スマホ片手に何度か撮影を繰り返していた所に、何やってんだよとおじちゃんが顔を覗かせてくるのであっ!となる。


「おじちゃん!」

「自撮りなう?」

「うーん、半分正解かな。TikTokなう」

「てぃっくとっくうぅ?」


聞き馴染みの無い単語なのか。おじちゃんが盛大に顔を顰めながら訝しげに私を見やった。試しに、以前撮ってTikTokに上げた動画をほらと見せてみる。当時流行った音源で、私でもそれなりにバズった奴。振り付けを見て欲しかったんだけど、可愛く撮れてんじゃんと言われて素直に照れる。


「え。えへ、そーお?」

「お、この子も可愛い」

「…」


スクロールして出て来た別動画の女の子にもそんな事を言うので、ついムっとなっておじちゃんの頬っぺたを抓る。「いってぇ!冗談だよ!」「嘘だ!」ぎゅうう、と思いっきし抓ってから漸くパッと放してあげる。赤くなった頬を摩りながら、おじちゃんがあんまり興味無さそうな声色でほーん、と呟いた。


「こんなのが流行ってる、ねぇ」


どんどん動画をスクロールして流していくおじちゃんに、そうだ!と意気込んで。「おじちゃんも一緒に撮ろ!」とノリノリで誘ってみるけれど。案の定えー、と乗り気でない返事が返ってきてまぁまぁと宥めた。


「私がおじちゃんの事バズらせてあげる!私ね、こう見えてもフォロワーそこそこ居るんだよ」

「お、マジじゃん」


何気なく、おじちゃんが私のスマホ画面をタップして動画のコメント欄を開く。可愛い〜とか、付き合いたいとか、男の子からのそういうコメントもチラホラとあってほんの少し気まずくなった。けれど、もしかしたらヤキモチ妬いてくれるかもなんて、淡い期待もあったりして。


「すげぇな。可愛すぎて死ねるって。アイドルみてぇになってんじゃん」

「ま、まぁね」

「…いいぜ。じゃあ試しに何か撮って貰うか」


ヤキモチ妬いてくれるかも、なんていう想像とは裏腹に、おじちゃんは私の方を見ながらニッコリ微笑んだので一瞬呆気に取られた。付き合い始める前とか、その直後はよくヤキモチしてくれたのに…。おじちゃんも慣れてしまったのだろうか。最近は全然妬いてくれないから率直に言って寂しい。寧ろ、ヤキモチを妬くのは私の方ばっかりだった…。また頬を膨らませてむくれる私に、おじちゃんが何拗ねてんだよと笑った。


「拗ねてないし!ほらおじちゃん、この振り覚えてね」


最近流行ってる且つ比較的簡単な振り付けの音源を選んで徹底的にレクチャーを始める。もっと表情作って、ここでウインクして、そう!めっちゃ良い!そうやって指南して出来上がった動画は、我ながら中々良い感じに仕上がっていて大分満足だった。流石おじちゃん。艶っぽい表情もキザな動作も自然で完璧だしめちゃくちゃ音源に似合っている。一応音に合わせながらウインクして投げキッスをするっていう動画だったんだけど。公開する前から既に私の方がハマってしまって、一人で何回も再生して魅入ってしまった。私のおじちゃん、カッコいい…!


「じゃ、バズったら教えてくれよ」

「うん、任して」


とは言ったものの、公開してあっという間におじちゃんの動画が伸びていくので逆に怖かった。まだ数時間しか経ってないのに、もう良いねがkいってる…!オススメにでも載ったのだろうか。止まる事を知らないおじちゃんの人気に最早ゾッとしたし、同時にモヤモヤとした気持ちにも苛まれて凄く複雑な気持ちになった。ハートの数と同じくらい増えていくコメントも気になって自然とコメント欄を開く。見なきゃいいのに。そこにはおじちゃんに対してのカッコいい!とイケメン!で溢れてて、私はそっと動画の非公開ボタンを押した。やっぱりおじちゃんってカッコいいしモテるんだな。知ってたけど。付き合いたい、そう書かれていたコメントに露骨に嫉妬してついついボヤく。


「いやいや、おじちゃんはもう私と付き合ってるし」


むぅ。おじちゃんとバズりたかった筈なのに。可笑しいな。非公開にしたのだからそれ以上動画が伸びる事は無かったけれど、残ったコメントを見る度に苛々悶々としてしまったので、結局動画事態消して無かった事にしてしまった。「あー、やだやだ」私はもう二度とおじちゃんでTikTokを撮らないだろう。おじちゃんも興味無さそうだったし。きっともうこの話題が上がる事も無い。そう思っていたのに。


「そういえば、この間上げたTikTokどうなった?」


意外にも、忘れた頃になっておじちゃんにそんな事を言われてしまい、思わず咽せてしまう所だった。「…気になる?」若干挙動不審になる私に構わず、おじちゃんがコーヒーカップに口をつけながら一応、と返した。


「…まぁそれなりにバズったよ」

「おー、見してくれよ」

「いやだ」

「なんでぇ」

「見せたくない」

「ふは、それなりにバズったんだろ?俺もティックトッカーなろうかな」

「え!絶対やだ!!」

「ハハハ、なんでぇ」


おじちゃんがカラカラとラフに笑う。中々に楽しそうな声色で、これは私の反応を見て面白がっているなと察しがついてバツが悪くなった。うーん、正直に言うべきだろうか。はぐらかした所で、おじちゃんには全て見透かされた上でからかわれる気がしたのだ。


「…おじちゃんカッコいいから、人気が出て女の子にモテるの見たくない」

「お前だって可愛いから人気出て男にモテモテなんだろ?一緒じゃん」


それまで楽しそうに話していたおじちゃんの声が、ワントーン下がった気がして。自然とおじちゃんの方を見やる。ニマニマと口角を緩めていた表情が一変、そこに少し不機嫌そうな色を混ぜたおじちゃんに、思わず言葉を噤んだ。


「…おじちゃん」

「表に出してねーだけなんだよなぁ」


おじちゃんが身を乗り出して、そっと私の唇を指でなぞる。心臓がどき、も短く音を立てた。「自分の彼女があんなチヤホヤされてて、妬かねぇ訳がねぇじゃん」ジェラシーに塗れた口付けに胸をキュウっと締め付けられながら、私はTikTok引退を心に決めるのであった。



20220729




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