ふわりと桜が舞ったその中に、わたしは不覚にも彼の影を見てしまった。其れ程似ていた。わたしが学生時代に、ずっと恋をしていたあの人に。


「主さん?おーい…あーるーじーさーん?」


思わずぼーっと見入ってしまっていると、目の前でぶんぶんと手を振られたことによりはっとする。「ご、ごめん、お名前、もう一度聞いてもいい?」目の前の彼は気を悪くすることなく、おう!と元気良く声を出した。


「愛染国俊だ。宜しくな!」

「こちらこそ、宜しくお願いします」


深々と頭を下げる。そしてゆっくりと姿勢を戻しもう一度彼、愛染くんを見やると目が合ってどきりと心臓が短く鳴った。ああ、やっぱり似ているな、と、わたしは再認識してしまう。


まだ年が二桁になったばかりの頃だったろうか、わたしがあの人に片思いを始めたのは。少しやんちゃな性格をしていた。鈍臭くて大人しいわたしとは真逆の、運動神経が良くて明るくて、クラスでもよく目立つタイプ。それでも他人に対しては優しくて温かい、小さな太陽みたいな人だった。わたしと彼の接点なんて少なかったけど、たまたま帰り道が一緒で他愛の無い会話をしながら彼の隣を歩くのが幸せでたまらなかったのを今でも時々思い出す。

進学して、制服を着るようになってから彼のやんちゃっぷりは増してよく頬や鼻に絆創膏を貼っていたから、それも愛染くんと重ね合わせてしまう原因なのかもしれない。わたしの学校はセーラー服に学ランだったのもあって余計にあの時に戻ったんじゃないかと錯覚してしまう。どきどき、恋をした時みたいに胸が焦がれてしまうのだ。


「(相手は神様、あの人じゃない、こんな感情を抱いてはいけない)」


愛染くんを見るたんびにそう唱えるわたしだけど、わたしに向けるその屈託無い笑顔がまたどうしようもなく似ているので参ってしまう。ああ、まるで小学生の頃に戻ってしまったみたいだ。わたしは大きいままだけれど。アポトキシン飲みたい…と思わず呟いてしまうと目の前のあどけない表情がきょとんと首を傾げる。


「なんだ?それ」

「ううん、なんでもないよ」


愛染くんといると凄く懐かしく、心地よく胸が痛んで、でも同時にあの人に告白出来ず彼に大切な人が出来てしまった苦い思い出まで思い出してしまうから困った。馬鹿ですよね、本当。元々愛染くんとあの人は別人なのに、なに勝手に嬉しくなったり落ち込んだり。「お願いします、わたしに馬鹿って言って罵って下さい」と通りすがりの太郎太刀さんに言ったら心底怪訝そうな顔をされ恐れ入りますが私にそんな趣味はありませんのでと断られた挙句ドン引かれた。違うんです罵られたら目が覚めると思ったんです。


これ以上愛染くんの近くにいたら、何より愛染くんに申し訳ない。そう思ったのは愛染くんが本丸に来てひと月の頃だった。あの人と重ね合わせて一緒に過ごすのは愛染くんにとても失礼じゃないか。ふとそう気付いてしまったその瞬間から、突然、私は愛染くんと目を合わせる事が出来なくなってしまったのです。その黄金色を見ているとどうも、後ろめたいような、なんとなくだった罪悪感がぶわっと一気にわたしを包み込むような。まともに顔を合わせる事が出来ないからついつい本丸内で愛染くんの事を見つけるとUターンしてしまう。それを繰り返していると今度はついに直視すら出来なくなってしまった。それも、無意識のうちに避けてしまっているようで。


けれどこれでよいとわたしは思ってしまったのです。少し間を開けていれば、きっとあの人のことを忘れられる。愛染くんを、ちゃんと愛染くんとして見ることが出来る。はず、…だから、


