中々良い男の人っていない物なんだなぁと、大学に入ってからしみじみ感じた。周りは恋愛に花を咲かせて楽しそうにしているけど、未だ新しい恋に踏み切れていない私は何だか取り残された気分になって考え込んでしまう。いいなぁ、私にもそろそろ春が来てくれないだろうか。でも実際に寄ってくるのはロクでもない男ばっかりで、見た感じ私の春はまだまだ遠そうである。
身体目的、浮気野郎、割り勘男、デリカシー無し男、ただ遊びたいだけ。前は男の人に求める条件とかも特に無かったんだけど、この2年と半分で私自身の理想が高くなっている事に驚いた。こうして思い返すと、私の初めての彼氏はとても恵まれていたと思う。高校生でピュアだったからっていうのもあるかもしれないけど。彼は優しくて一途で、何よりも私を大切にしてくれた。うーん、勿体ない事をしたかもしれない、そう思うのは彼に失礼な気がして、私はそっと頭を振った。
「…あのさ、」
隣にいた男が声を掛けてきたのでそうだ今はデート中だったと思い出す。彼は私のどこに惚れたのか、とにかく私への猛アプローチが激しかった。好意を向けてくれるのは嬉しいけど、もう既に告白されて断っているのに彼は諦めようとしないので少しうんざりとしてしまう。私の気持ちに御構い無しでストレートに愛を向けてくる所が苦手だった。今日だってどうしてもとせがまれてデートをしてみたけど、やっぱりイマイチぴんと来ない。うーん、これは駄目だ。申し訳ないけど全然楽しくなかった…。また今日もボンヤリした気持ちのままデートを終えようとしている、そんな時、夕日に照らされながら歯切れ悪く言葉を紡ぐ彼に何となく次の言葉を察してしまう。あ、これはまた来たな、
「…俺、やっぱりお前といるとさ…楽しいんだよな」
「…」
どこかしどろもどろになる彼をただじっと見つめる。女の子は愛される方が幸せだと、誰かが言っていたのをふと思い出して彼と付き合う未来を一瞬だけ想像した。でもそれでは高校時代の彼と同じ末路を辿る気しかしなくてひっそりとため息を吐く。告白を断り続けるのも中々メンタルがいるんだよなぁ…。
「よぉ、久しぶり」
「…!おじちゃん、」
ポンと、背後から軽く肩を叩かれたのにビクリとして振り返る。呆然とした顔で固まる私におじちゃんはニコリと爽やかに笑って、デート相手の男の子に「こんにちは」と挨拶を交わしていた。男の子は気まずそうにこんにちはと返して、助けを求めるように私を見つめるので内心呆れる。そういう微妙に情けない所もあんまり好きじゃない。
「紹介するね、エルマタドーラさん。私の好きな人なの」
「えっ、!」
男の子は余程驚いたのか、目をこれでもかと大きく見開いてパクパクと口を上下に動かしている。おじちゃんはおじちゃんで呆気に取られたような、少し呆れたような顔で私を見てため息を吐いた。
「今日はありがとう!楽しかったよ。じゃあ、またね」
社交辞令も程々に、私は強引におじちゃんの腕を引いて彼に別れを告げる。直ぐに振り払われちゃうかなと思っていたけど、おじちゃんは大人しく腕を組ませてくれたのが意外で逆に不信感を抱いた。
「…悪いな、なんか邪魔したかも、あの青年の」
「あはは、自覚あったんだ。だとしたら謝る相手間違えてるよおじちゃん。でも断るのも憂鬱だったから、本当はちょうど良かったの。このまま見せつけてたら諦めてくれるかもしれないから、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「まぁ、いいけど」
え、いいの?まさか同意してもらえると思ってなくてついおじちゃんを凝視してしまう。夕陽がおじちゃんの髪に溶けて馴染んで、燃えるように煌めいているのが綺麗だった。
「お前はいいの?あいつの事」
「いいんだよ、そんなにタイプじゃないし。もう何回も断ってるのにしつこくて」
「…成る程、確かにくどいのは嫌だな」
おじちゃんがそう言ったのに内心ドキリとした。心臓がソワソワとして落ち着かない。…おじちゃんは?突拍子も無くそう訪ねてみる。何が?と、おじちゃんは疑問符を飛ばしながらチラリと私を一瞥した。
「私がいつまでもおじちゃんを好きでい続けるのは、迷惑?」
断っても断っても猛烈アタックしてくる彼を苦手に感じたように、おじちゃんもいつまで経っても片思いをしている私に嫌気が刺していたらどうしよう。そう思うと途端に不安になって、聞かずには居られなくなった。でもおじちゃんは優しいから、私が傷付かないように嘘を吐くかもしれない。
「お願い、本当の事言って欲しい」
「…」
黙り込んでしまったおじちゃんを肯定と取って、胸の奥がズキズキ痛み出す。いや、考えればすぐ分かる事なんだけどね。娘と思っていた子に好きって言われて、困らない訳がない。おじちゃんが私を好きになる可能性は無いとまでハッキリ言われてるんだから。期待するだけ無駄だって、とっくに分かっていたはずなのに。そう、以前フラれた時の事を次々と思い出して、なんだか凄く悲しい気分になってしまった…。
「…そっ、か、ごめんね、おじちゃんの気持ちも考えずに。もう好きって公言するの止めるし、おじちゃんに必要以上に絡むのも止めるって約束、す、る…」
ふとおじちゃんが歩く足を止めたので、私も不思議に思いながら足を止めておじちゃんの顔を見上げた。優しい手付きで頬におじちゃんの指が滑り込んできて、目を瞠る私に構わずおじちゃんが静かに顔を近づけてくる。私に落ちる影が段々と濃くなって、本当に唇が重なってしまうかと思った。
「…これぐらいすれば、あの青年もお前の事諦めるだろ」
おじちゃんが何事も無かったかのようにすっと顔を離して、私から視線を逸らす。その時、あまりにも動揺し過ぎてしまって、私もおじちゃんの顔をきちんと見る事が出来なかった。心臓がドキドキ忙しなく動いている。顔は真っ赤だし、身体中も熱く火照って息が苦しくなった。同時にチクチクと胸を襲う痛みが止まらなくて、私は僅かに唇を噛む。
「…おじちゃん、狡いよ」
私がおじちゃんの事、まだまだ全然忘れられないくらい好きだって知ってるのに。
「どうしてそういう、期待を持たせるような事するの」
いっつもそう。拒絶するならもっとハッキリ拒絶して、ちゃんと遠ざけてよ。おじちゃんがいつまでも優しくしてくれるから、私はそれに甘えて中途半端な距離を保って、結局嫌いになれないままこの片思いを拗らせ続けているのだ。
「おじちゃん、ずるい」
じんわりと涙が滲んで声が震える。ごめん、と、おじちゃんが静かに謝罪の言葉を口にした。違う、謝らないでよ、もっと切なくなっちゃうじゃない。
「ごめんな、ズルくてサイテーな大人で」
ズルい、ずるい、そのズルくてサイテーな大人に、私は今もまだどうしようもなく焦がれているのだ。
20190426