単刀直入に言います。前田くんが好きです。


「さあ前田くん!主のお膝あいてるよ!」


縁側に腰掛けぱんぱん自身の膝を叩く。前田くんは暫しおろおろしていたけど、主君のお願い、聞いてくれる…?と控えめに尋ねれば「し、失礼します…」としどろもどろになりながらも答えてくれるのでやっぱり前田くんは可愛い。小さくて柔らかいその身体を抱き締めると、緊張しているのかびくりと軽く跳ねて肩を強張らせるのでもう私ニヤニヤしすぎて苦しい。


「えへへー、前田くんはかわいいねえ」

「恐縮です」


粟田口、いや寧ろ短刀はみんな天使で可愛いけど、前田くんは特別愛でたくなるものを感じてしまうのだ。前田くんと平野くんは似てるから、たまに間違えて刀解しそうになると聞いて私も誤って刀解してしまったらどうしようと不安に駆られていたけれども。前田くんはねぇ、お布団敷いてくれるんだよ。と私よりも先に審神者をやっていた友達がドヤ顔で言っていた通り前田くんはよく私の体調を気遣い色々としてくれたので「お疲れのようでしたら床を整えましょうか?」の時点ですぐああこっちが前田くんと認識出来た。

平野くんは比較的来るのが遅かったし、二人がそろっても混乱することは無く、やっぱり粟田口はかわいいと日々みんなの頭を撫で撫でしている。でも前田くんは健気で愛しすぎて、ついつい抱きすくめたくなる可愛さ。


「えへへぇ、前田くん」

「はい」

「本当に前田くんの太ももはすべすべで気持ち良くていいねぇ」

「ひぅ、あのっ!しゅ、くん」


前田くんのお腹で固定していた手を太ももに置き、ゆっくりと滑らせるようにして触れると前田くんの身体が細かく震えた。細いけど、手に吸いつくくらい柔らかくて気持ちがいい。そのままゆったりとした手つきで内腿を撫でればピクピクと跳ねる。


「可愛い、可愛いよぉ前田くんあいたあ!」


すぱーんと気持ちのいい音がした。それと同時に頭へ衝撃を受け咄嗟に振り向けば、丸めた資料を手にぽんぽんさせてるいち兄がいて顔が引きつる。すごいニコニコ顔してるのに後ろから弟に何してくれてるんだオーラが溢れ出てるよ。


「主殿、私の弟と、一体なにを?」

「やだなぁ、主従関係を深めるのに前田くんと仲良くしてるだけいたいい!」

「い、いち兄!主君に手をあげるのは…」

「そうだよ!暴力反対!」

「前田、相手が主殿であろうと嫌な事は嫌とはっきり言いなさい」

「前田くん嫌がってなんかないもん!ちょっと恥ずかしがってるだけだよね?」

「私は前田に聞いているのです」

「うちの一期がこんなに冷たい!」


わあっと声を上げて顔面に手を当て俯く。「審神者さま」と聞き覚えのある声に呼ばれすぐ顔を上げたけど。


「あれ、こんのすけだ久しぶり」

「お久しぶりです」

「何か用事?」

「本日は、審神者さまにそろそろその行為を自粛していただこうと思いまして」

「へっ、その行為?」

「そのセクハラのことでございます」

「失礼だな!これのどこがセクハラ…!」

「短刀を膝の上に乗せ身体を撫で回し可愛いを連呼するのは立派なセクハラですよ」

「ええええ!納得いかない!そんな事言ったら他本丸で薬研とか薬研とか薬研とかともっと際どくてやらしいことしてる審神者さんいっぱいいる、」

「主殿、前田の前ですぞ?」

「ごめんなさい」


今すぐ黙るから抜刀しないで。ずんとした空気を醸し出しながら唇を噛むと、こんのすけが「同意の元ならなんとか見て見ぬ振りは出来るでしょう」と言ったので思わず視線を前田くんに向けた。


「前田くん、嫌だった…?」


少し眉根を下げながら軽く首をかしげると、前田くんが言葉を詰まらせ困ったように目を泳がせる。


「…嫌、では、」

「主殿、恐れ入りますが主殿がそのような顔をして言うから前田も嫌だと言いにくいのでは」


やっと前田くんが言葉を発したその時、今度は一期の声と被り前田くんの声が掻き消された。またびくりと震えた前田くんを見る辺り、本当に嫌がってた、らしい…自分の中でそう自覚した途端罪悪感が湧き上がって溢れた。ちくちくと痛む胸にうぅとなる。追い打ちをかけるように、こんのすけがこのままだと政府にセクハラ要注意の本丸として目をつけられてしまいます、そうなると審神者を続けられなくなってしまいますよとまで警告され、私はいよいよ頷くしかない。


