ただでさえ畑当番で気が滅入ってるっていうのに、雨まで降り出してずぶ濡れになったから気分はどん底だ。咄嗟に雨宿りで入り込んだ掃除用具倉庫、最悪だと呟き水の滴る髪を持ち上げた俺の隣で、主が呑気にもどひゃー、濡れちゃったねえ等と笑う。


「…なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

「えへへ、だって不動くんと仲良くなれるチャンス、だもんね」

「…」


なんとなく一歩左に離れれば「なんで遠ざかるのお!」と声を上げるのでふいと顔を背ける。だが主が色気のないくしゃみを漏らしたので思わずまたそちらを見た。そして僅かに目を瞠った。なんてこった、透けてらぁ。目に毒って多分この事。たどたどしく目を逸らして、びしょ濡れの上着を脱いだ。一応中の体操着は濡れてないのを確認して、それも脱ぐなりん、とぶっきら棒に主へと差し出す。


「あの、なんでしょう」

「濡れたままだと風邪ひくだろ」

「着ていいの?」

「言わせんな、察しろよ」

「えへへ、ありがとう」


別に、そのままいられても目のやり場に困ると思っただけだ。風邪ひかれて仕事に支障を来たされるのも嫌だし。くるりと主に背を向ければ微妙に衣服の擦れる音が聞こえてどきりとした。…ん?いや、


「…どきって何だ」

「ふう、もういいよ、不動くん」


はっとして主を見る。俺はますます目のやり場に困った気がした。


「まあ、短刀の服を大の大人が着たらこうなるよねぇ」


困ったように笑う主の胸元が、ぱっつぱつのばいーん状態に…。俺の体操着は伸縮性があるからなんだか余計目立つ。ていうかこいつ意外と…


とにかくこのまま二人で本丸に帰ったら間違いなく長谷部加州辺りに切られるだろう。だが今更もう引き返せない。雨が止むまでに主の服が少しでも乾くことを祈るしかない。まあ絶対乾かないと思うが。せめてこれが普段の制服だったら、と考えてやめた。ワイシャツでも多分同じ事か、寧ろボタンが弾け飛んで今より気まずい事になっていたかも。


取り敢えず俺は極力主の方を見ないようにしながら用具倉庫の端の方へと座った。なのに、主もちょこんと俺の隣しかも近い位置に座ったので思わず二度見する。


「いや、いやいや可笑しいだろ!」

「へ、なんで?」


何でじゃない、俺が何の為にあんたから距離を取ったと…ん、なんでだ…


「一緒に身を寄せ合った方があったかいよ?」

「…それもそうだ」


うんうん、と満足気に頷き主は膝を抱えて座る。「不動くん寒くない?」投げかけられた言葉にただこくりとだけ頷いた。外ではまだしとしとと、さっきよりかは弱くなったが雨がまだ降っている。


「帰ったらすぐお風呂に入りたいね」

「…普通に湧いてないだろ」

「シャワーでもいいよ。取り敢えず身体を温めたいなー」

「…」

「あ、一緒に入る?」

「…!はあっ?」


からかわれてるのだと分かっているのに想像してつい赤くなってしまったから悔しい。にやにやと締まりのない顔をするのが気に食わなくて主の腕をはたけば痛い!と声が上がる。うるさい、自業自得だ。


「…あれ、不動くん冷たくない?」

「あ?別に普段通りだろ」

「違うよ!確かに不動くんは普段から素っ気なくて冷たいけどそうじゃなくて、」


ぎゅう!と手を強く握られまたどきっとする。ほら、てっ!冷たいよ、と騒ぐあんたの手も左程変わらないだろうよと思ったが、言ったところでこの主は聞く耳持たずだ。


「や、やっぱり寒いよね。体操着返す」

「ばっかいきなり脱ぐなよ、っ」

「でもこのままだと風邪ひいちゃうし」

「…刀だからどうってことない」

「それでも、今は人の身体してるんだから、もっと体調管理気を付けないとダメだよ?」

「それはあんただって一緒だろ」

「…」


神妙な顔でうーんと考えこむ素振りを見せて、じゃあもっと身を寄せ合って暖を取りましょうと真剣な顔をして言うからぽかんとなる。しかしその合間にも審神者は両手を広げ近づいて来るので待て待て待てと声を上げれば不思議そうに首を傾げた。


「なにする気だ」

「抱き締めて身も心も近付こうかと」

「んなもん答えは一択だ。断固拒否、のおおお!」

「ううっ!何もそこまで嫌がらなくても!じゃあこの場で体操着返す!」

「…ちいっ、」


再び服に手を掛けようとする主に舌打ちをし目を逸らす。別に嫌とかそういう問題じゃ、と考えてん?となる。嫌じゃないんなら、なんなんだよ…


「まあいい、じゃあとっととこっち来な」

「ふへ?」


ぽかんと間抜け面を晒す審神者の手首をひん掴み、抱き寄せる。審神者が提案してきたことなのにいざ抱きしめるとあたふたしながら変な声を上げるので顔を顰めた。


「な、なんか思ってたのと違う…!」

「ああ?どこが」

「私が温められてたら意味ないよっ」


無理やり俺の腕から逃げ出すなり、主はがばっと両手を広げて俺を抱きしめ返す。一瞬触れた素肌に驚いて肩が跳ねたが、すぐにほうと身体から力が抜けて行くのを感じ取りすっぽり埋まりながら黙り込む。確かに、酔いもとっくに醒めて多少の肌寒さは感じていたからか、ぽかぽかする気がしなくもない。


