最近どうも忙しくて、髪も伸び放題ボサボサだと苦笑いで呟いたらそれに乱が反応した。因みにいっちばん真っ先に主洒落っ気が足りない!と言いそうな清光は只今遠征中である。もう少ししたら帰ってくるかなぁなどと思いながら、縁側に腰掛けて乱に髪を梳いてもらい形を整えるために少しだけ髪を切ってもらっていた。
主さんの髪は綺麗だねー、と、乱が丁寧な手つきで私の髪を扱ってくれるので自然と笑顔が漏れる。高い位置で結わくのとか似合いそう。そう、乱が私の髪を一つに束ね頭上へ持って行こうとした時なんだと思う。ひゅんっと風を切るような音をすぐ近くで聞いた。それと同時に頭皮を引っ張られて「いたっ!」と漏らすのと、ひっ、と、後ろから引きつった乱の声が発せられたのはほぼ同時で慌てて振り向く。
「どうしたのっ?」
はらりはらり。目の前で髪の毛が舞ったのにはっとなる。青ざめたまま呆然と固まっている乱の手中には、何故だか髪の毛の束が。…えっ。恐る恐る、手を後ろ頭へやると同時に自然と視線が下へ行って突き刺さってる刀になんとなく察しはついてしまったけど、認めたくなかった。「あっ、あ、あるじっ、」乱がパクパクと口を動かし私の名前を呼ぶものの、私もそれに反応出来ないくらい唖然としてて放心状態で、「悪い、手を滑らせた」とやってきた大倶利伽羅にやっと思考が動き出す。どう手を滑らせたら刀が降ってくるの大倶利伽羅くん。
「怪我は無かったか」
「あ、うん、乱は?大丈夫だった?」
「ボクはなんともないけど…」
「そうか、悪かったな」
「はっ?ちょっと!ちょっと待ったー!」
「なんだ」
「なんだじゃないよ!主さんのこの髪を見てなんとも思わないのっ?」
くるんと背を向け行ってしまいそうになった大倶利伽羅に乱が声を上げると、彼は心底めんどうそうな顔をして振り返った。大倶利伽羅は暫く私のことを見つめたあと、髪がどうした、怪我がなかったんだからいいだろうとなんともなさそうに言うので目眩がする。怪我は無くても毛がなくなったんだよ!という台詞をなにかの漫画で読んだことがあるけれど、まさか自分がその立場に立つことになるとは。大倶利伽羅、それもっと気の強い女の子だったらビンタ食らってる。
「でもあとちょっとで主さん怪我するところだったし!髪は女の子の命なのに!」
「ふん、くだらないな」
「…おおくりか、」
「怪我をさせそうになったことは謝る。だが髪だけですんだのだからまだ幸運だと思うべきだ。髪なんてまたすぐに伸びるだろ」
「…」
「あのさぁ!」
「乱、もういいよ」
「でも!」
「大倶利伽羅の言うとおり、髪なんてすぐに伸びるもん。私ぜんっぜん、」
気にしてないから。にっこり、笑いかけてから大倶利伽羅の横を通り抜け部屋へと続く襖を開けた。自粛したつもりだったのに、閉める時にすぱんっと思いの外音が鳴ってしまって「ほらどうすんのっ、主さんすっごい怒ってるじゃん!」と乱の声が聞こえてああと項垂れる。少し大人げない、だろうか。いやいや、だって大倶利伽羅がくだらないとか髪ぐらい、とか、全然反省した様子を見せないからつい。
「…大倶利伽羅にしたらどうでもいいことなんだろうけどさぁ」
いや、でも大倶利伽羅はつい最近やって来たばかりでまだ人への思いやりや感情に疎いだけなのだから、怒ってはいけないよね。うん。それに彼の言う通りもう少しで頭から真っ二つになるところだったし、そんなおぞましい事にならなくて良かったじゃない。そう必死に自分へ言い聞かせるものの、いざ手鏡で自分の髪型や後ろ髪を目にすると一気に落ち込んだ。こ、これは酷い…!
