どこから話したらいいのかすら分からないが、取り敢えず聞いてくれ。俺には本当の娘のように、っていううのは少し盛り過ぎか…そうだ、俺には本当の家族の様に接している女の子がいた。うん、こっちの方がしっくりくる。その子は親友の娘で、それこそこーんな小っちゃい赤ん坊の頃からずっと、あの子の成長を見守ってきた。反抗期でロクに目も合わせてくれなかった時は正直ガーン!って思ったし、同時に寂しくも思ったのを今でもはっきりと覚えている。「目が合わない所ではありません。私は毎日の様に無視されてますよ」そう青ざめた顔で自嘲混じりに言った王ドラには同情したっけ。


そしてもう何年も前の話になるが、あいつがズルくてサイテーな大人の男を好きだと聞いて普通に心配にもなった。その頃から俺はもうあいつへの保護者的感情を抱いていたんだと思う。最初こそあいつの好きな奴は誰だ、と気になってコッソリ観察してみた事もあるし、探りを入れてみた事もある。だが俺も鈍い訳ではない。年々あいつと接触する事が増えて気付いてしまったのだ。俺の事を見つめてくる視線が年々熱を増している事に。俺を呼ぶ声が、表情が、段々と甘くなっていく事に。分かってしまった。もしかしなくても、そのズルくてサイテーな大人は俺だ…。それはもうガッツリ項垂れた。 何でだ、こんなおっさんの何処に惚れる要素が…?疑問だった。多分人生で一番思い悩んだ。


そうだ、俺があいつを娘と近しい感情で見ているのと同じように、あいつも俺をおじちゃんという近しい距離で見てきたから、きっとそれを恋と錯覚してるんだろう、というのが一番しっくり来たが少し無理がある気がして降り出しに戻る。あの子の顔を見ればまやかしか本物かなんて直ぐに分かってしまった。思った事を感情に出しやすい所は昔から変わっていない。ふと、あいつがまだ幼かった頃の、おじちゃーん!と俺を呼ぶ姿を思い出してなんとも言えない気持ちになる。あぁ、あんなに小さかったのになぁ。


これはいかん。そう思ってさり気なく遠ざけたり、熱烈ラブコールを躱してみたり。その度にあいつは傷付いた顔で俺の事を見る。それに気付かないフリをしておきながら、いい夫婦の日になると家に招いて甘やかした。もう恒例行事みたいになっていたとはいえ、そうやって期待を持たせるような事をしたのは悪いと思っている。多分、寂しかったんだよな、俺も。って言うのは言い訳がましいけど。本当の家族のように思っていたからこそ、近付きすぎるのはいけないと分かっていたが離れすぎるのも嫌だという矛盾があって。俺は完全にあいつを拒絶する事が出来なかったんだ。お前の言う通り、俺はズルくてサイテーな大人だったよと、そう自覚するなり深い罪悪感に苛まれた。


そうしている内にもあいつはどんどん歳を重ねて大人になっていく。ほんの少し前までは王ドラにそっくりだなと思っていたのが、最近急に女の子さが増してやっぱり母親にも似ているなと思えるようになった。少しボーっとした時の横顔なんて、そっくり。その後の「なにおじちゃん間抜け面で私の事見てるの?」っていう辛辣な言葉は間違いなく父親譲りだが。声や仕草は凄く母親に似てきた所があった。

ぶっちゃけ、俺は親友の嫁が好きだったしそれを長らく引きずっていた、という極秘の話がある。今はもうさすがに吹っ切れているが、それを一番知られてはいけないあいつに知られてしまった時はマジで終わったと青ざめた。一晩中うんうん唸って自分がどうするべきかを考えた。あいつはそれでも俺を好きだと言って、俺の好きな人の代わりにもなるとも言ったが、当然許す事なんて出来ない。因みに、言葉にして直接好きだと言われたのはそれが初めてで、俺は勿論困ってしまったが、同時にほんの少しだけ嬉しいとも思ってしまったし、切ないとも思ってしまったのだ。よく分からん感情にその時はフタをしたが、それが今になってグツグツと煮え出しては俺を苦しめる。


「…いや、あり得んだろ」


しかし最近、事あるごとにあいつを思い出すのだ。あんなにもはっきりと言葉にされてしまった以上、俺の昔の思いを知られてしまった以上もう側には居られないと思った。俺はまだ独身だし家庭なんてないけれど、この家族のような温もりを壊したくはなかったのだ。だから距離を取ろうと思うのに、頭を過るのはいつだってあいつの顔。あいつが赤ん坊だった頃から今までの思い出が、まるで走馬灯のように駆け巡っては懐かしくなる。きっと家族愛の延長戦なのであって、恋愛的な感情ではないと言い聞かせていたのだが、そんなある日、あいつが男と並んでホテル街を歩いているのを見た時心臓がヒュッとつめたく冷えた。


いや、まぁ、あいつだってもう子供じゃねーんだし、遊び盛りだろうからそこまで過保護になる必要もねぇと思うけど、けど…。その時自分が感じたのは紛れもなく独占欲だった。そう聞くとなんか怖いイメージになるからジェラシーに言い換えるな。なんか、嫌だった。あいつが見ず知らずの男とそういう関係になるのが。それが本当に、ただの保護者として心配しているのか、あいつを女として見ているのかは分からなかったしそれどころじゃ無かったから深くは考えられなかったが。もしかすると今は後者の方が強いのかもしれない。