「…わ、わかった。もう前田くんには…短刀には必要以上にベタベタしない」


そう反省して数日、演練に赴くとこういう時に限って審神者と薬研の組み合わせが多くてお腹の中ぐつぐつする。




「ちぃ、お前らもマジ自重しろよ」

「口が悪いですぞ主殿」

「あー!もう最近演練も負けっぱなしでイライラしてんのー!」


堀川くん連れてくれば良かった!そんでいつもの和む笑顔で怒らない怒らないって宥められれば少しは落ち着けた気がする!こっちは前田くん禁止令でただでさえ機嫌悪いのに。


「…一期から見たらさ、やっぱり複雑なの?薬研と主がくっつくっていうのは」

「…そう、ですね。なんだかモヤモヤとして、あまりスッキリとは言えないかもしれないですなあ」

「まぁねぇ、自分の可愛い弟たちだもんねぇ」


以前、何でニキはいいのにあっくんは駄目なんだよおおおお!と嘆いている厚ラブな審神者さんを見かけたことがある。ちょっと同盟組みたくなったよね!でも私からしたら薬研がセーフなら乱も厚もセーフだよ。全然いけちゃうよ!逆になんでニキがよくて前田くんが駄目なの、解せぬ。打刀とか太刀だったら恋仲になっても政府は黙認してくれるし、色々と多めに見てくれるくせに。ちょっと隠れてちゅっちゅしてたら他の刀剣男子に見つかりかけて焦ったって前にちらっと審神者の集まりで聞いた気がする。けしからんなんて羨ましい。


「それが前田くんだと抱っこでもセクハラ扱い」


自嘲気味に笑ってはんっと鼻を鳴らすと、不意に一期に髪を一房掬われびくりとしてしまう。


「わあ、びっくりした」

「…主殿は、」

「う、うん?」

「私をそういう対象としては見てくれぬのですかな?」

「…っへ、」


瞬時に赤くなった私を見て、一期が小さく吹き出す。「さあ、参りましょう?主殿。まずはどこと手合わせなさいますか」私の手首をするりと掴み、ずんずん先を行く一期の表情は伺えない。か、からかわれただけ?だろうか…いつも私に手厳しい一期に急にデレられるとやばい。不覚にもキュンとしちゃう。助けて下さいうちの近侍が最近口説いてくるんです。


この前近侍を一期にして欲しいと本人に申し出され理由を聞いた時も、最初は「主殿を見張るには最適ですので」とロイヤルーな笑みで言われそんなに私が信用出来ないのと失笑しながら言ったら、「嫌ですな、少しでも長く一緒にいたいが為の口実ですよ」と返されて二度見した。一期なに、デレ期なの?私を口説いて一期に惚れさせて弟から引き剥がそうってそういう事!…あっ、なんかあり得そうだなこれ。




「でも私やっぱり前田くんじゃないと駄目だあああ」


前田くんと距離を置くようになってやっと二週間と半分。早くも前田くん不足でどうにかなってしまいそうだ。前田くん!前田くんが足りない。好きだよおおう、結婚してくれええ!心の声ダダ漏れにしながらころごろと畳の上を転げ回っていると、不意に襖が開き目の前にむっちりした太ももが現れたので思わず目を見開いてガン見した。


「相変わらずいい太ももしてるね蛍」

「…開口一番そんな事言ってるからせくはら扱いされちゃうんじゃない?」


太もも、久しぶりにこんな近くでいい太ももを見た。変態っぽくてごめんね。たまらず寝っ転がったまま両手を広げると、蛍丸は静かに私の元まで歩み寄りすっぽり私の腕に収まる。


「はぁ、やわい」


蛍丸を抱きしめながらゴロゴロと。因みに蛍丸もギリギリセーフに入ると思ってます。見た目は短刀でもちゃんと大太刀だもんね、蛍ちゃん。とか思ってたら「俺にしとく?主」と不敵な笑みを浮かべられ心臓が跳ねる。おや、エスパーなのかな。


「それが出来たら楽なんだろうねぇ。でもあそこの審神者さんショタコンのレッテルはやっぱり貼られてしまいそう」


ほんの少しだけ抱き締めるのに力を込めると、蛍丸にぎゅうと抱きしめ返されて変な声が出る。


「うううう、ほたるううう」

「はいはい、俺はここにいるよ」


癒しが足りないんじゃーいとうだうだ言いつつ頭を蛍丸の胸に押し付けぐりぐりしてると、襖の方からがちゃんと陶器の落ちた音と何か零れたような音がしてはっと起き上がる。驚いたような顔をする前田くんの足元に湯呑みとお盆が転がっており、畳の色が濃くなっていたのに状況を悟り慌てて近寄った。


