毎年子供扱いされて終わるいい夫婦の日。去年珍しくお泊まりを許してくれたエルマタおじちゃんだけど、内容はとても酷い物だったのを思い出して思わず私は顔を顰める。

私的には色々な事を語りながらお菓子食べたりなにか飲んだりしたかったのに。あの男は短い針が11を指した途端こう言った。よし、寝るぞ。って。


「何言ってるのまだ11時だけど!?」

「子供はもう寝る時間だろ」

「おじちゃん私の年齢いくつか知ってる?花の女子高生だよ子供じゃない」


そんな訴えも虚しく、今日は雑魚寝だおらぁとか言うなりおじちゃんがそのままバタンと横になり毛布へと埋もれた。ぐぅ、とかビックリする速さで眠りについたおじちゃんにぎょっとしつつ、そしてそのままやむを得ずき消灯っていう…。

あり得ない。この態度は本当に、女の子相手とかいうよりは妹とか娘とかに対するものじゃない!?おじちゃん絶対他の女の子相手だったらこんな態度取らないでしょ!と思う反面、逆におじちゃんがこんな自然体で接するのは私にだけなのかなぁとか考えるとそれはそれでどことなく嬉しいからホントにもう末期である。我ながらおじちゃんへの片思いを拗らせすぎてて彼への感情が意味分からない事になってるよ。

でも今年は去年みたくはいかせない。もう二人でババ抜きなんて子供じみた事はさせない。おじちゃん家に行く途中で何本か映画をレンタルして、今年はお泊りじゃなくて遊びに行くだけで落ち着いてしまったけど、それでも去年より少しは女の子として見て欲しくて全てに気合いを入れた。おじちゃんの好きそうな、ゆるふわおっとり系を目指した服装でいざ出陣する。


「やっ、おじちゃん」


訪れたおじちゃん家は去年と比べて大した変化もなく。珍しくエプロンをして料理してるおじちゃんの姿に一瞬固まった。


「え、珍しい」

「ふっふっふ、今日はお前にマジで美味いスペイン料理食わしてやるから」


自信満々に言っただけあって、おじちゃんの作ったご飯が中々おいしくてビックリ仰天だった。なにこれうまーっ。思わずパエリアお代わりしてしまった…。借りてきた映画の一本目を見終わってエンドロールを迎えた頃、ちょうどご飯も食べ終えたのでおじちゃんと並んで後片付けをした。なんとなく溢れる同棲してる感に一人ひっそりウキウキしながらお皿を拭く。本当に、おじちゃんと同棲が出来たらいいのに。なんて叶うはずのない事をぼんやり考えていると、ふいにおじちゃんが「そういえば」と言いながらシンクの水を止めた。


「お前、進路どうすんの?今年受験生だろ」

「…大学、医学部にしようと思ってて」

「え、マジでっ?」


医学部に行こうと思ったのは紛れもなくお父さんの影響で。私が選んだのは中々知名度の高い大学で。おじちゃんは私を3秒ほど見つめた後おもむろに口を開いた。


「勉強家なお前なら大丈夫だとは思うけどさぁ。こんなトコ来てる場合かよ」

「いーきーぬーきー。たまには必要でしょ?」

「んー、まーなぁ」


おじちゃん家に来るのが楽しみで楽しみで、楽しみすぎて。この間からずっとウキウキしてるの、おじちゃんは気付いているのか知らないフリをしているのか。考えるだけ胸が痛むだけだからそれ以上は意識しないようにした。「よーし、そんじゃあ毎年恒例のババ抜きでもー、」とか言い出したおじちゃんの方を勢いよく振り向いて制止を掛ける。


「映画は!?」

「今見たじゃん」

「もう一本あるよ!」

「いやぁ、連チャンはおじちゃんちょっと集中力ないわぁ。ごめんなぁ」


ごめんなんて、そんな苦笑いで謝られたら怒れなくなる。ズルい…。しかもここに来てババ抜き…!


「あのさぁおじちゃん、さすがにいい大人が、しかも二人でババ抜きって超つまらないの知ってるでしょ」

「じゃあ大富豪にしとくか」

「いやいや!まずは二人でトランプという概念から外れよう!?」


私の訴えも虚しく、結局二人でババ抜き大富豪七並べとトランプを遊びつくしたあとおじちゃんがふああと小さく欠伸を漏らした。け、結局今年もトランプしてしまった…!絶対もう一本映画観れたのに。眠たげにするおじちゃんを横目で睨むけど、当の本人は時計をちらりと一瞥してから私に向き直り一言。