あいつが嫌がってるようにも見えてすかさず止めに入ると、その男にはおっさんと罵られた。お、おっさん…そうだよ、俺はおっさんだよ認める。でも第三者に言われるとちょっと胸に刺さってショックだった…。おっさんはなぁ、歳を取るにつれ心がナイーブになるんだよ!それでもってこいつはこんなおっさんの何処がいいんだと、神経を疑う眼差しで見つめると目が合って。なに?と微笑まれた。…嬉しそうにしちゃってぇ。俺の気も知らずにさぁ。こいつが昔言ってた、初恋の人の好きな所を思い出して胸がきゅっと縮こまる。誰かに好かれて嬉しく思うのは、久し振りかもしれない。もう人生経験が長い俺には、今のこの心地良さとか、胸のときめきとかで分かってしまうものなのだ。俺が彼女にどういう感情を抱いているのか。自覚せざるを得なかった。でもどうあがいても親友の娘。手を出すわけにはいかない、というので俺はまたまた悩んだ。第三次恋愛葛藤脳内戦争が始まった。


そしてそんな様子の俺を見兼ねた親友が心配して俺に聞いてきた。最近元気無さそうですけど、生きてますか?って。生きとるわ。そう返すと親友は笑って、俺にワインを進めた。そして事態は急展開を迎える。アルコールが回ってきたっていうのもあって、今期最大の悩みを親友に相談してみるというクレイジーな行動に出たのだ。「で、どうしたんですか?」同じくアルコールでフワフワし出した親友に、俺は思い切ってそれとなく聞いてみる。


「最近さぁ、ちょっと好きかもしれない子がいて」

「…はぁ」

「でも好きになっちゃいけない相手なんだけど、どう思う?」

「恋愛マスターの貴方が私に恋愛相談だなんて珍しい。笑っちゃいますね」

「…俺は本気で悩んでんだけど」


言葉通りクスクスと上品に笑い出した王にむっとして軽く睨みつけると、すみませんと謝りながらグラスに口をつける。


「どうして好きになっちゃいけないって思うんですか?」

「…モラル、かな。一番分かりやすくいうと。世間や周りが許してくれないだろうし、俺自身あの子にこんな感情を抱くのは間違ってると思う」


王ドラはピクリと片眉を釣り上げて、どこか険しい顔のまま成る程?と1つ頷いてみせた。


「ちゃんと自覚はあるんですね。それでも好き、だから悩んでるという訳ですか」

「まぁ、な。自分でも笑っちまうよ。本気で好きな子なんて長らく出来なかったのに。何でよりにもよってあの子なんだろう、ってさ」

「…」

「まぁ場違いな恋愛に変わりはねぇし、諦めようとは思ってる」

「…それが仮に、両思いだったとしてもですか?」

「…両思いだとしてもだ」


あの子にはまだ未来がある。こんなおっさんじゃなくて、もっといい相手が他にいるはずだ。だから俺からは身を引こうと思った。王に相談してみて正解だったかもしれない。少しは気持ちがスッキリして割り切れたかも。しかし当の王ドラは少し思案するような素ぶりを見せて成る程成る程?と難しい顔のまま何度か頷いた後、俺に向き直るなりニッコリと満面の笑みで言った。


「取り敢えず一発私に殴られて下さい」

「いやいやなんてだよ!?っぶは、」


突然の殴られろ宣言に驚いて勢いよく王の方を見た瞬間、頬に奴の拳が飛んできて俺の体も吹っ飛んだ。いっ、てぇ。こいつ、本気で殴りやがった。なんなんだよ突然!殴られた箇所に手を当てて、生理的に浮かんできた涙を滲ませながら王ドラの方を睨む。だが俺よりも王の方が数倍怖い顔をして俺の事を睨み返していた。


「大事な愛娘を任せるかもしれないんです、当たり前でしょう」

「っ、は、?」

「気付いてない訳がないじゃないですか。貴方が私の奥さんに抱いていた気持ちに、あの子の貴方へ対する長年の片思いに。そして、今の貴方の本当の想いに。それを諦めるだとか言ってる腰抜けに大切な娘を渡したくない私の気持ちが、貴方に分かりますか?」

「っ、分かる、分かってるよ!だから俺はこうして身を引こうと、」

「ええ、本当にあの子の事を考えてるっていうのは分かりました。でも、そしたらあの子の気持ちはどうなるんです?私も最初は家族愛の延長だと思いましたよ。それとなく諦めるようにも促しました。けれどあの子は貴方への片思いを止めなかった。寧ろ想いは年々強くなっていくばかりだ」


チクチクと、胸の奥をまるで細い針で刺されてるみたいに。目の前で顔を顰めて話す親友に俺まで苦しくなって堪らなくなった。もう、見ていられないんですよ。そう嘆く王ドラは、一番近くであいつの片思いをずっとヒヤヒヤしながらも見守ってきたのだろうと、そう悟って俺は何も言い返せなくなった。


「あの子も今年で成人しますし、もう事の分別も分かっている年頃だと思ってます。だから私からは別に口出しなんてしませんよ。ただ親として、私は娘の幸せを一番に願っています」


あとは貴方次第ですよ。そう言って、王ドラは静かに席を立つ。今になって殴られた箇所がじんじんと熱く痛んで、俺は暫くそこから動く事が出来なくなった。あいつの大学1年が終わろうとしている、寒い冬のある日の事だった。



20190228




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