「も、申し訳ありませんっ、つい手を滑らせてしまって…!」

「ううん、それよりも前田くんは平気?火傷とかしてない?」

「っ、」


彼の両手のひらを取りまじまじと見ようとしたら、ぱっと振り払われてしまいえっとなる。


「すみません、今すぐ片付けて新しい物をお持ちします」


パタパタと駆けていく後ろ姿に寂しくなる。手、握られるのすら嫌がられてたんだなあとぼんやり思いながら壁に凭れたら頭をぶつけてごんと鳴った。地味に痛かったけど、今は胸の方がずきっとして痛い。


「こんなに嫌われてたなんて、知らなかったや」


ぽつん。呟くと余計に胸が痛む。とんだ自滅行為にため息をつき項垂れるが、視界の端で蛍丸が肩を竦めあのさ、と言った。


「俺にはそうは見えなかったけどね」

「え、じゃあどう見えたの?」

「自分で考えなよ、鈍感主」


あ、行ってしまった。鈍感っていうけどねぇ蛍丸、そんな風に言われると逆に自惚れてしまうから、やめて。






「…」

「…」

「…では主殿、行って参りますが、」

「うんっ、行ってらっしゃい。こっちの事はなんにも心配いらないからね」

「その笑顔が余計心配を煽ります」


一期の遠征が決まった。彼が今一番心配しているのは間違いなく前田くんのことだろう。心配いらないってくどい程言っているのに、にやける私の表情に一期は安心したくても出来ないらしい。お互いの目を見つめ合うにらめっこがあと五分は続いた時、同じく遠征組である薬研が行くぞいち兄と肩に掛かってるひらひらを掴む。


「いっ、いいですか主殿、くれぐれも、くれぐれも変なことはっ」

「分かってるよー、行ってらっしゃーい」


手を振ってみんなを見送ってから、息を一つ吐き自室へと戻った。さーて仕事仕事。この間の夜戦の提出資料が実はまだ終わっていなかったりする。期限は…あと三日か、ヤバイな。最近マイブームの歌を口ずさみながら硯に墨汁を流し込んでいると、部屋の入り口から主君と聞こえて動揺した。勢いよく振り返る。久方ぶりに見る前田くんに胸が震えた。


「どっ、どっど、どうしたの?」


きょどりすぎだろうと突っ込まれそうだがよく考えて欲しい、私と前田くんはこの前のあれがラストコンタクトだ。蛍丸はああ言ってたけど、これでガチで嫌がられてるとかだったらショックすぎて深い傷を負ってしまいそうで下手に近づけなかった。というわけで今目の前に立っている前田くんは、実に数日ぶりの前田くんなのである。


「(はああああ、抱きしめたい!)」


一期には大丈夫だと言ったものの、いざ前田くんを前にすると理性が崩れてしまいそうだ。よくよく考えると今迄自重できていたのも(周りにはできてねぇよと言われそうだが)多分近くにブラコン一期がいてくれたからであって、彼のいない今ほんとに大丈夫だろうかとなんか不安になってきた。耐えられなかったらごめん一期。そして一回落ち着こう私、聞きたいことがあるなんて多分演練の話とか、今度の陣形とか、きっとそんな感じ。


「主君、その…」

「うん、なに?」

「今日は、今日は主君の、い、癒しになれたらと思い、訪れさせていただきました」

「…いやし?」

「はい。抱き締めるなり頬擦りなり接吻なり主君の好きにして頂いて構いません」


敢えて効果音をつけるならどんがらぴっしゃーん!だと思う。私の頭上に雷落ちてきた感じ。すっ、好きにしていい?え、なんで?えっ?前田くんの言ってることが理解できなくて暫し黙り込む。


「あの、それってどういう…?」

「これ以上苦しんでいる主君を見ていられないんです」


これは私を試しているのだろうか。顔を真っ赤にさせながら一息でそう言い切った前田くんに鼓動が高鳴り一瞬真顔になる。きちっと正座をし膝の上で握り拳をつくる前田くんにつられて私もぴんと背筋を伸ばし座り直した。


「えっ、でも、本気で…言ってる?」

「はい」


おっ、落ち着け私いいい、まさか前田くんからそんな事言われると思ってなかったから不意打ちすぎて、え…いいの?頭の隅っこにいち兄の顔が浮かんでいいわけないでしょうと言われた気がしたけど、一瞬で吹っ飛んだ。いいよね、だって前田くん合意の元だし。


「ほんとに、いいのっ?」

「大丈夫です」


前田くんの華奢な肩に両手を置く。この感じ、久しぶりだ…。安心する。しかしそのまま手を背中に滑らそうとしたところで、脳裏にまた一期の顔と声が浮かんで眉がぴくりとなった。ゆっくりと心を満たすのは、紛れもない罪悪感。ここまできて唐突に本当は嫌だと思ってる前田くんを思い出し、これも私のために自分を犠牲にしてるんだろうと思考が冷静になり始める。動きを止めた私に「主君?」と前田くんが首を傾げた。


