「前々から思ってたんだがよぉ、主おめぇオレと国広の扱い全然違くねーか」
ホリーはいっつも兼さん兼さんって!とよく騒いでいるうちの主だが、オレからしたらおまえこそホリーホリー煩いじゃねぇか、と思う。国広といい勝負だよ。なのにこいつと来たら「えっ?そんな事ないよ」などと飄々とぬかすので自然と眉根が寄る。嘘つけ!
「それで無自覚とか許さんぞ、オレは」
「えー、だって自覚もなにも、私は皆のこと平等に見てるつもり、」
「平等だぁ?よく言うぜ。オレを勝手にライバル指定して三日連続無視したこと忘れたなんて言わせねえよ」
「…そういえばそんな事も」
ありましたね。急に敬語になりそわそわと目を逸らすのを見る辺り、一応記憶にはあるらしい。なにを思ったのか、ある日突然「ホリーって主より兼さんだよね」の呟きから始まり「やだ!それなんか納得いかない、いつかその壁越えてやるから!兼さん今からライバルだよ」とかなんとか、心底訳の分からない宣言をされたその日から数日ガン無視されたのはさすがにへこんだ。
とんだとばっちりだ。最近は国広と大分仲良くなれた気がするだとかいってオレへの扱いも幾分マシになったものの、それはそれで素直に喜べねーし気に入らねぇ。
「よーっく思い出してみやがれ。国広が兼さん兼さん言う時は怒るくせして、自分は口を開けばホリーホリーってよぉ」
「うっ、たし、かに…」
国広がオレに世話を焼くのと同じように、自分こそ国広を一番に考えて行動してるくせに、これで無自覚とか言うんだからたまったもんじゃない。うだうだ普段の愚痴をここぞとばかりに続ければ、うちの主は言葉を詰まらせ困ったように眉をハの字に下げる。そうだそうだ、たまにはそうして考えて悩めばいいんだ。だが黙り込んで暫く、突然しかも勢いよく頭を下げてきたのに少しだけ怯んでしまう。
「確かに依怙贔屓は良くない、審神者としてあるまじき行動だったね。…ごめんね、自覚が足りてなかった、ごめんなさい、兼さん」
割と素直なもんだと感心してしまった反面、そんな畏まって謝れるのもなんだか釈然としない。第一違う、オレはおまえの、そんな顔が見たかったんじゃない。しょぼんと思った以上に落ち込んでしまったその肩を叩き「そこまで落ち込むこたぁねえよ。わかりゃあいいんだ」と言うと瞬時にぱあっと顔つきが明るくなり兼さん…!と顔を上げた。単純か。
「じゃあ改めて聞くが、」
「うん?」
「オレと国広がボロボロの重症状態で帰ってきたらどっちを先に手入れ部屋へ入れる」
「えっ!なにその質問!」
笑顔がまた一転。表情がころころ変わるのでこいつは見てて飽きない。
「ちゃんと反省出来てるかどうかのテストだ」
「なにそのテスト。そんなの答えられないよ」
常日頃から国広に「主と兼さん」で天秤にかけさせて困らせてるおまえが言うか。言ってやりたかったが、うんうん唸って思案し始めたので黙っておく。やがて一つ呼吸を置くと、こいつは顔を上げやけに真っ直ぐとした眼差しをオレへ向けた。強い意志を持ってる瞳だった。嘘でもいいからオレだと答えて欲しい。なんてな、そんなのあり得ねえって知ってっけど、その目を見たら答えなんて聞かなくとも分かる。
「無理でも両方同時に手当てするよ。だって二人とも大切なんだもん、天秤にかけるなんて出来ない」
「それだよ主さん僕がこの前言いたかったこと!」
「兼さんあるところにホリーありだねっ、さすがだよ!」
どこからやってきたのか、颯爽と現れた国広に審神者が罰の悪そうな顔をする。「ねえ主さん、この前僕がそう言った時主さんなんて言ったか覚えてる」分が悪いと目を逸らすのはこの主の癖だと知ったたのはもう随分と前だった。国広の冷ややかな視線からさっと目を逸らしたあたり、どうやら覚えがあるらしい。
「僕がそう言った時も主さん問答無用で、」
「あー!ごめんってばホリー!謝るからもうそれ以上言わないで、耳も胸も痛い」
「もう駄目だよ主さん。そうやっていっつも自分を棚に上げて耳が痛いことはちゃちゃっと済ませちゃうんだから」