「ねえ、主ってさ?国俊のこと苦手なの?」

「…え?」


だから蛍くんにそう問われたとき、その言葉を理解するのに些か時間が掛かってしまった。


「どうして?」

「…ふーん、否定しないんだ?」

「違うよ。ただ、そんな訳ないのに。って思って。愛染くんの事だって、皆と同じように大好きだよ」

「本当に?」

「うん。信じられない?」

「主がそう言うなら信じるけど。主最近、国俊の事避けてるみたいだったから」


国俊落ち込んでたよ?なんか主の気に障ることでもしたんじゃないかーって。そう顔色一つ変えずに言った蛍くんに、今迄にないくらい胸のうちがさーっと冷えた。

なんてことだろう。わたしの軽率な考えと行動が、愛染くんを逆に悲しませていたなんて。本当に馬鹿な審神者で申し訳なくなって、頭が真っ白になったわたしは取り敢えず目の前の池へと突っ込もうとした。でもそしたら近くにいた堀川くんにがっつり止められた。「ちょっと!何してるの主さん!」「はなしてえええ!だめ審神者は取り敢えず池に溺れて風邪でもひいてしまえばいいのおおお」堀川くんはわたしよりも細いくせに、わたしよりも力がある。


そうしてわあわあ騒いでいるうちに少しずつ落ち着きを取り戻してきて、この騒動で駆けつけてきた光忠さんに叱られながら本当になに馬鹿やってるんだろうと反省しつつ明日から国俊くんを避けるのはやめなければとわたしは自身にきつく戒める。

疲れてるんだよって布団を敷かれ少し休むように促されて、大丈夫と言ったけど光忠さんは聞いてくれなかった。こうして改めて思うと、本当に何してるんだろうと情けなくなる。今まであんな突飛なことしたことないのに。だからこそ周りには心配されているのかもしれないが。愛染くんを思うとどうも、やること全てがから回って余計に自己嫌悪したくなる。


「…さいていだ」


好きな人を重ねてしまっていることも、愛染くんを傷つけてしまったことも、皆に迷惑をかけてしまっている事も。全部。なにを情緒不安定になっているんだろう、早くいつもの調子に戻れ、戻れ、と、きつく唇を噛み締め涙の張った瞳を大きく見開き天井の一角を凝視していた。そしたらすぱんっ!と勢いよく襖が開き少なからず驚く。


「よおっ!主さん、これ」

「あ、愛染く、」

「調子が悪そうって聞いたから、おみまい」


つっても今日のおやつなんだけどさ。にいっと笑いながら、わたしの手のひらに小さな包みを乗せる。そのまま包みを開けるとビー玉の様な飴玉がころころと、その中から淡い黄色をしたものを摘まむと、そのままわたしの口元へあーんと持ってきたので大人しく従ってしまった。

飴玉から指へと付してしまったザラメを愛染くんが舐めとる。不意にどきりとしてこんな小さな子になに欲情してるんだろうとまた自己嫌悪。からんと口の中で音を立てるそれは、ほんのりとレモンの味がした。なんだか歯痒くなって、胸の奥がこそばゆくって、無意識にも奥歯でがじがじしてしまうと愛染くんが苦笑した。


「少しは元気出たか?」

「…うん」

「じゃああとはゆっくり休んで、無理だけはすんなよ!」


くしゃりと笑った顔を見たのが久しぶりだったからか、ずいぶんと胸の奥まで染みてなんともいえない気持ちになった。ああ、まただ、またわたしは、同じようにときめいてしまう。どうしよう。愛染くんが出て行って襖を閉めたのと同時に、胸の中だけで呟いた。


「主とお話、できた?随分と嬉しそうじゃん」

「しー!声がでけぇよ蛍、聞こえんだろ!」


ごめん愛染くん、もう聞こえてます。でもそういえば、愛染くんとまともに話すのも久しぶりだったなと、思い返すと同時に申し訳なくなった。けどだからといってこれ以上近づくのも躊躇われる。愛染くんを悲しませたくないのは確かなのだが、これ以上一緒にいたらわたしはそれこそ愛染くんに恋愛感情のようなものを抱いてしまいそうで、怖い。それも疑似恋愛、とでも言おうか。本当に愛染くんに恋してる訳でもないだろうに。


「…主さん、明日も調子良くならなかったらさ、明日もオレ、見舞いにくるから…お大事に!」


どたどたと、廊下から走り去る慌ただしい音がする。照れてるのだろうかと、勝手に予想して勝手に赤くなった。愛染くんはとてもいい子だ。そんないい子を、わたしの都合で悲しませるわけにはいかない。


