俺、お前になんかしなかったか?と、電話口にそう言われて一瞬だけ黙った後、私は小さく「なにかって?」と答えた。脳裏にちらつくのはあの日の光景。ぐっすり眠るおじちゃんの腕からそっと抜け出して、お粥を作って置き手紙を書いてから帰ったけど。おじちゃんはおじちゃんであの日の朦朧とする意識を覚えているようだった。


「…例えば、」


そこで黙り込むおじちゃん。口にするのは躊躇われる内容だっておじちゃんも気が付いてるんだと思う。


「…なにも無かったよ。寝言は色々と言ってたけど」


だから咄嗟に嘘をついた。あれは私だけが知っている事でいい。おじちゃんはただの夢だと思っていて。そう思うのに。おじちゃんは中々疑り深い。


「会って直接話がしたいから、近所の公園まで出てこれるか?」


真剣な声色を聞いてなんとなく察した。ああ、その確かめたい事っていうのは殆ど確信に近いんだなって。おじちゃんも本当は気が付いてるんだ。あの日自分がした失態に、本当は夢なんかじゃ無いって事に。確信した上で私に話をするつもりなんだって。なら私から仕掛けてみてもいいよね、って、不安と期待でドキドキしながらも身支度を整えた。どうせもう後には戻れないんなら、いっそのこと…







「…なんのつもりだ?」


顔を合わせるなりおじちゃんがあからさまに顔を顰めて、そのまま訝しげな目でじっと私の事を凝視するので少しだけ居心地が悪くなる。


「…別に?ただのイメチェンだよ」


着てきた服はフワフワで甘めのワンピース。お母さんの好きそうなやつで、化粧も髪型も全部お母さんの真似っこをしたら「お母さんの若い頃そっくりですね」ってお父さんに言われたから、今の私は相当お母さんに似ているんだと思う。


「…ねえ、エルくん」

「っ、やめろよ」


ごめん、私知っちゃったから。もう、引き返せないところまで来てるし逆にこれがチャンスになるかもしれないから。だからね、おじちゃん、私がこうする事でおじちゃんが私の事を見てくれるって言うんなら、私、


「おじちゃん。私の事、お母さんだと思ってもいいよ」


それでおじちゃんと結ばれるのなら、私にとっては十分幸せになれるから。そう思うのに。おじちゃんは眉間にシワを寄せながら「っ、ばーか!」と声を上げて怒る。


「んな事、出来るわけねーだろ。俺の恋はさ、もうとっくに終わってるんだよ。お前の父さんと母さんが一緒になったあの日から、とっくに…。最初は辛かったけど。王がいて、お前の母さんがいて、そしてお前が産まれて。俺にとっても家族みたいなもんなんだ、お前たちは。そんな大切な宝物を、俺自らの手で壊す訳にはいかねーよ」


おじちゃんの言葉が胸に刺さる。ささって、いたい。いたいよ、おじちゃん。おじちゃんの言葉に嘘偽りなんてない。だから余計に…


「っ、おじちゃんが、少しでも、ほんの1パーセントでも、私を好きになってくれる可能性は、ないの…?」

「…ごめんな。お前は俺の大好きだった人に似てるけど、何よりもその大好きな人の娘なんだ。手を出すことは、出来ないよ」

「っ、やだぁ、やだよおじちゃん、だって、こんなに好きなのにっ、だいすきなのに、っう、う、」


生まれて初めて誰かに好きだと伝えた。初めてちゃんと、おじちゃんに私の気持ちを言ったのに。結末は予想通りの展開すぎて飽き飽きしちゃうね。悲しすぎて涙が止まらないよ。分かりきっていた事だった。どんなに頑張っても、この恋が実る事はないし叶う事もない。私だけが傷ついて終わってしまう、分かっていたけど。


「おねがい、っ、お願いだからおじちゃん、私の事ちゃんと見てよぉ」


誰の子供とか関係なく、娘みたいなポジションとかも全部捨てて。ちゃんと1人の女の子として見てよ。ねぇおじちゃん、こっち見て。お願いだから。


「…ごめん」


でも、そんな風にはっきり言葉にして拒否されると、もう認めざるを得なくなってしまうわけで。今までこつこつと積み上げてきた物が、ずっと隠し通してきた思いが、今、ガラガラと音を立てて崩れていく気がした。


「っう、ああ、っわああ、!」


ぎゅっとおじちゃんに抱き付いて、わんわん子供みたく泣きながらただただ駄々をこねた。「嫌だ、っ!いやだよぉ」我ながら大人気ないと思う。けどだからといって止められる物でも無かった。これが長年の片思いを拗らせた結果だった。



(おじちゃんはおじちゃんでごめんなって言うだけで、)
(私の事を抱きしめ返すなんて事もなく)
(それもおじちゃんの優しさだと分かっている私は、)
(ただただ泣きじゃくるしかなかった)



20180716




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