ポニーテールにしようとちょうど髪を一つに纏められた時に刀が降ってきたせいか、結構上の辺りからざっくりいかれてて形も大分歪になってしまっている。長さも所々ばらばらで、これは整える必要がありそうだ。一つ深呼吸をしてからよしと呟き、未だ部屋の前でおろおろしていた乱に声をかけた。
「乱」
「…!主さん、大丈夫?」
「うん。ほんとうに気にしてないから、そんな事より髪切るの手伝ってよ。ね?」
「う、うん…」
会話らしい会話もなく、ちょきちょきと鋏の音だけが子気味良く響いていた。乱は着々と私の髪を揃えていく。終わったよと鏡を手渡され見てみるとさすがだ、大分短くなってしまったけれどさっきに比べれば全然いい。
「ありがとー、やっぱり乱に頼んで良かったよー」
「でも凄く短くなっちゃった…ご、ごめんね、主さん」
「やだ、なんで乱が謝るの。乱が気にすることなんて何もないよ、ありがとう」
乱の髪を撫で付けるようにしてよしよししてから、じゃあご飯の支度してくるねと立ち上がった。廊下の端まできて、一人になったところでふと耳にかかる横髪へ触れる。いつもは肩で揺れてたそれがない。なんだか、違和感、なんて。また少し沈んでしまっていたところに、突然「あっ!あるじっ?」と大きな声で呼ばれてびくびくしながら振り返ると、目を大きく見開いて驚愕する清光に指を指されてあっと思った。おかえりなさい、というか、人に指を指してはいけないとあれほど、「あっ、あああ、あるじ、ど、どうしたのその髪」よしよし、取り敢えず落ち着こう清光。
「えへへ、似合う?」
「にっ、に、あ、」
青ざめたまま言葉に詰まる清光にやっぱり似合わないだろうかと一人ごちた。乱も、似合うとは言ってくれなかったもんなあ。
「ど、どうしちゃったの」
「なんでもないよ。気分転換」
「え、自分から進んで切ったの?嘘でしょ、それ」
さすが初期刀。私のことはお見通しらしい。だって主可愛い物が好きでいつも女の子らしくを意識してたのに突然そんなぼーいっしゅ?になるわけないじゃん!と続けた清光に苦笑してしまう。
「事故?敵襲?…もしかして失恋っ?」
「事故かな、うん。でも大丈夫、すぐのび、」
「どんな事故が起きたらそんなんになっちゃうの!」
実際事故に近かったし、後者の二つを口にしたらそれこそ加州清光ご乱心になってしまうのではと心配してそう言ったのだけれど、清光の勢いに押され大分オブラートに包み大雑把に説明すると彼はますます顔色を青くして。「あるじ、あるじっ、手入れ部屋行こう、あああ主の綺麗な髪が、他に怪我は?してない?ほんとにっ?あああ、」と物凄く取り乱し今にも卒倒しそうになる清光を宥めるのにとても時間がかかってしまった。誰だよ主に刀振るったやつ!俺が叩き折る!とかならなかっただけ大分幸いだとは思うけど。「あるじぃ!早く手入れ、手入れ部屋へ、」「落ち着いて清光。私の髪は手入れ部屋に行っても伸びないよ!」清光が精神的に重症だ。
「ちょっと、なんの騒ぎ…え、主なにその頭」
「色々あって。そんな事より安定清光お願いしていい?私ご飯の支度しないといけなくて」
「別にいいけど、こいつどうしたの」
「宙から刀が降ってきて髪の毛がなくなったって言ったらこうなっちゃって」
「え、そりゃあそうなるよ。どういう状況なの!?」
「詳しいことはあとで!取り敢えず清光お願いね!」
半ば押し付けるような形になってしまったのは、清光にも安定にも申し訳なかったなと思う。けど早く一人にならないとその場で泣いてしまいそうだったから。あー、…
「情けない」
しっかりしなきゃ。ぐしぐし、零れる前に目の淵で溜まった涙を拭ってしまう。ここまで髪を短くするのは初めてだ。清光の言う通り女の子らしくあることの方が好きで、幼い頃から髪は長く服も淡い色合いやふわっとした雰囲気のものしか着てこなかったから、「…慣れないなぁ」肩に髪がかからないのも、あまり風に靡かないのも。こんなに短いと男の子みたいだ。しょうがない、すぐ伸びるし、きっとすぐ慣れる。分かってるけど、やはり少しだけショックだ。ベリーショートなら可愛い感じの服も合わなくなってしまうし、雰囲気を変えなければいけないだろうななどと考えていると不意に「おい」と呼ばれ顔を上げた。
「大倶利伽羅…」
「…さっきは、悪かった」
ぶっきらぼうにも大倶利伽羅の腕が伸びてきて、ん、と促されたので彼の手中にあった小さな包みを黙って受け取る。「なに?」聞いてみるけど、大倶利伽羅は私から目を逸らして教えてくれない。自分の目で見て確かめろ、という意味らしい。
「わあ、かわいい!」
赤い、リボンをモチーフにしたカチューシャにどうしたのと少し興奮気味に尋ねれば、大倶利伽羅はそれなら髪が短くてもつけられるだろ、と、やはり素っ気なく、だけどどこか心配そうな声色を含ませて言うので思わず笑ってしまう。一応、彼なりに気にしているらしいのだ。
「ありがとう、嬉しいよ、大倶利伽羅」
「これでさっきのは帳消しだからな」
「うーん、しょうがないなあ」
早速つけていい?勝手にすればいいだろ。いつもと同じ冷たい返事なのに、それでも嬉しく感じてしまうのはどうしてなのか。
「…似合う?」
恐る恐る、一番気になっていることを尋ねてみると、大倶利伽羅は珍しく私の目を見ながらああと頷いた。そっか。それだけでニコニコできてしまう私はなんて単純なんだろう。
20160131