その日はたっぷりと休んで、翌日からはちゃんと愛染くんの目を見て話すように心がけた。まだ慣れなくてついついそらしてしまいそうにはなるけれど。よく見ると愛染くんとあの人は雰囲気こそ似ていても、髪の色とか目の色、声だって全然違うのに。どうしてまた、重ねようとしてしまうのだろう。我ながら引きずりすぎだろうと苦笑いを零す。


「(…でも)」


愛染くんの瞳の色は、なんだか見ていて心が落ち着いた。





「主さんほいっ、おみやげ」


最近の愛染くんはよく頑張ってくれている。誉をよく取ってきたり、今一番不足している資材を持って帰ってきてくれたり。だからそのご褒美といつものお礼を兼ねて愛染くんにお出かしないかと持ちかけた。偶然近くにいた短刀たちが、えーずるーい!と声を上げている。「あーあ、羨ましいね国俊」少し遠巻きに見ていた蛍くんが、口元に笑みを浮かべながらぽつりと言った。


「へっへー、だろ?」







お茶屋さんでお団子を食べて、雑貨屋さんの並ぶ通りで愛染くんとフラフラ立ち寄ったりして、軽いデートのようでわたしの方が浮き足立ってしまうからいけない。平常心、平常心。

凄い行列の出来ているあんみつ屋さんを見つけてどうする?と愛染くんに問いかけると、主さんとなら行列も悪くないぜとはにかみ混じりに答えられたので一緒に並んで食べた。ああ、愛染くんたらうまいんだから。愛染くんが可愛すぎて甘やかしたくなったわたしは、自分の白玉を一つ掬いあーんとスプーンを彼の口元に近づけてみる。最初は恥ずかしがって遠慮していた愛染くんだけど、最後は観念したようで顔を赤くしながら遠慮がちに口を開けた。



「ふー、美味しかったねー」

「だな!」

「愛染くん、次なにがいい?欲しいものなーんでも言っていいよ」


えー、まだ食うのかよー、主さん食い意地はってんな、みたいな、てっきりその類のツッコミを受けると思っていたから。


「本当に、なんでもいいのか?」

「んー?うん、いいよ。今日はお金も多めに持ってきてるから、いつもより贅沢しても全然、」

「…じゃあオレ、主さんがいい」


…へ。と、口をぽかんと開けて固まったまま、思考回路もろくに動いてないのに顔だけはじんわりと火照りだすから。「なんてな!冗談だ冗談!本気にしたか?」そう、慌てたようにわたしから背を向けた愛染くん。わたしの見間違いだろうか。耳が少し赤かった気がした。ドキドキしてるのは愛染くんだからか、それともまだ彼の影を見てるのか。


「…いや、あの人はこんな事言わないか」


彼は色気よりも食い気、食いしん坊な人だったから。でもてっきり愛染くんもそういうタイプだと思ってたのに。垣間見えたそういう部分に、わたしはまたドキドキさせられて。


「なあなあ!あそこでさ、蛍たちに大福のおみやげ買ってこうぜ?」

「うん、そうだね」


愛染くんといると、とても心が温かい。でもこれはいけない事ですよね。だって愛染くんは刀で、神様で、それなのにわたしよりも幼い見なりをしているのだから。


「(愛染くんに恋をしてはいけない、早く忘れないといけない、恋愛感情なんて、抱いちゃいけない)」


自覚を持ち始めてから、わたしはいつかのように愛染くんを見る度心の中でそう唱えた。時々好きという感情が溢れてしまいそうになって、そのたびにあの時もこんな感じで胸が甘酸っぱく痺れたなとまた切なくなる。やっぱりあの時、告白しておけば良かったんだ。だって今、こんなに愛染くんの事が好きなのに、勇気はあってもモラルは許してくれない。





「雨、降ってきちゃったね」

「…うん。みんな大丈夫かなぁ」


確かに雲は多かった気がするけれど、それでもさっきまでは太陽があって晴れていたのに。いきなり土砂降りの雨、それも短刀たちに買い物を頼んでしまったことを悔やむばかりだ。段々と強みを増す雨に蛍くんと二人で言葉を交わしていると、がらがら玄関のドアが引かれてわたしを呼ぶ声がした。


