「前田藤四郎と申します」


目の前の物腰やわらかそうな女性が、自分の主君なのだと見た瞬間に悟った。主君は目をキラキラと輝かせて、「宜しくね前田くん…!」と僕の手をしっかり握りしめる。初めて鍛刀した刀。だからか、主君には時々僕に甘い節があった。


「前田くん、前田くん!」

「どうなされました?主君」


廊下の途中、主君の呼ぶ声に振り向くとやけに嬉しそうな顔をする主君が手招きをしており、近づくなり主君は小さな袋をちょこんと僕の手へ預けえへへと小さく笑った。


「政府の集まりで貰ったの」


そっと袋の口を開ければ、ピンクや水色などの淡い色合いをした金平糖。まるで本物の星のように、きらきらと光って見えたのは、


「他の皆には内緒だよ」


内緒。主君と二人きりの秘密。そんな響きから特別な物に見えたからなのかもしれない。おもむろに口へと含むとゆっくり時間をかけつつ甘く溶けて、不思議と胸がぽかぽかと温かくなる。

この本丸へやってきた二振り目の刀。主君はそれがよっぽど嬉しかったらしいのだ。というのも、主君は霊力が比較的低い人でしたから。ぽんぽん鍛刀する事が出来ず、政府からも出来るだけ霊力を溜めて主に太刀や大太刀を鍛刀するように言われていた。今では大分余裕も出てきて自分と同じ短刀がやってくることも多くなったが、他の兄弟に比べ一目置かれているような、主君に可愛がられている自覚が、自惚れながらも心の隅で感じていたのです。


「行って参ります」

「うん、いってらっしゃい」


戦歴は積んできた方だった。誉を取ってくることもしばしば。それを主君は誇りに思って下さり、前田くんは私の自慢だよ!と言ってくださり、常に僕を一軍へと置いて下さった。最初は確かに誇らしかったのだ。主君の自慢。ちゃんと主君のお役に立てている。純粋に、嬉しい。

しかしそれを苦に感じるようになったのはいつからだったか。相手の一撃で刀装が壊れる、軽傷は当たり前になったあの時から、実はここだけの話、僕は出陣する事に恐怖を感じるようになっていたのです。刀ですから、折れる事は怖くありません。寧ろ主君の為ならとさすら思える程で。ただ主君に愛想を尽かされること、資源も時間も沢山使いますし、主君の期待を裏切りがっかりとさせてしまうそちらの方が怖くて怖くて。かなわないのです。


出来るだけ刀装は壊されないように、敵は一撃破壊、攻撃は出来るだけ避ける。失敗は、許されない。何度も何度も呪文のように心の中で唱え、太刀や大太刀の皆さんに囲まれた形で出陣した。新しい戦地で、敵も見たことのない物で。激しい威圧感に緊迫が増す。動悸に息切れが酷くなる。それでも主君の為にと刀を振るった。短刀特有の素早さで動き斬りつけるものの、全く刃が立たない。味方は皆どんどん敵の鎧を剥がし破壊していくというのに、それに比べ自分はというと逆に刀装を壊され傷を負わされ、


「…足手まといだ」


ぽつり。呟いた言葉が空気中に溶けた。ついでに脳の奥へと不覚にも浸透して視界がゆうるりと歪み始める。ああ、いけない。はっとなって慌てて目元を擦ると同時に、前田!と自分に警告を促す声。顔を上げたその一瞬の隙にして目の前で敵が刀を振り下ろすのが伺えすぐ視界が真っ暗になった。最後に脳裏に映ったのは、主君が僕を呼ぶ時に見せるその柔らかい微笑み。

そのままぶつんと意識は途絶え、次に目が覚めた時、主君が僕の顔を覗き込んでおりぎゅうと手を握られたのに何度か瞬きをすると、身体に痛みが走った。


「しゅ、くん…?」

「っま、まえっ、前田くっ!」


主君の目が大きく見開かれたかと思うと、見る見るうちにその瞳に涙が滲みぽろぽろと零れだすのでぎょっとした。依然と手は握られたまま。寧ろ痛い程に、その存在を確かめるようにきつくきゅうきゅうと握り締めるから。


「よっ、良かった、前田くっ、ボロボロの重症で、意識不明で帰って来たから、」


しゃくり声を上げながら主君が言う。必然と思い出されるのは、出陣する前にいってらっしゃいと微笑んだ主君の表情。胸が軋む音がして自然と顔を顰めた。心の奥からひやりと凍り付いていく感じがした。冷や汗が吹き出し、喉がカラカラになる。どうしよう、一軍から外されてしまうかもしれない、どうしよう、主君に見放されてしまったら。早く、早く謝らなければ、


「ごめんね」


申し訳ありません、と、唇が動きかけたのだけれど。「ごめん、前田くん、ごめんなさい、」と主君が先に何度も何度も謝り、相も変わらずぽろりぽろりと玉のように涙を零すので、まるでつられるように僕の目元もじんわりと濡れていく感じがした。


「どうか、どうか謝らないで下さい」

「ううん、私が悪いの、太刀の皆に短刀である前田くんを混ぜて出陣させちゃって、大丈夫だと思ってた。前田くんは、強いから、いつだって皆と、無傷で帰ってきてくれたから」


でもそれがプレッシャーになってたよね、ごめんね、と主君が僕を痛いくらいに抱きしめた。自分の中にあった苦しみが、あんなにあった期待の重みとか、圧力とかが、すっと下に落ちていくのを感じた。肩から力が抜けていくような。今迄背負っていた重荷が全て取れたような。主君が今自分のせいで泣いているというのに、その心配すら嬉しいと感じてしまうなんて、いけない事だろうか。


「っ、主君、」

「ボロボロになった前田くん見た時、怖くなった。折れちゃうんじゃないかと思って、こ、こわかっ、たよ、!」


鼻を啜りながら、声を震わせながら、主君はボロボロに泣きついてついにはうううー!と泣き声まで上げ始めるので思わず少しだけ笑ってしまったら、なに笑ってるのおおおと怒られてしまった。


「すみません。こんなに心配してくださるとは思わなかったので」

「うううう!なに言ってるの当たり前でしょおお!」


僕の肩口に顔を埋め泣きじゃくる主君の背中を、宥めるようにして優しくさすった。ぱたりと僕の目からも涙が零れ落ちたのに、きっと主君は気付いていないでしょう。でもそれでいいと僕は思うのです。だって僕は、


「前田くん、おかえりなさい。帰ってきてくれて、ありがとう…!」

「…はい、只今戻りました、主君」


次は泣かせる事などないように。あなたの笑顔をも守ってみせます。



20160131




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