大学生になったら、もう少し大人になれるかもとか淡い期待をしていた。少しでも大人になれればおじちゃんに釣り合う女の子になれるかもしれない。少しは、こっちを向いてくれるかもしれない。なんて、昔から同じ事を思い続けては玉砕しているのだから笑ってしまう。大学生と言っても実際年齢的にはまだ未成年だし、数ヶ月そこらでは正直大した変化もない。

ちゃんと告白した訳でもないけれど、はっきりと拒絶されてしまったあの日からもう半年かぁ。最初はかなり落ち込んだし、もう会えないって思った。それでもそんな心情や問題は時間が癒して解決してくれるから不思議なものだよね。


「…よし」


そして性懲りも無く私は、またおじちゃんに会いたくなって彼の家まで赴いてしまう。傷つくって分かってるのに止められないんだから困った。傷つきすぎて可笑しくなってしまったのかもしれない。ここまで来たらもう、半ばヤケだった。こうなったらとことん片想いこじらせて開き直ってやる。

そう思ってインターホンを押す。てっきり鳴らないと思っていたそれがポーンと音を立てたので思わずビビってしまった。こ、この前までは壊れてたのに。やっと直したんだねおじちゃん…。そして意外にもすぐにドアが開いて、おじちゃんは私の顔を見るなりパチクリと目を丸めるので今更ながら少しだけ気まずくなってしまう。


「…よお、久しぶりじゃん」

「そう、だね。近くまで来たから寄ってみようと思って」


なんて、咄嗟に嘘をついた。分かりやすい、嘘だったかな。おじちゃんの目を見たらバレてしまう気がして自然と視線は俯き気味になる。


「まぁテキトーに座って、…って言う前にもう座ってるし」

「えへへ、今更そういうの気にする関係じゃないでしょ?お茶も自分で淹れるからいいよ」


客人用のティーカップにおじちゃんが最近飲んでるらしいハーブティーのパックを入れてお湯を注ぐ。んー、いい香り。お砂糖とミルクを入れてくるくるティースプーンで掻き混ぜていると不意に視線を感じて小首を傾げた。


「ん?なに?」

「なんかお前、この前会った時よりも大人びたよなぁ、と思って」

「えっ!ほんとっ?」


ぱあっと明るく笑ってからしまったと思った。咄嗟に手の平を口元に押し当てるけどもう遅い。折角褒められたのに今の反応は子供っぽかった、あーあ、勿体ない。でもおじちゃんはそんな私の心情も見透かしたみたく笑ってああと頷く。


「てかその服あれだな、母さんのだろ」

「えへっ!分かっちゃったっ?」


これまた少しあからさまに喜んでしまったけれど。そういう変化に気付いて貰えるのは単純に嬉しくてニコニコはにかむ。お母さんのお気に入りだと言っていたワンピース。保存状態も良くて可愛いと言ったら、お母さんが嬉しそうに笑いながら譲ってくれた。


「お前の母さんが学生時代によく着てたやつだからなぁ、それ」


懐かしいな。って、口には出さないけれどおじちゃんの表情がそう語っていた。昔話にしんみりしてしまうのはいつもの事だけど。慣れてしまったのかなぁ。もう前ほど胸の奥はチクチクしない。とか思ってたら、「似合ってんじゃん」とか不意打ちで褒めたりするから、ズルい。そんな面と向かって言われたらさ、ドキドキしちゃうよ…。

なんて、私ばっかりがときめいてる場合じゃない!今日こそは絶対に少しでもおじちゃんにドキっとして貰うんだから…!そう内心で意気込んで私はさり気なく二の腕を寄せながら前屈みになる。ふっふっふ、実はこのワンピース、可愛いだけじゃないんだな。ぱっと見ただけじゃあ気付かないけど、意外と胸元ザックリで気が緩むとすぐ谷間が丸見えになってしまうワンピースなのである!別名好きな人の前以外では絶対着てはいけないワンピース。因みに私命名。お母さんはこの仕様に気付いてなかったみたいでよく着てたけど。


「おいしいねこのハーブティ」

「な、意外とクセが無くて飲みやすいよな」


他愛のない会話を織り交ぜながらそれとなく体勢を崩してみる。さぁおじちゃん、いつまでも紅茶をくるくる掻き回していないで!少しはこっちを見て…!