「あ、帰ってきたね」

「うんっ!蛍くん、みんなにタオル配るの、手伝ってくれる?」

「勿論」


どうやら、本丸につくほんの手前で降ってきたので慌てて走って帰ってきたらしい。みんなは頭から服までずぶ濡れになっていたけれど、買い物袋を庇うようにして抱えてくれていたから、食材の方は全然濡れていなかった。


「あっ!ごめん愛染くん、タオル一枚足りなかったね」


今取ってくるから。背を向けようとしたわたしに「いや、オレよりも他のやつらを優先してやってくれ」と愛染くんがシャツの裾を絞りながら言った。


「でも、愛染くんもびしょ濡れ、」

「いいからさ!ほら」


愛染くんが近くにいた秋田くんの髪をタオルでごしごしするので、驚いたらしい秋田くんがわあと声を上げた。それに習ってわたしも五虎退くんや今剣くんの髪を軽く拭いてあげる。


「みんなお疲れ様。お風呂沸かしてあるから、早く温まっておいで」


はーいと返事をして短刀たちがパタパタとお風呂場へ向かう。蛍くんにはみんなの着替えを用意してもらっているので、わたしも早く愛染くんのタオルを取って来なければと彼に背を向けた。


「ごめんね!今すぐタオル持ってくるから待ってて、ーーくん、」


何故、今になってその名前が口から出てしまったのか。ぱしりと背後から手首を掴まれて初めて、今わたしは愛染くんを彼と呼び間違えてしまったのだと気付いた。


「…主さん、」


それって、誰。はっとして振り向く。珍しく怖い顔をしている愛染くんに息を飲んだ。


「あ、の」


なんで、どうしてそんな今更、呼び間違えなんて、とか、考えてる暇も無かった。視界が反転した瞬間がたんと大きな音が鳴り、身体中に痛みが走ったのに僅かに顔を顰める。わたしの両手首を掴み廊下へと押し付ける愛染くんを見てやっと、押し倒されたのだと認識した。雨のせいで元々薄暗かったけど、更に視界が暗くなる。


「オレさあ、ずっと不思議だったんだよ。主さん、ずっとオレのこと、最初からずうっと、スッゲー優しい目で見てくるから。他の奴にもそうなのかって思ったけどそんな事ないみたいだし。オレはオレでなんかそれがむず痒くて、急に避けらるようになった時は落ち込んだりして、でも隣にいると落ち着いて」

「あの、愛染く、」

「だけど今、ようやく分かった」

「愛染くん、風邪ひいちゃうから、先にっ、」


だんっ、と、愛染くんがわたしの顔のすぐ横に手をついて凄い音がしたので思わず黙り込む。彼の髪から滴る雫が伝って、わたしの頬に垂れた。何粒も何粒も、愛染くんの頬を滑り落ちてくるから、まるで彼が泣いてるんじゃないかと錯覚しそうになる。


「主さん、ずっとオレじゃなくて、オレと似たそいつのこと見てたんだな」

「っ、ちが、」


否定しようとして出来なかった。だって愛染くんの言ってることは正しくて、わたしに弁解する権利なんてないのに。「今傷つけられてるのはオレなんだぜ?なのになんで、主さんがそんな顔してるんだよ」愛染くんが自嘲の笑みを浮かべながら少し顔を近づけた。


「ごめん、ごめん、ね」

「謝んなよ!」


突然出された大きな声に驚いてびくりとしてしまう。


「なあ主さん、オレ、主さんの好きなそのなんとかって奴じゃないんだけど」

「あい、ぜんくん、」

「頼むからオレのこと、ちゃんと愛染国俊としと見てくれよ」


先程まで比較的彼の言葉遣いや行動は荒かったから、伸ばされた手にまたびくついて無意識に肩を強張らせてしまうが、わたしの予想に反して愛染くんの手が酷く優しくわたしの頬に触れたから。思わず泣いてしまいそうなる。「だめ、だめだよ、あいぜんくん、」少しずつ埋まっていく距離。段々と近づいてくる愛染くんを拒もうとするけど、鈍く光る黄金色の瞳から目をそらすことすら出来なくて、蚊の鳴くような声も最終的には彼自身によって塞がれた。



20160722




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -