「…あれぇ」


可笑しいなぁ。と、私はブツブツ零しながら同じ所を行ったり来たり。いつもだったらムゥ!と鳴いて近付いてくる筈の赤い丸を探し求める。ムゥちゃんはNPCでは無いけれど、大体いつも同じ所に居るから探し出すのに苦労はしないのに。何故だか今日は全然見つからないから焦った。何処に行っちゃったんだろう…。何となく嫌な予感がして、少し離れた所まで行ってみるけどそれでもムゥちゃんの姿は見当たらない。どうしよう、早くしないと哀しみの王が戻って来ちゃう。

焦燥感に苛まれる私にとどめを刺すみたいに。背後から名前を呼ばれて大袈裟な程に飛び上がった。ビクビク。挙動不審になりながら振り向けば、いつもと同じ様に澄ました顔で私を見詰める真っ赤な双眼。目が合ったのにヒヤリと肝が冷え笑顔が引き攣る。


「か、哀しみの王…」

「こんな所で何してるの?危ないじゃないか」

「ご、ごめん。ちょっと退屈しちゃって」

「…」


沈黙が怖い。内心で慌てふためきアワアワとする私に、哀しみの王が1歩ずつ近付いて距離を埋めに来る。怒られるかも、そう身構えるけど。哀しみの王は珍しくゆうるりと儚く笑って、帰るよと私の手を握り締めた。


「う、ん…」

「…もう。帰ったら居ないから、心配した」

「ごめんね」

「…」


また沈黙。哀しみの王が今何を思っているのか良く分からなくて、私は恐る恐る彼の名前を呼んでみる。こちらをチラリとも見ようとしない哀しみの王に不安を煽られて、私はそっと訊ねた。「…怒ってる?」こっそりとその横顔を盗み見るけれど、哀しみの王は依然としてポーカーフェイスのままだった。更に不安になってソワソワとした刹那、哀しみの王が長い沈黙を経て怒ってないよと返したので、ほうと重ための息を吐く。そっ、か…それなら良いんだけど…。哀しみの王に手を引かれながら、私は無意識の内にも辺りを見回してムゥちゃんの事を探していた。それに気が付いたのか、哀しみの王がどうしたのと疑問要素少なめで聞いてくる。咄嗟に勢いよく、何でもない!!と返してしまった自分に後悔をした。


「そう」

「…」


どうしよう、ダメ元で聞いてみたら良かったかな。1度そう思うと引っかかってしまって、私はよそよそしく重たい唇を開いては閉じてを繰り返す。「…あの、ね…」言いにくそうに話す私を一度だけ見やって、直ぐにまた前を向き直してしまった哀しみの王。ゴクリと唾を飲み、私は意を決して言葉を紡ぎ出した。


「ここで、仲良くなったムゥが居てね。いつもこの近くで遊んでたんだけど…」


どこ行ったか、知らない?足を止めた私につられたのか、哀しみの王も立ち止まりながら私の顔を振り返り見た。どきどき。私の心臓の音だけがヤケに大きく聞こえる中、哀しみの王がポツンと静かに呟いてみせる。


「…知らない」


それは、本当は知ってる方の知らないなんじゃないかと、直感的にそう思ったけれど。


「そ、っか…そうだよねぇ!」


最初に約束を破ったのは私の方だったから。それ以上は何も言えなくて、私はあははと笑って誤魔化すみたく視線を逸らした。ごめんね、ムゥちゃん。本当は凄く、泣いてしまいそうな程悲しかった。




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