おじちゃんにも彼女さんがいるし、私は私でお父さんが煩いしで、泊りは出来なくても遊びに行くので留めようかなくらいに思っていた。多分、いやきっと、彼女さんおじちゃん家に来てるかもしれない。と思って、躊躇いながらもインターホンを押そうと指を添えてすぐドアが開いたので心臓飛びでるかと思った。げ、と、ここで嫌そうな顔をするのはいつも私の方なのに。今日は珍しくおじちゃんが顔を顰める。


「どうした、突然」

「いやー、最近来てなかったから久しぶりに遊びに来た。突然でごめんね」

「別にいいけど」

「…ていうかどうしたの、その顔」


あー、っておじちゃんが罰の悪そうな顔で頬を掻く。左ほっぺたにくっきりと手形が残っていて、ビンタされたのは一目瞭然だけれど。


「彼女と、ちょっとな」

「喧嘩?」

「まあ、そんな感じ。上がれよ」


どうやらおじちゃんはゴミを持ってきただけのようで、玄関先にゴミ袋を二つ放ると私を中へ入れてくれた。


「喧嘩なんて珍しいね。温厚そうな人なのにビンタされるなんて、おじちゃんよっぽど悪い事したんでしょ」

「う、まぁな」

「折角いい夫婦の日なのに、おじちゃんカッコ悪ぅ」

「うるせー、何とでも言え」


おじちゃんにしては可愛らしいティーカップにこぽこぽと紅茶が注がれていく。相変わらずうちのお母さんが好きな銘柄。まさかまだ飲み終わってないのかと聞けば、俺も気に入ってな、と返ってきたので意外に思う。おじちゃんコーヒーっぽいのに。


「今日はどうすんの?お前」

「えー、おじちゃん家泊めてもらおーかなー、と」

「ふーん。まぁいいけど」

「えっ、いいのっ?」


冗談で言ったのに、絶対反対されると思ってたのに、まさかOKが出るとは思ってなくて声が裏返る。勢いよくおじちゃんの方を見やると、今度は自分のカップに紅茶を注ぎながらおー、と生返事を返した。


「どうしたのおじちゃん、ビンタされた拍子にネジ一本飛んだ?」

「失礼な奴だな!そういう嫌味言うとこほんっとお前の父さんそっくりだぞ」

「だって…めっずらしー」

「じゃあいいよ、ドラえもん家泊めてもらえ」

「ちょっとした冗談じゃない」


おお、これは思わぬ収穫。でも同時に、私の事はなんとも思ってない、って証明してる事になる訳で。子供扱い、かぁ。


「彼女はいいの?仲直りしようと思って帰ってきたところに誤解とかされない?」

「お前みたいなチンチクリンがいた所で変な誤解なんてされねーから安心しろ」

「ちょっとー、失礼なのはどっちよ」


チンチクリン。ちょっと、いやかなり、


「…きずつく」

「あ?なんか言ったか?」

「何でもない」


少しむすっとしたまま、特に用もないのに無駄に携帯のメール画面を弄る。ちらりとおじちゃんを一瞥すると、まだ砂糖もミルクも入れてないのにティースプーンでぐるぐるカップの中を掻き混ぜていて違和感を感じた。…うーん?おじちゃん、


「なんか機嫌悪い?」

「んな事ねーけど」

「そんな事あるよ」


彼女と喧嘩したのがよっぽど応えたのかな。それはそれで複雑。とか思っていると、おじちゃんが溜息混じりに頬杖をついて「本当はさぁ」などと言うので相槌を打つ。


「別れたんだよ、彼女と」


思わぬ言葉にどきっとする。え、と漏れた言葉が空気中に溶けて、私は気の利く言葉が上手く見つからなくて。ティーカップを片手に固まった。


「なんで?だって、あんなに仲良しだったのに」

「…俺もさ、好きじゃないのに付き合ってたんだ」

「え…」

「んで、お前のあの一件があって、俺も真剣に考えるようになって。罪悪感に耐えきれなくなった末別れを切り出したらビンタが飛んできたわけ。ずっと待ってたのに、酷い。って。あいつも気付いてたんだろうなぁ、俺の気持ち。それでも待ってたんだよ、俺が本気で、好きになるの」

「…、うん、」

「…やっぱ駄目だなー、その気もないのに交際を始めるのは」


なあ、って、同意を求めるみたいに、おじちゃんが困ったような泣きそうは顔でくしゃっと笑うから。


「…おじちゃん」

「うん?」

「……私はすきだよ、おじちゃんの事」


おじちゃんが私の事眼中にないの、知ってる。叶う事は無いんだろうなって、分かってるけど。それでも、私は…


「ずっとずっと、大好きだからね」

「…ははは、慰めの言葉をどうもありがとう」


ぽんっ、て、私の頭に大きな手が乗せられて口をきゅっと結ぶ。ああ、切ないなぁ。胸がじくじくとして、痛い。おじちゃんの湿気った顔を見ていたら不意に笑顔の似合うあの人の姿を思い出した。何回か会っただけでまともに話した事も無かったけど、素敵な人なんだろうなって。雰囲気がそう言わせていたのを思い出す。おじちゃんと付き合ってるっていうのに、何故だかあの人だけは嫌いになれなかった。でも、そっかぁ、あの人もおじちゃんの事、ずっと待ってたんだ…


「てっきりおじちゃんがベタ惚れなんだと思ってたのに」

「…うーん、まぁ、最初は俺からだったけど」

「えっ!そうなの?」


私が驚いた事でおじちゃんも矛盾に気が付いたらしい。あからさまに罰の悪い顔をした。


「また付き合ってみたら予想と違ったってパターン?」

「…まぁ、な」

「…そういえばおじちゃん、いつもフワフワおっとりした人好きになるね」

「まぁそういう傾向にはあるかもしれないが」

「…」


もしかして、これは私の仮説にすぎないんだけど、もしかしておじちゃん、おじちゃんも私と同じように、好きな人の影を追いかけて同じような事してるのかな、なんて。思ってしまう訳で。ねえおじちゃん、おじちゃんも誰かに叶わない恋をしているの?とは、傷心した横顔を前にはとても聞けそうには無かった。


「(…髪、巻いてみようかな)」


何気無く自分の髪を摘みながら思った。



(次おじちゃんに会う時は)
(めいいっぱいお洒落をしてフワフワ系の甘くて可愛い女の子で)
(少しでもおじちゃんの理想に近づけたらいいな)


20161122





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