哀しみの王が出払ってる隙を見計らって、私はこっそりひっそりと王宮を抜け出し哀しみの国まで赴く。そっちは危ないこっちも危ないって、哀しみの王はビックリする程私に過保護だった。大丈夫だよぉとアホ面晒して言ったら最後、この国がいかに危険で危ないのかを淡々延々と言い聞かせられるので、最近は大人しく言う事を聞くことにしている。そりゃあ、幻獣はいるしギミックも多いし、一々高さがあるから落ちたら死ぬかもしれないって思うけどさ…。実際はそんなに危なくないんだよなぁ、なんて。実は、危険な好奇心に負けて1度飛び降りてみた事がある。ガチで死んだかと思ったしワンチャン元の世界に戻れるのでは?と思ったけれど、はっと意識が戻ると全然定位置に戻されただけで何とも無いので安堵の息を吐いた記憶だ。この感覚は多分、クロノアが高い所から落ちてリトライになった時と似ている気がする。やっぱりゲームの中だから死なないんだろうなと、私はボンヤリ思った。

哀しみの王が一緒に居る時は多少の遊びに付き合ってくれるし、本やパズルなんかの娯楽も与えてくれるからまだ良いけど。やっぱり王宮に引き込もりだとたまには外へ出掛けたくなる物なのだ。と、そうして抜け出した所で私はムゥちゃんと出会った。ムゥちゃんというのは名前の通り、皆様ご存知赤くて丸くてソーキュートな見た目をしたあの敵キャラのムゥである。哀しみの国に普通のムゥって出るんだっけ?と思ったし、他の幻獣は皆NPCらしく同じ所をフヨフヨしてたり機械的な動きしか見せない中、何故かこのムゥちゃんだけはムゥムゥ!と鳴いて私へと近付いて来るので驚いた。恐る恐る、人差し指でつついてみればフニと埋もれて柔らかい。こ、こいつ触れるぞ!!他の幻獣は皆電気を纏ってるみたいにバチッと感電して痛みが生じるというのに。どういう訳だかこのムゥは触れるし自分の意思があるみたいに私へとコンタクトを取ってくるので可愛い。ひょい、と抱き上げてみると、その軽さに驚いて目を丸める。軽過ぎて投げ飛ばしてしまうかと思った。凄い、風船みたいだ。


「きみは、私の言葉が分かるの?」


まぁるい瞳に目を合わせてそう聞いてみる。ムゥ!と元気良く返す仕草が可愛い。堪らず私までニコニコしてしまうと、目の前のムゥも嬉しそうな表情を浮かべて笑ってみせる。それは哀しみの王以外のキャラクターと初めてコミュニケーションを取った瞬間だった。正直嬉しく思う自分がいたし、連れて帰る事も一瞬だけ想像したけど直ぐにいやと思い直す。哀しみの王、怒るよなぁ…。内緒で王宮を抜け出してるのも、ムゥと仲良くなってこっそり会ってるのも。過保護な彼は許さないだろうなと想像して短く唸る。でもムゥちゃんも酷く私に懐いて、帰ろうとする私の後をいつも着いてこようとするのでその瞬間は毎回後ろ髪を引かれた。


「…ごめんね。連れて帰りたいけど、哀しみの王に怒られちゃう」


まるで拾ったペットをお母さんにダメと言われて置いて来る時みたいな気持ちになりヘコむ。しゅん、と、露骨に目尻を下げて悲しそうな顔をするムゥちゃんに胸を打たれて、私は勢いよくムゥちゃん!とその丸い身体を抱き上げた。相変わらずフワフワとして軽い、風船みたいな身体。


「また明日会いに来るよ」


ねっ!そう言って、柔らかい身体に頬ずりをする。ムゥムゥと鳴くムゥちゃんへ会いに、私は明日も哀しみの国へと来る来満々でいた。




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