「不動くん」

「…なんだよ」

「やばい、足、つった、っうああ痛いぃ!」

「は、」


ムードのへったくれもない。そもそも何故足なんてつるんだよと思っていたら主が俺の方へと倒れ込んできた。俺は抱きつかれたままで身動きが取れなかったんで咄嗟に床へ肘をつき一緒になって倒れこんだが、そしたら、なんかふよふよしてて柔らかい物が胸板に当たってるのに気付いて、何かと思い視線をやってぎょっとした。


「おいっ、早く離れろ、」

「ごめ、足、むり、」

「…っだあああ」


布一枚越しの感触が大胆にも伝わってくる。とにかく平常心だ、無心になれ、俺。と、審神者の足の痺れが切れるのを待つ為なるべく神経を散らして頭を空っぽにしていた。だから近づいて来た第三者の気配に気づけなかったんだと思う。


「おい、覚悟は出来てるな、不動」


すげぇ形相で刀を俺の顎下に添えた長谷部に喉が引きつった。もう片方の手には傘が握られていてああそういう事かよとこいつの意図を知る。ったく、とんだとばっちりだよ!しかも傘は一本、俺の分が無い上に相合傘して帰るつもりか。


「こら長谷部くん、不動くんに刀向けない!それよりも手を貸してー」

「はい主!」

「あいたたぁ、ありがとー」

「いえ!主、こちらをどうぞ」

「…ううん、これは私じゃなくて不動くんに」

「は?」


長谷部がジャージを脱ぎ主に手渡した、かと思えばそのまま俺に向けてきたので素っ頓狂な声が出た。長谷部がまたすげぇ顔でこちらを睨むが、そんな飛び火喰らいたくない俺はそれを押し退け「いい、どうせもうずぶ濡れなんだ、俺はこのまま帰る」と自分のべしゃべしゃになった上着を羽織る。ダメ刀にはこれがお似合いだろうよ、と自嘲し雨のしとしと降る方へと近づくが、ぐいと腕を引っ張られ失敗に終わった。そのまま上着も剥ぎ取られ主の手に渡る。


「そんなこと言わないで、一緒に帰ろう?」

「でも傘だって一本しかねぇし」

「…俺が主の傘を持ってこない訳が無いだろう」

「長谷部くーんっ!さすがだねぇ、ありがとう」


長谷部から花柄の折り畳み傘を受け取るなり、主は長谷部のジャージを俺の肩に掛けた。当たり前だが、ぼたっと余る袖口に苦い顔をする。審神者はそんな俺を気に留めず、風邪ひかないように、とチャックまで上げてくるので慌てて制すと鋭い視線を飛ばしてくる長谷部と目が合った。俺だって好きでヤローの上着羽織ってる訳じゃねーよ。


「さあ、帰ろう」

「って、何で手なんて握ってんだよ!」

「は!ごめん、つい粟田口のみんなと同じように接してしまう」

「ガキ扱いすんな」

「主!傘なら俺が持ちますよ!」

「やだなぁ、そしたら長谷部くんが濡れちゃうじゃない」

「大丈夫です。二本とも卒なく持ってみせます」


なんて、くだらない談笑をしながら傘を広げて雨空の下に出る。ふと何気無く振り返り、さっきまで審神者と二人でいた掃除用具倉庫を見やった。ついぼんやりしてしまうと長谷部においと声を掛けられ前を向く。


「どうした、置いてくぞ」

「…いや、なんでもない」


ずぶ濡れにはなるしさみーしで、最初は雨が降ったことを心底恨んだが。


「(ま、審神者となら雨宿りも悪くねえ、なんてな)」


不動くんと仲良くなれるチャンスだもんね、と、不意に笑ったあいつの顔を思い出して気が緩んだらしい。ふ、と、自分でも気づかないうちに口角が上がっていたようで長谷部に指摘され初めてその事に気が付く。咄嗟になんでもねーよと切り返すが、長谷部は怪訝そうな顔をしながらジロジロと俺を凝視するから居心地が悪い。


ああくそまたか、最近審神者のことを考えては勝手に頬が緩んでしまうから意味が分からない。しかも無意識だから達が悪いとも思う。あいつを見てると勝手に表情筋が緩むこれはなんだ。それはこいだな、と以前傍目から見ていた薬研にニヤニヤとした顔で言われた事がある。鯉?その意味は未だに分からないままだが、長谷部に聞いたら斬られる予感しかしないから言わないままにしておく。



雨と鯉と俺とお前


20170228




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