「…さっむ」


6月下旬。確かにじめじめ湿気が多くて蒸し暑い季節だけど、ちょっとエアコン効き過ぎじゃない!?咄嗟に腕をさすると、おじちゃんが悪い悪いとラフに笑いながら私におじちゃんの上着をかける。


「寒いならそれでも着てな」

「…ありがと」


おじちゃんの上着を貸して貰うハッピーイベントには繋がったけど、悩殺作戦は敢え無く失敗してしまった…。とか心境を複雑にさせていると、おじちゃんが堪え切れないといったようにクツクツと喉の奥で笑い始めたのでついそちらを見やる。


「お前が俺様に色仕掛けなんざ、あと10年早いんだよ」

「えっ、な、気づいてたの?」

「あぁ。胸元緩みやすいだろ、その服。お前の父さんが昔よく怒ってたよ。無防備過ぎる、ってな。ただその時はまだ交際すらしてなくて、王も何も口出し出来なくってさぁ」

「…そうなんだ」


なぁんだ。すっかり不貞腐れてしまった私に、おじちゃんがまた一つ可笑しそうに笑う。あと10年早いんだよ。という言葉が頭の中でこだまして切なくなった。10年経ったら私だってもうおばさんの勢いじゃない…。でももしかすると、その10年先の遠い未来でもおじちゃんはまだ、私を子供扱いするのではないか。とかあり得なくもない推測を思い浮かべてしまって表情が険しくなる。


「そんな顔するなよ、可愛い顔が台無しだぜ?」


…可愛いなんて微塵も思ってないくせに。不意に口から出そうになった言葉をぐっと堪えて飲み込んだ。だめだ、ダメダメ。そういう発言が子供っぽい。そして可愛くない。だから敢えてにっこり笑って、「そうだよね」と言えばおじちゃんは呆気にとられたみたく「お、おぉ」とたじろぐ。


「…ちょっとお手洗い借りるね」


作戦の練り直しも兼ねて一度席を立った。悩殺作戦は大失敗だったけど、おじちゃんこのワンピースの仕組みに気付いてて、私の胸が見える前に上着貸してくれたって訳だよね。だって全然視線とかも感じなかったし。その紳士的で大人な態度にまたキュンとして花丸!と思う反面、相変わらず娘ポジションの壁は高くてため息が出る。…でも良かった。思いの外ちゃんとおじちゃんと話せてる。鏡の中で落ち込む自分を見ながら、なんて顔してるんだろうと苦笑いを零す。折角おじちゃん家に来たんだもん。取り敢えず今日は楽しくお喋りして終わりにしておこう。いつも傷付いてばかりだから、たまには楽しいまま終わりを迎えよう。


「…よし」


来た時と同じように、また気持ちをリセットして顔を上げた。そっと戻るとおじちゃんのカップが空になっている事に気が付いて、後ろから身を乗り出しながら声を掛けてみる。ふわりと、私の髪が垂れて僅かにおじちゃんの肩へ掛かった。


「っ…、」

「なにか飲む?いれてあげよっか」


おじちゃんがおもむろに振り向いたことで、割と距離が無いのに漸く気付く。でもおじちゃんが驚いたように目を瞠って固まるので私までぽかんとしてしまった。え、なに、どうしたの。


「おま、急に後ろからとか止めろよ、ビックリしたなぁ」

「え、ごめんごめん。そんなつもりは無かったんだけど」


ふいっと外方を向いてしまったおじちゃんを不思議に思いながら向かいの席へと掛け直す。それでもチラチラと盗み見るようにして見てくるおじちゃんに何かと尋ねてみても、どことなくソワソワしながら何でもねーよと返ってくるので思わずどきりとしてしまった。あれ、おじちゃん、もしかして私の事意識してる…?何でかは分からないけど!なんていう自惚れは後で痛い目を見るって分かっているから、そう思っても深く考えない事にして。私は気を紛らわせるように残りのハーブティーを一気に口へと流し込んだ。


「…俺、今から少しだけシエスタするから。退屈でもしたら勝手に帰っていいぞ」

「え、このタイミングでっ?嘘でしょ?」


ふわーあ、と大きな欠伸を漏らしたおじちゃんがベッドに潜る。突拍子もなくされた発言を止められるわけも無く、フカフカのお布団に包まれてすぐすやぁとか静かな寝息が聞こえてきて、私はむぅと頬っぺたを膨らませた。まぁ、別にいいけどさっ。勝手にアポも無く押しかけてきたのは私の方だし!

