「あるじー、一つ質問、いいですか?」
「えっ?あ、はい、なんでしょう?」
唐突にそう訊かれ思わず改まってしまった私に鯰尾が素晴らしい笑顔でこう言った。
「主には生理痛ってないんですか?」
「…は?」
いや、いやいやいや、…なんて?
「主にも生理ってあるんですよね?女の人だし」
「…鯰尾くんサイテー」
くるりと背を向け筆を手に取るなり、鯰尾がえー!と声を上げた。えーじゃないよえーじゃ、「デリカシーなさすぎ」と筆を墨に浸しながら言うとでりかしぃ?と返ってきたので頭を抱える。
「そういうのはね、あんまりこうダイレクトに聞くものじゃないってこと」
「だいれくと?」
「…失礼に値するから直球に聞いちゃだめなの!」
「どうして失礼に値するんですか?」
「…」
なんでこんなにぐいぐい来るんだろう。周りは生理痛が酷いって女の子が多かったけど、私はそれらとは全くもって無縁だった。強いて言うなら3日目にちょっとピリピリ痛むくらい。だから刀剣男子にわざわざ話をする必要は無いと思っていたし、普通に恥ずかしいから説明しないでいたのに。生理という知識を一体どこで得てきたのやら。一度筆を起き、身体ごと鯰尾の方へ向けると早速鯰尾が口を開いた。
「よく演練先でも見るじゃないですか、具合悪そうにお腹抱えて蹲っちゃう審神者さん」
「まぁ、ね」
「聞くと生理痛とかいうやつ?らしいじゃないですか」
「…そうだね」
「でも俺は主がそういう風に苦しんでるのあんまり見たことないし、もし本当は辛い思いしてるんだったら言って欲しいなと思いまして」
心配してるんですよ、主のこと、などと面と向かって言われて少しぱちくりする。そ、そうか。彼は彼なりに心配してくれてたのか…。勝手にやましい気持ちと好奇心から聞いてるんだろうとか疑っちゃってごめん。
「ありがとう。でも私は元々生理痛とか全然無い体質だから、あまり気にかけなくても大丈夫だよ」
「…そうなんですか?」
「うん」
「全然痛くならないと?」
「ならない」
「なんだぁ」
「ちょっと待って何でそんなにがっかりしてるの」
露骨に肩を下げて残念がる鯰尾に怪訝な顔をして訊ねれば、相変わらず下がったままのテンションで「具合悪そうな主にあったかいお茶を出してあげたり布団敷いてあげたりお腹さすって世話やきたかったんですぅ」と言われ空笑いを零した。
「じゃあ主は生理が来てもいつもとそう変わらないってことかぁ」
「そうなるね」
「あっ、なら逆は?生理前にも身体の変化があって、審神者の体調が優れない事があるとか聞いたことあるんですけど」
「うーん…生理前の変化かぁ」
「例えば、食欲が増すとか」
「当てはまるね」
「無性にイライラするとか」
「当てはまるね」
「胸が張って痛むとか」
「うんうん当てはまるね」
間髪入れず軽いノリで質問してくるので思わず淡々と答えてしまったが、あれこれって誘導尋問じゃないと気づいた時にはもう手遅れで。「主、最近食欲旺盛だしちょっとした事で怒るしで心境の変化多いですよね」嫌な予感しかしなくてそっと鯰尾を一瞥した。目が合った途端ニヤニヤと口元を緩め出したので私は眉をぴくりとさせる。
「そんな怖い顔しないで下さいよー。別に誰かに言いふらしたりしませんって」
「うるさい、ちょっと黙って」
「あ、やっぱりイライラしてます?」
「…鯰尾」
「はいはーい、黙りますって」
まったく。頬を膨らませながら机に向き合い今度こそ報告書を書かなきゃと筆を取った。もう一度筆を墨に浸すと不意打ちに背後から鯰尾に抱きすくめられびくりとする。
「こら、ずお、「あーるじ、」ひゃ、っ」
報告書終わったら買い出し行っちゃいましょ、と言いかけたらしい彼の言葉が少しずつ小さくなって口内で消えた。慌てて口を押さえてちらりと鯰尾を見やる。きょとんとした顔で私を見返すので顔から発火しそうになった。
「え、今の、」
「もう!鯰尾のせいで墨跳ねた!」
「今のってなんですか」
「知らない」
冷静を保ちつつ(保ててないかもしれないけど)硯の中で筆を行ったり来たりさせてると、触れるか触れないかの距離感でずおが頬に指先を滑らせてきたのでまた喘いでしまいそうになる。「…鯰尾」自分でも驚くほど低い声が出た。でも顔は真っ赤で小さく震えながら若干潤んできた瞳で睨まれても全然怖くないらしく、鯰尾は笑いを堪えながら口元を手で押さえる。
「主、感度上がりすぎ」
「本当に怒るよずお」
「えー、それはちょっとやだなぁ」
「じゃあ邪魔しない、で、って、…言ってるそばから!こらっ、鯰尾!んっ、!」
着物を掻い潜った手が胸元に滑り込むのと鯰尾の唇が私の肩口に吸い付いたのはほぼ同時で、生理前でちょっとムラムラ敏感になってる私からはそういう感じの声が自分の意思関係なしで漏れるのでもう泣きたくなった。もっ、やだ…。「ね、このまま二人でバカになっちゃいません?」バカはキミ一人で十分だよばあか。
「ほら、ね?」
「ふあ、や、やめ、」
「まだ駄目ですよ」
「ちょっ、と」
「ん、あるじ」
「っ、ん!の、…やめなさい!」
結構身体のあちこちまさぐられて色々と耐え難くなってきたので、渾身の力を込めて肘でど突いてやれば途端に呻き声が上がる。
「あ、あるじぃ」
「そろそろ一期がこの報告書回収しにやって来るんじゃないかな」
「大人しく待ってます!」
弟たちがいう事を聞かない時は長男の話に限る。ぱっと離れ本当に大人しくなった鯰尾を傍目に衣服の乱れを直していると、「主って生理前はムラムラするんですね」とまた超どストレートに言うのでその口縫い付けてやろうかと思った。
「嫌だなぁ、どうせ黙らせるなら主の唇でにして下さい?」
20160723