「主、この前の話ですが…」


背中越しにそう言われて一瞬筆を止めた。はて、彼の言うこの前の話とは一体なんだろう。思いを巡らそうとするけど、その前に容量のいい長谷部はすぐに付け加えて教えてくれるので取り敢えず筆を取り直しこの文だけでも書き切っちゃおうと筆を進める。


「この間の、婚姻の話についてです」


びっ。筆が大きくはみ出て折角今迄書いた分も餌食になってしまった。ああ、もうすぐ終わりだったのにこれじゃあ書き直し…なんて嘆いている場合じゃない。これも大変だけど今は何より長谷部の言ったことの方が、


「主命じゃなくても結婚してくれる?の問い掛けの答えを俺なりに出してきたので、それを聞いてもらおうと思いまして」


結婚、私と長谷部が?何故。と思っていたけど、あああ、なんか、思い出してきた気がする。ああああ…うん、確かにそんな事言ったわ。


遡る事一ヶ月程前、うちの本丸はどうも他審神者さんとこの本丸と違い厳しい気がしていた。光忠は一緒に台所へ立つと主ちょっと邪魔なんだけどって私を追い出すし、一期は弟たちにはベタ甘なくせして私には自分でやって下さいって厳しいし、清光も気分が乗った時以外は擦り寄ってこないし。


…なにこの塩対応。一緒に料理してくれる光忠とかロイヤルに微笑む一期とか主ラブな清光とか私にとっては都市伝説にしか思えないのだけど!本当にそんな愛され審神者な本丸とかあるのかよと思いながら演練にいくけど、本当に存在してるから泣けてくる。あ、いいな…。うちでは私のことがん無視な大倶利伽羅が他審神者さんとこではちゃんと会話してるよ…


そして先日、お友達で結構仲良くさせてもらってる審神者が刀剣男士と結婚したと聞いてそのあとの職務が手につかなかったのがあの日だ。結婚、え、けっこん…?うちの本丸だったら、誰か私と結婚してくれるのだろうか。そもそも審神者と刀結婚していいの?というわけで私も真似して片っ端から刀剣男士にプロポーズしてみたけど殆ど連敗に終わって泣きそうになったのはしっかりと覚えている。ていうか泣いた。


皆の好感度が足りていないのか、ツンデレなのかは分からないけれど。何で私こんなに嫌われてるんだろうとボロボロ号泣しながら五虎退に聞いてみたら、「そんな事ないですよ!皆表に出さないだけで、本当はちゃんと主さまのこと大好きですから!」ってフォローされてますます泣けた。「それに、もし仮に、仮にですよ?主さまがみんなに嫌われてても、僕は主さまのこと大好きです」五虎退ちゃん…!因みに、五虎退含め短刀は皆私に優しく接してくれたりする。


「じゃあ、私と結婚してくれ、」


る?最後まで言い切る前に冷たいものがチャキ、と首筋に当てられて一気に青ざめた。これでツンデレとか絶対嘘だ。このブラコンめ!って言ってやりたかったけどなんとか抑えた。多分言ってたらそれこそ命無かったかな!

という具合に、執務もしなくてはいけないのでめそめそしながら自室にこもって書物を書いていると長谷部がお茶を持ってきたので、それとなく長谷部にも聞いてみたという訳で。


「長谷部、私と結婚してくれる?」

「はっ、主命とあれば」


出た。主命。私のお願いを、長谷部が断ることは絶対になかった。でもその主命が、今はこんなにも虚しい。「ねえ、長谷部」一度筆を置いて、長谷部を見た。


「それが主命じゃなくても?」


顔を上げれば僅かに目を見開いた長谷部と目が合う。そのまま黙りこんじゃった長谷部に居た堪れなくなって「えっ、そこ黙っちゃうっ?」と言いながら再び机の書物へと視線を落とした。この話はここで終わりだ。正直悲しすぎてまた泣いた。そしてその数日後こんのすけから急に「審神者さま、お疲れ様でした」と言い伝えられてついに私審神者首になるのかと血の気が引いたけど、どうやら違うらしい。


「実は最近、審神者を甘やかしすぎた本丸というものが多発していまして、仕事に支障をきたす場合が増えてきたので政府は新米審神者となる方の本丸を塩対応にしてみるという一時的な実験を行っていたのです」