「そろそろお帰りの時間じゃないですかねお嬢さん」

「えっ、お願いもう少しだけ」

「つってもなぁ。夜道はあぶねーぞ?」

「優しいおじちゃんはお家まで送ってくれるって知ってるもん」

「…はあ〜、ったくしょうがねぇなぁ。あ、じゃあ残りの時間でいいもん見せてやろうか」

「いいもの…?」


にやりと意味ありげに含み笑いをしたままのおじちゃんが、棚から薄い冊子のような物を取り出して机に広げた。それはアルバムのようで、パラパラと捲られた最初の方のページには、学生時代のおじちゃんやお父さんが映っていてあっと思う。てっきり、その頃の思い出話をされるんだと思ってた。また私がいない頃の話、って。でもおじちゃんは後半のページまで捲って、まだ小さかった頃の私を抱っこしてる写真をとんと指差して小さく笑みをこぼした。


「これ、この頃、お前ちょーど人見知り始まった頃みたいでさ。もう抱っこした途端号泣。あん時はこんにゃろ!って思ったけど、顔合わせる内に懐いて、また別のドラズに会った時俺の後ろに隠れたのは少し可愛いなとか思ったよ」


そう、おじちゃんは懐かしそうに目を細めて笑う。私が誕生日を迎えた時、幼稚園での卒園式、両親が不在で代わりに1日面倒を見てくれた時、ランドセルをしょいながら一緒に歩いた桜並木。小さい頃は結構色々な写真を撮っていたんだなっていうのが意外だった。ドラえもんおじちゃんやキッドおじちゃん達とも出掛けたりしたけれど、こうして振り返ってみるとエルマタおじちゃんと過ごしてきた時間がなんだかんだ一番多いのかもしれない。「ほんと、大きくなったなぁ」言いながら、ぽんと大きな手のひらを私の頭に乗せながらしみじみと言うので、なんだか私の方が泣いてしまいそうな衝動に駆られる。


「そう言うおじちゃんも、昔に比べると老けたよね」

「るっせ。お前はあれだな、大きくなったが同時に生意気にもなった。いっとき反抗期凄かっただろ」


う、それは言われちゃうと少し頭が痛いやつだ。その上おじちゃんてばアルバムの最後の方にあった写真を見つめながら「あーあ、この頃はまだ初々しくて可愛かったのになー」と言うので大きく目を見開いた。げ、その写真は中学入ったばかりの地味であどけなくて少しぽっちゃりしてた頃の…!私にとっては一番見られたくない思春期の頃の写真で、羞恥心から思わずうわあああ!と写真を奪い取ろうとしたらそのままずっこけておじちゃんの上に転倒した。


「ってー、…お前なぁ」

「ご、ごめん」


勢いよく頭を打ち付けたらしいおじちゃん。さっきごちんっていってた…。そして、その上に押し倒してしまった形で乗り上げている私。動けないでいると不意におじちゃんと視線が重なって密かに息を飲んだ。


「あの、退いてもらっていいすか」

「え、なんで敬語」

「いや、なんか空気的に。つーか、マジでいつまで上に乗っかってんだよ」


くしゃっと小さくおじちゃんが笑うけど、私は動けないまま。おじちゃん、ねぇおじちゃん。ずっとずっと小さい頃から一緒にいてくれたおじちゃん。おじちゃんはそんな私の事、本当の娘みたいに思ってるの知ってる。でも、私は、

怖い。今からする事に対して拒絶されるのが、変な空気になるのが。分かってるし怖いけど、もう止まれなかった。ぷつんと何かが切れる音がして、今まで堰き止めてた感情が溢れ出す。好き、ねぇ、すきなんだよ。いつからなんて分からないし、何度も諦めようとしたけど出来なかった。もうずっと、大好きなのに。おじちゃんは気付かないフリばっかりするから、ズルい。

ぐっとおじちゃんの肩を押して顔を近づけると、おじちゃんが僅かに目を見開いて私の名を呼んだ。あのね、おじちゃん、


「…私もう、子供じゃない」


おじちゃんの知ってる、ピュアで無垢な私じゃない。

意を決しておもむろに顔をおじちゃんへと近付けた。綺麗に巻いてくるくるとカールした髪がさらりと肩口から溢れる。そのまま勢いに任せて押し当てようとした唇は、触れる直前でおじちゃんの手によって制止された。


「…そうだな、お前はもう、子供じゃない」


…でも、大人でもないだろ?

って。おじちゃんが真っ直ぐ私の目を射抜きながら言う。壁に掛かってた時計から鐘の音が聞こえた。日付けが変わった合図。シンデレラの魔法も解けだす時間で、私の楽しかった時間にも終止符を打つ。


「さあ、今日はもう帰る時間だぜ。支度しろ」


何事も無かったかのように私を起き上がらせるおじちゃん。胸の奥が痛い、ただひたすら…いたい。もう何度も経験してきた痛みだった。「もっと自分を大事にしろよ、ばーか」とか、苦笑混じりに言ったおじちゃんに胸のズキズキが増して、もどかしくなる。私もシンデレラが良かった。後日ガラスの靴を持って会いに来てくれる、王子様がいてくれたらきっと幸せになれたのに。


「ほら、約束通り送ってやるから早くしろ?」



(おじちゃん、)
(こういう時まで優しく甘やかしてくれるおじちゃんが)
(どうしようもなく好きで憎いよ)


20171122





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