包丁くんに、エイプリルフールで「実は私ね、もう直ぐ人妻になるんだよ!結婚するの!」って言ってみた。てっきり目をキラッキラにさせて喜んでくれるんだと思った。けど、包丁くんは少しだけ目を瞠目させてぽかんと固まったまま動かないからパチパチ瞬き。
「えっと、包丁くん?」
そしたら、今度はぼろっと涙をこぼして泣き出すから慌てる。ええええっ、ど、どうしたのっ?包丁くんの目線に合わせて屈むと、包丁くんが必死に涙を堪えながら「ううっ、嘘、ついたのか」と私の足元を睨んだ。
「うそ、とは…?」
「お、俺のお嫁さんになる、って、言ったくせに」
人妻が大好きな包丁くん。本丸に来た時から人妻!人妻!が口癖で、鬱陶しいくらいに「主はいつになったら人妻になるんだ〜」と嘆いていた包丁くん。正直それは私が知りたい!と思って、失笑しつつ「じゃあ包丁くんが私のこと娶ってよ」なんて冗談を零したら包丁くんは顔を真っ赤にして数秒固まったあと、しょうがないなぁと照れたように笑っていたっけ。
脳内でリプレイされた会話に顔が引き攣る。そうか、包丁くんあれ本気にしてたんだ、それは私が悪かったな…
「ごめんね、包丁くん」
包丁くんの柔らかい頬に触れながら謝るけど、彼は前者の事について謝られたのだと勘違いしたみたいだ。ふいと私から顔を背けたのにぐさっとくる。私、短刀ちゃんに冗談を言って困らせるのは好きだけどそれで嫌われるのはシャレにならない。
「ほ、包丁くん、」
慌てて弁解しようと思ったところに「包丁?どうした」と薬研くんがやって来て、ぐずぐず鼻をすすりながら「っ、主が、もうすぐ人妻になるって」と返した包丁くんに場の空気が変わった。なんていうか、凍った。氷河期だよ氷河期。
「大将、そりゃあ一体どういう事だ」
「え、あの、そろそろ私も結婚しようかなぁ、なんて」
「ほう、それは初耳だな。で?今迄なんの挨拶もなく突然籍を入れるというのは一体どこぞの馬の骨だ?」
「え、えっと、」
ニコニコしながら話してるけど絶対内心穏やかじゃない薬研くんに思わずビクついてしまう。これは大分おおお、怒っていらっしゃる。冷や汗ダラダラで目を泳がせまくっていると廊下の曲がり角からひょっこり乱ちゃんが顔を出した。
「主さーん、お客様が来てるよー。忘れ物届けに来てくれたんだって」
「うん!すぐ行くね!」
ナイスタイミング乱ちゃん!と思ったけど薬研くんはそんな簡単に私を逃がしてはくれなかった。「もしかしてそれって男か」の問いに対して乱ちゃんはこくりと頷いたのにぴしりと固まった。ああ、更に誤解が広がっている気がする…。大将、と私の手首を掴むのに吐血。そしてその横を走り去っていった包丁くんに討ち死に。あー!待って包丁くん!まだ誤解といてないのに!