でも絶対すぐには帰ってなんかやんない。少しは私が来たメリットの爪痕を残してやる、と思って、簡単な掃除や洗い物はしておいてあげた。でもやっぱり退屈だなぁ。ごちゃついてるテレビの近くでも整頓してあげようかと色々弄っていると、昔ながらのビデオテープが色々と出て来て視線が止まった。うーん、なんのテープなんだろう。興味本位、音を下げながらこれまた懐かしい感じのデッキへと挿入して再生ボタンを押した。どうしよう、肌色だらけの色っぽいお姉さんでも出てきたら、とかいうのは余計な心配だったらしい。映っていたのはドラズの皆と、うちのお母さんやドラミさんだった。


写真はウチにもあるし何回か見たことあったけど。ビデオみたいに動いて声があるっていうのは中々新鮮で、食い入るように見た。お父さんとお母さん、まだ付き合う前なのかな。お父さんが結構お母さんの事チラチラ見てるのに思わず笑ってしまう。お父さん、分かりやす。そして私の視線も、自然とおじちゃんの姿を追いかけているからやっぱり親子だなと思った。マタドーラおじちゃんは全然変わらない。普通に今も昔もカッコいいままだ。…とか、本当にベタ惚れな自分に参ってしまう。


ちらり、おじちゃんの寝顔でも拝んでおこうと思って視線を向けて目を見開いた。眉間に皺を寄せながら額に汗を浮かべて、顔もほんのりと赤い。「…おじちゃん?」恐る恐る、手をおじちゃんの額に当てると熱くて尚更焦る。えっ、うそ、熱…?いつから?もしかしておじちゃん、本当はずっと具合悪いのに我慢してたのかな…。なら言ってくれれば良かったのに。ていうか、寒いんならエアコン切ればいいのにさぁもう!まったく!

とかなんとか、半ばキレ気味になりながらすぱん!と窓を開けてエアコンを止めた。少しむあっとした空気が流れ込んできたけど仕方がない。そのままコップ一杯の水と濡らしたタオルを用意しておじちゃんの元まで翻る。


「…大丈夫なのかな」


軽く汗を拭いてあげながらついポツリとそう零した。おじちゃんの睫毛が一回震えたかと思うと、ゆっくり瞳が半分程上がりのろのろとおじちゃんが起き上がる。


「起きたりして平気?具合が悪いなら言ってくれればいいのに!」

「…お前、何でここにいんの」

「へっ、それは…遊びに来たから?」

「王ドラはいいのかよ」


…、なんでそこでお父さん?というか今更?とは思ったけど、ぎくりとしてつい「内緒で来てるけど…」と返してしまった。おじちゃんがフラフラと上体を揺らしながら苦しそうにこめかみを押さえるのではっとする。


「そうだ、お水持ってくるね、」


用意してあったコップを取りに行こうとした刹那、静かに手首を掴まれたかと思うとそのまま病人らしかぬ力で引っ張られておじちゃんの上に倒れ込んだ。

っ、え…?

ぎゅ、と、私の背に回された腕に混乱する。いくな。耳元で囁かれた、低く掠れた声が、私の鼓膜を震わせて響いた。柄にもなく泣きそうな声をしているなと思った。


「いくなよ、 」


おじちゃんの口からある人の名前が零れ落ちる。それは私の名前じゃなくて、私の…、お母さんの、名前、


「っ…、」


その瞬間、今までの謎が一瞬で全て解けていくような感覚に見舞われた。点と点が一つずつ結ばれていくような。思い返すと今までの彼女はみんな、どことなくフワフワしてておっとりしてて、とても可愛らしい人ばかりで。特に最後に付き合っていたあの人は、どうしても嫌いになれなかったけどその理由が今やっと分かった気がする。あの人、お母さんに、似てたから。ああ、そっか、おじちゃんは…おじちゃんはずっと、私のお母さんの事が、好きだったんだね。


なんの涙かはよく分からなかった。でも堪らずぎゅうとおじちゃんの背中に腕を回してきつく抱き締める。「…すき、私も好きだよ、…エルくん」ぐすっ、て、鼻をすする音。ああ、って。おじちゃんが切なげにも眉を寄せて微笑んだ。



(おじちゃんはきっと懐かしい夢を見ていて)
(私をお母さんと勘違いしている事にはすぐに気がついた)
(どう足掻いても悲しい結末しか待っていないのは分かっているけど)
(お願い、今はまだ、せめて今だけはこのままでいさせて)



20180626





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