チャイムが勢いよく押された音がした。ただ、壊れてる為実際にした音はピンポンじゃなくてシュコッと空気の抜ける様な音が正解で。「ああ、もうっ!」分厚いドア越しに聞こえる苛立った声に何だどうしたとドアを開けて出迎えれば、ムスッとご機嫌斜めな顔をした彼女が立っていて面食らった。


「どうしたんだよ、可愛い顔が台無しだぜ?」

「かわっ、!…コホン。お父さんと喧嘩したの。だから今日はここに泊まる!ぜーったい、家には帰らない!」

「えええ」


それこそ思春期の頃は、毎日の様に喧嘩してるって王ドラから溜息混じりに聞いてたけど。今日は久し振りにガチ喧嘩となったらしい。スーツケースに荷物を詰め込んで押しかけてきた様子につい「家出少女か!」と突っ込んでしまうが、彼女は「やだなぁ、私もう少女って呼べる歳じゃないよ」とヘラヘラ笑っていた。…確かに。当たり前だが、おじちゃん!今日泊まってってもいい?と聞いていたあの頃の方が断然少女だった。あの頃も少女というよりは友達んトコの娘のガキンチョという認識だったからつい何回か泊めてしまったが、普通に考えたら犯罪臭やべぇな俺。


「そういう訳だから、お邪魔します」


…いや、今も割とやべぇな。ブーツを脱ぎ去る彼女の姿を見据えながらそんな事を思う。状況は今も昔もそんなには変わってはいない。だってこいつ今幾つだっけ。誕生日来て無かったらまだ未成年じゃね?18越えてたら法律的には大丈夫なんだっけ。いや16以上だったか?悶々としつつ取り敢えずコイツの年齢を思い出そうと思考を巡らせていたのだが、「おじちゃんご飯食べた?良かったら私作るよ」と横入りされブツリと途切れた。


「あ、いや、もう食べた」

「そっか。じゃあお茶にする?」

「おー」

「ふふ、じゃあ今淹れるね。ちょっと待ってて」


パタパタとキッチンまで走って、お茶の準備をする。母親から譲り受けたらしいワンピースを着たコイツの後ろ姿は、やはりどこと無く昔好きだったアイツの物と似ていたけれども。振り向いて嬉しそうな顔で俺を見つめる彼女は、紛れもなく今俺の好きな人の物だった。


「で?今回の喧嘩の原因は何な訳?」

「…お父さんがおじちゃんのお家行っちゃ駄目って」

「ぶっ、」


つい紅茶を口から吹き出しそうになって慌てる。ごくん。喉を通り抜けていった熱い紅茶に少しばかり咽せる。


「私もついカッとなって付き合ってる事言っちゃったんだけど、それは知ってます!知った上でお泊まりなんて許す訳ないでしょう!だって。付き合ってても付き合ってなくても駄目っていうクセにね!それで喧嘩になっちゃって」

「あー、…なるほど?」

「…やっぱりお父さん、勘付いてたんだって思うと余計家には居られないな、ってさ」

「うーん、そうだよなぁ。気まずいもんなぁ。ごめん、俺からきちんと王ドラに言っとけば良かったな」

「…?言っとくって、何を?」

「お嬢さんとお付き合いさせて頂いてますって」

「…」


ふと黙り込んでしまったのを不思議に思って目を移せば、真っ赤になった顔で俺を見詰めていたのでつい俺も惚けてしまう。「で、でも、おじちゃんの口から聞いたらお父さん、怒っておじちゃんの事殴っちゃうかも…」カミカミになりながら、視線をティーカップへと落としながら。そんな心配をする彼女につい苦笑いを零す。実はもうとっくに殴られてるんだけどな。とは絶対に言わないけど。


「後で一緒に家戻ろう。それで、きちんとお前の父さんや母さんに挨拶しような」

「う、うん。…でも、」

「…?どうした?」

「…家に帰るのは、明日がいい」

「…」

「今日は、おじちゃんと一緒に過ごしたいな、なんて」

「…」

「あの、えっと…ダメ?」


ダメ?とか。頬を染めて少し照れた様な不安そうな顔で訊ねてくる彼女に感化されてつい俺まで照れてしまう。僅かに顔を赤らめながらんんん!と手の甲を口元に押し当てつつも、平然を装ってはいはい分かったと了承を出した。瞬時にパァッと嬉しそうな顔をするから愛しさが募る。


「で、今日は何する?映画?トランプ?それとも、」


毎年の定番をつらつらと上げてみる。去年は結局カラオケでオール、途中で眠気に勝てず爆睡する俺に対し、一人でも熱唱コンサートを続ける彼女にやっぱ若さだなぁと項垂れていた渋い記憶。あれからもう一年かと脳裏でしみじみする俺の言葉を、「おじちゃん」と柔らかい声で塞き止められた。不意に目が合う。ギュウと手を握り締められ、どこか艶のある表情で微笑まれたのに内心ドキリとした。


「おじちゃん、私もう子供じゃないよ」


いつぞやのと同じ台詞。でも落ち着いたトーンで話すそいつの言葉は、確かに大人びていて。あの頃の無邪気な面影は、もうそこには残っていなかった。触れた唇の柔らかさがいつまでも残って離れない。抱き締めた身体からは、幸せの匂いがした。



20191123




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