「違うよ!あれはただのお友達だよ!ていうかもうこの際言っちゃうけど結婚なんて嘘だよおおお」
「…大将」
「だって今日エイプリルフールだもん!人妻っ?て喜ぶ包丁くんが見たかったんだもん!」
予想外の展開になりすぎちゃって自業自得状態だけど!薬研くんはこめかみを押さえながらはあとため息を零す。ため息零したいの私の方だからね。
「ならさっさと追いかけた方が良さそうだな」
「え、包丁くん?」
あれは大将の伴侶を見に行ったんじゃないか、と意地悪く笑った薬研くんに血の気がさっと引いた。ま、まずい!堪らず駆け出すと「これに懲りたら冗談も程ほどにな」という薬研くんのありがたいお言葉が背中に飛んできたのでしっかり身に刻んでおこうと思う。
「おい、お前が主の馬の骨か」
玄関までダッシュしたら歌仙さんに雅じゃない!と怒られたけどこの際仕方ない。それよりも私のお友達を見上げながら、寧ろ睨みつけながら、じろじろと品定めする包丁くんにぎょえええ!となる。私のお友達はタジタジに固まっていた…
「あの、えっと」
「…ふーん。うちの主はこういうのが好みなのか」
やめてええええ!うわっ、うわ、まずい。誤解が更に広がってるのが目に見える。しかも、包丁くんがさり気なく自身の刀に手を添えたのが見えて私はあわあわと息を呑みながら止めに入った。
「ほ、包丁く、」
「不束者な主だけど、宜しく頼んだ」
絶対、お前みたいな馬の骨にうちの主はやらないぞ!とか言うんじゃないかってヒヤヒヤしていたから。おもむろに頭を下げてそう言った包丁くんに茫然とする。包丁くんは珍しくきりっと真面目な顔をしていて、もう一度男審神者くんの目を見てからくるりと踵を返した。彼の小さな手にはちゃっかり私の忘れ物であるポーチが握られている。包丁くんが受け取ってくれたのか…
「うぅ、うちの包丁がごめんね!」
「一体何事…?」
「ほら、今日はエイプリルフールだから」
こっそりと彼の耳元で告げれば納得したようにああと頷いて。「包丁に刺されるんじゃないかと思ったよ」と笑ってくれたので、うん、まあ良かった。変な事にならなくて。お友達を送り出した後慌てて包丁くんを追いかけると、廊下の途中で壁に凭れかかっている包丁くんを発見。えへっと苦笑いをこぼしてみるけど、包丁くんは笑い返してはくれなかった。
「包丁くん、あの人に暴言吐いちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」
「…そんな事しないぞ。だってあいつが主のこと人妻にするんでしょ。俺だってちゃんと弁えてるもん」
「うーん、そっかぁ」
包丁くん、私がいざ結婚するとなると泣いてくれるんだなぁ、って、本当はちょっと嬉しかった。でもだからこそさっきとは打って変わったあっさりとしてる態度にちょっとだけ寂しくもなったのです。私の幸せを願ってくれてるからだって分かってるけど、やっぱり人妻がいいんだなぁ、包丁くんは。
「あ、荷物、代わりに受け取ってくれてありがとう」
にこっと頬笑んで包丁くんからポーチを受け取ろうとした、ら、反対側の手で強く引き寄せられて気づくと唇が包丁くんに触れていた。え、
「あの、ほーちょー、く、」
驚いて離れようとするけど、後ろ頭をがっちり固定されて逃げられない。もう一度くっついた唇が熱いのか冷たいのかもよく分からなくて。なのに唇を割ってぬるりと入ってきた舌は熱すぎたから目の前がチカチカとした。ポーチが床に落ちたのが視界の端っこに映る。
「ん、っ!ちょ、っあ、!」
包丁くんが私の唇を食む度にぞくっとして、なんだかクラクラのフラフラになった足の力が抜けていく。体勢を崩してその場にへたり込んでも包丁くんはそれを止めてくれない。逃げ回る私の舌を追いかけながら、空いた手でぎゅうと私の手に自身の指を絡めた。
「っ、ふ、」
「…ぷはっ」
お、終わった…。唾液まみれになった口元を手の甲で拭いながら恐る恐る包丁くんを見上げる。包丁くんはやっぱりいつものあどけない顔とは違う真剣な眼差しで私のことを射抜いていた。
「主が人の妻になるんなら、俺が奪い取っちゃえばいいんでしょ?」
「っ、え…」
「そしたら主は人妻のまんまだし俺の物にもなるし、一石二鳥だ」
これは、その為の第一歩だからさ。早く俺に奪われてよ、主。って、もう一度噛み付くようなキスをされたのに包丁くんは譲る気なんて毛頭もなかったんだなぁとか的外れな事を考えた。
20170401