「え、なにそれ初耳」

「当たり前です。審神者さまに趣旨を知られていては意味がありませんから」


ですが塩対応にした本丸の審神者さまの殆どが気を病み刀剣男子もこれ以上は無理だと意見が殺到しまして、この実験はこれにて終了となります。ため息混じりに言ったこんのすけに、私は暫らく唖然としていた。


「じゃあ、私、別に嫌われてたわけじゃ…」

「ええ、脇差以上の刀剣男子は審神者さまに厳しく当たるようにという政府からの要求がありましたから」


こんのすけ、厳しいと塩対応は全然違うよ。でも思い返すと私も大分鬱になっていた気がするし、この政策は取りやめになって大正解だと思う。それに…


「短刀だけ優しくしてくれるから、私あとちょっとでそっちの領域入っちゃうところだったよ」

「…はい。実はそちらの問題が新たに浮上してしまいまして、それが今回の政策が中止になった原因の一つではあります」


こんのすけの話によると、既にショタコンになってしまった審神者さんも多数いて余計変なことになってるとか。後処理が大変だと珍しくこんのすけが嘆いてたけど、私からしたら政府側の自業自得だよ。



そしてその日を境に、我が本丸もガラリと雰囲気が変わった。相変わらず光忠は食事マナーに厳しいし、一期も弟が絡むと煩いのは相変わらずだけど、それでも前より大分優しい空気を纏っていた。


何より、今までは話しかけてもずっと無視だった大倶利伽羅と骨喰もちゃんと返事してくれるようになったし、肩に触れただけで触らないでもらえます?って言ってた鯰尾もあーるじ!ってよくじゃれついてくるし、うちの清光がついに他本丸で見た清光と同じように「主!今まで我慢してた分たーっぷり甘やかしてよね」って擦り寄ってくるようになった。ああ、ああ!夢にまで見た温かい本丸がここに…!と感激してから早一ヶ月。そんな結婚してくれるどーのこーのはすっかり忘れてた訳だけど、


「この一ヶ月間、俺はずっと考えていました。主命じゃなく自分の意思で、俺は主のことをどう思っているのか」

「う、うん」

「今思い返せば、俺がこの本丸にやってきた時は既に塩対応政策が始まっていて例え主命でも時々主に背かなくてはいけなかった」

「え、あれ、そうなの?」


確かに、他本丸さんとこの長谷部に比べたらうちの長谷部は大分素っ気ないけど、それでも以前の本丸にいた私からしたら長谷部は短刀並みに優しかった。そっか、あれでも厳しくしてたんだね、長谷部。


「ですが塩対応政策も無くなった今、俺から出た答えはただひとつです」

「はぁ」

「主、好きです」

「え」

「俺と結婚しましょう」

「えっ」


がしり、手を取られてフリーズする。まさか、まさかまさか一ヶ月前のなんちゃってプロポーズがここでこうなるとは、たぶんあの時は全然予想がついていない。寧ろあんな事を割と真顔で真剣に長谷部へ言ってしまった自分を心から呪った。どうしよう、後戻りできない感が…!


「主…」

「長谷部!ちょっと落ち着こう!」

「俺はいつだって落ち着いてますよ」


妙に艶のある声を出す長谷部に危険を察知してなんとか距離を取ろうとする、けど、あっという間に壁際へと追い詰められ後ろ頭がとんと壁に当たったのに顔が引きつる。「仲睦まじい夫婦になりましょうね」うっとりと惚けたように微笑んだ長谷部に弁解する余地もなく、そのまま顎を掬われ唇を奪われた。ああああ。私の悲鳴も口内で消える。でもその3秒後に部屋の襖が勢いよく開けられて、「なら僕も一ヶ月前に主からプロポーズされてるし僕と結婚してくれるよね主」なんて光忠を先頭に私が片っ端からプロポーズしてた刀剣男子がわらわら集まってきて修羅場と化したのに、場違いだけど私って存外愛されてたんだなと再認識した。


「愛され審神者って、やっぱいいよね」

「審神者さま、呑気な事言っていないで早くなんとかして下され。塩対応に戻しますぞ」



20160323




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