顰めてなに買ったの?と訝しむけど、おじちゃんは秘密と苦笑うだけで教えてくれなかった。正直気になったが、しつこく気いても多分教えてくれないだろうからふーんとかわざと興味ないフリをして。


「じゃあ今度一緒に食べよ。わたし材料買ってくるね」

「そのうちな」


わたしは今度って言ったのに…。そのうち、とか言うからそっちの方が遠い未来な気がして、少しへこんだ。


「じゃあ今日の晩飯はカップラーメンでいいな?」

「他に選択肢ないんでしょ?」

「うん、わりぃ」


カップラーメンの汁を捨てようとおじちゃんが流しの前に立つ。がちゃがちゃついでに溜まっていたお皿を洗っているようで、無言な背中にぽつり気になってた質問を投げつけた。


「…来年も来ていいですか」

「…反対しても来るくせに」


わたしに背を向けたままおじちゃんが笑いを含ませて言う。その声はどこか楽しそうだった。


「来てもいいけど、」


この頃、既にわたしはおじちゃんに対して特別な感情を抱いていた。いつからとか、歳が離れ過ぎてるだとか、お父さんの友達だとか、この時のわたしにはどうだって良かった。ただなんだかんだでわたしに甘くしてくれるおじちゃんが大好きで、嬉しくて。一緒にいてくれるだけで心が満たされていた。それだけで十分だと思っていた、今が楽しければ、別に、


「お父さんには内緒だからな」


振り向いた彼は悪い大人の顔をしていて、内緒という響きがいけない事をしているような錯覚に陥られる。ドキドキ煩くなる心音を紛らわすように、わたしは大きく頷き分かってるよと声を発した。



(多分この時から、わたしの中で芽生えて大きくなっていた感情があったんだと思う)
(付き合いたいとか彼女になりたいとか)
(そんな事考えたことなかったけど)
(わたしもいつかおじちゃんと、いい夫婦になってこの日を過ごしていればいいなとかは思ってたよ)


20131127




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