「う〜、だってー、…じゃあホリーも一番決めてよ、そしたら私も一番、はっ!だめだ今贔屓しないって決めたばかりなのに」
「これで主さんにも僕の気持ちが分かったね」
こういう、国広とは会話が弾むくせにとか、ヘラヘラとオレには向けないような間抜けな顔して笑うとことかが、しょうもなく腹にきて胸がムカムカするんだよ。オレがむっと眉根を寄せたことにすら今のこいつにはきっと見えてないし知る由もないのだろう。それが余計オレの苛立ちを煽り、
「国広」
出した声は思いの外低く、一瞬だが空気がぴりっとなる。二人が同時にオレを見やった。
「茶が飲みたい」
「…うん、分かったよ兼さん。主さんもいる?」
「ううん、私は大丈夫」
「そっか」
見えなくなった国広に、さすがにオレの感情を悟ったらしい。兼さん、オレを呼ぶ声が少しおどおどしていて戸惑いを感じられる。
「えっと、なんで怒ってらっしゃるの?」
「べっつに」
「いや、めっちゃ怒ってるじゃん」
「うるせえ!」
「えー」
また無意識に贔屓してしまったのではと心配してるらしい。主はまたうんうん唸り原因を探している。そんなもん、この鈍感主じゃ見つからねぇと思うけどな。オレはオレでもうとっくに気づいてんだ、この苛立ちが依怙贔屓からくるもんじゃねえってこと。
「なあ、どうして国広なんだよ」
「…えっと、なにが?」
一歩だけ、一歩だけ近づくとまた無意識なのかは知らんが一歩後ずさられたのにぴくりと反応する。国広だと逆に自分から引っ付いて、ホリー!と嬉しそうに笑って、聞いてるこっちが胸焼けするぐれぇ甘ったるく優しげに名前を呼ぶだろう。嗚呼まったくよお、比較するだけで虚しくなっちまう。なあ、どうしてその感情を抱いたのがオレじゃなくて国広なんだ、どうしたらおまえはこっちを見てくれるんだ、
「教えてくれよ」
「かね、さん…?」
もうどうしようもないくれぇ苦しいんだよ。そっと伸ばした腕で、華奢な肩を捉え距離を埋める。さらりと髪をすりぬけゆっくりとした動作で頬に触れれば瞬時に赤くなるから笑ってしまった。
「おまえが国広の壁登ってんのと同じように、オレもおまえん中の壁登ってんだ」
「っ…?」
顎をくいっと上げ上を向かせたところで顔をおもむろに近づけると、わりと長めの睫毛が一回震え瞳が大きく見開かれた。咄嗟にでたらしい両手がオレを押し返そうとするが、当然オレに勝てるわけもなく、
「兼さんお待たせー!お茶持ってきたよ」
「…あぁ」
国広の声がすぐ近くで聞こえた。ほんとうに、近すぎるんじゃないかってくらいのすぐ近くで。パタパタと廊下を歩く音にすっと主から離れるが、放心したまま顔を真っ赤にして固まっているのでその額にデコピンしてやった。
「拒むんなら、もっと本気で嫌がれよ。バーカっ」
そういう中途半端な態度取るくらいなら、いっそ、
「兼さん」
「おぅ。国広ぉ、やっぱり居間で飲む」
「はいはい。…主さん?」
こんな空気になったのはオレのせいだろうが、今の空気はあまりにも息苦しすぎた。主に背を向け、盆を抱える国広の横を通り過ぎると、国広が主の異変に気付き顔色を伺おうと近寄ったのを感じ取る。主はなんと返すのだろうか。元々心配を掛けることが嫌いな女だ、なんでもないと返すのだろうと簡単に想像出来たものの、居心地が悪く肝がすっと冷えていく感覚に無意識にも息を飲んだ。
「大丈夫?どうしたの」
「…、わ、」
わかんない。今にも消えちまいそうな声に身体がぴくりと反応してしまう。そのままズルズルと廊下の壁に凭れへたり込んだのをまた気配だけで感じた。
「もしかして熱、また振り返しちゃった?」
「…うん、そう、かもしれない」
あー、もう、困ったなあ、と、盗み見たアイツの顔は両手の平によって覆われていたが髪の間から真っ赤になった耳が覗いていた。つられてオレの顔まで熱を帯び始める。そうだ、そうやって国広の事だけじゃなくて、たまにはオレの事で悩んでしまえばいい。
2016013