「…やっぱりやめとこっか」

「…しゅ、くん?」

「前田くんはいい子だから。いつも気を遣わせちゃってるよね、ごめんね。前田くんの気持ちは嬉しいけど、そんな無理しなくていいんだよ?」


よしよしと、ちゃんと下心抜きで前田くんの頭を撫で少し後ろに下がり距離を取る。これで良かった、きっと。前田くんに触れた瞬間一期が帰ってくるとか政府関係者が抜き打ちでやってくるとかいう落ちだったかもしれないし。なんとか理性を取り留められた私を誰か褒めて欲しい。一期にいうと卒倒されそうだから…そうだ、薬研にでも聞いてもらっ、いや薬研も一応短刀だからここは鯰尾に、とか必死に自分に言い聞かせながらふと前田くんを見て、ぎょっとした。


「どっ、どうしたの前田くん!」


彼の瞳がうるうるとしていて今にも涙が零れ落ちそうなのにおろおろする。ついにぽろりと零れた瞬間、慌てたように前田くんが目元を擦った。


「謝らなければいけないのは、僕の方なんです」

「えっ、どうして?」

「本当は、本当は主君に抱きかかえられたり、頭を撫でられたりするのが嬉しかったのにっ、いち兄に嫌かと聞かれたとき、すぐ否定できなくてっ、そのまま、嫌だということになってしまって、主君には距離を置かれた挙句、主君にはもう僕の代わりがいて、っ、ぅ、」


この間の蛍丸の事だ、と、直感でそう思った。ついにはしゃくりだしてしまった前田くんをそっと抱き締め、よしよしと背中を撫でてあげる。恐る恐る私の背にも手が回され、僅かに力が込められたのに胸がきゅんきゅんと疼いた。ああ、やっぱり前田くんは可愛い。


「じゃあ、前田くん、私に触られても嫌じゃない?」

「はい、主君に触れられて嫌だと思ったことなんて、一度もありません」


前田くんがゆっくりと顔を上げ、まだ微かに潤んだ瞳で私を見た。「これで同意の元になりますから、僕を好きにしてください、主君」たまらず口元に手をやり押さえて震える。前田くん上目遣いでその台詞はズルい。ていうかそんなハレンチな言葉どこで覚えてきたの。


「前田くん、そんな可愛い事言ってると私本当にちゅーしちゃうよ」

「はい」

「ちゅーだけじゃ足りなくなってきっと襲っちゃうよ」

「お相手が主君なら本望です」

「っううう、ほんとのほんとに、しちゃうからねっ」

「はい」


頬と目元を赤らめて、前田くんの長い睫毛が伏せられた。私のよりも小さな、けれど確実に男の子の手を取ってしっかりと握り締める。主従関係、少年趣味、性犯罪、いろんな単語が頭の中でぐるぐる渦巻いていたけど、目の前でかわいいキス顔を晒す前田くんを目にしたら理性なんて吹っ飛んだ。


「主君」

「っはい」

「お慕いしております」

「…っううー、私も好きだよ、前田くん」


少しずつ距離を縮めながら、私も徐々に瞼を下ろし顔を傾けた。心臓の音だけが心地よく響き、全てに身を委ねようとしたその時、「大将!」勢いよく襖が開いたのにびっくりして反射的に前田くんから離れる。瞬時に両手を頭上高く上げ、そのまま雪崩れるようにして額を畳へ擦り付けて土下座をした。


「うわああああごめんなさあああい!でもまだ手だしてないから!」

「はあ?てかまだってなんだよ」


厚か、いち兄じゃなくて良かった。びっくりしすぎてこれ絶対寿命縮んだ。でも今の状況絶対見られたよなぁ。と思うと顔から火が出る思いだったけど、「そんな事より大将」と言われびくびくしながら顔を上げる。


「洗面所が水漏れしてやべぇんだよ。すぐ来てくれ」

「う、うん、わかった」


そう伝えるなり、厚は先に洗面所へと向かっていった。私は安心したような緊張したような、どっと急な疲れに襲われて脱力した笑みを浮かべながら前田くんに顔を向ける。これはもう完全に雰囲気クラッシャーだよね。


「じゃあ前田くん、続きはまた今度に、」


ちゅ、と、唇に柔らかい物が触れたと認識したと時にはもうそれは離れていて。


「僕も行きます、主君」


なんとも無いようにさらりと言って立ち上がるので、今のは幻覚妄想幻なのかと自分の脳を疑うけど。「今の、いち兄には内緒にしておいて下さいね」照れたようにはにかんだ前田くんに耐えられなくなって、顔面を両手で覆いながら私は暫く悶えていてそのまま動けなかった。


「(こんなの一期にばれたらただじゃ済まないだろうなぁ)」



20160723




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