「ねー、ナマエちゃーん」

「うん?」


間延びした声でわたしを呼ぶしんちゃんに一度ペンを止めて、チョコビ?と問い掛ける。そしたらあーんって口を開けるから正解なのだと思いチョコビを摘んでしんちゃんの口へとあーんしたのだけれど。しんちゃんはチョコビをモグモグ咀嚼しながらそうじゃなくて、とジト目でわたしを見やった。ふふ、でもしっかりチョコビ食べてるんだよなぁ。


「どうしたの?課題の答えは教えないよ」


高校1年生の春。わたしは遠すぎず、近ずきずな距離感でずっとしんちゃんの隣に居た。お菓子を与えたり、一緒にゲームして飽きたらテレビを見たり、課題を手伝ったり。課題の答えは教えないと決めているのに、いつもしんちゃんに乗せられて気付けば回答を教えてるから何か可笑しい。ナマエちゃんてばチョロい、と言うしんちゃんにそんな事ないもん!!と言い返して怒ったフリをする。

そんな毎日が楽しくて、隣にいれるだけでわたしは幸せだった。こんなんじゃまたいつか、別の女の子にしんちゃんを取られちゃうとも思って不安になる事もあるけれど。この3周目でも、しんちゃんはまだ彼女を作っていない。それはやっぱり疑問で、何となくしんちゃんに聞いてみた事もあった。しんちゃんは眉根を寄せてえー?と唸った後、だってオラお子様には興味無いしと言ってはぐらかすから首を傾げる。でもしんちゃん、1周目では普通に何人か彼女作ってたんだよなぁ。新しい彼女が出来る度、胸が強く締め付けられていたのを思い出してヒッソリ表情が陰る。もししんちゃんに彼女が出来たら、わたしはただ見て後悔するしかないからなぁ…。勿論あんな思いは二度としたくないのだけれど、わたしはまたぬるま湯にドップリと浸かって動けないからため息が出てしまう。彼女じゃなくて良いから、幼馴染でも良いからしんちゃんの隣に居たい。なんて。慢心もいい所だ。

1周目はただの幼馴染という関係がもどかしくて辛かったバスなのに。ガムシャラに頑張っていた2周目に比べると、今はこの緩い関係の方が心地良いから不思議だった。どうせわたしでは、彼女になれないしね…。何ならこのまま、ずっとタイムリープを繰り返して楽しい時だけを過ごしたい。明るい未来なんて無いのなら、わたしは大人になれなくても良い。だから傍に居させて、しんちゃん…。そうボンヤリと仄暗い企みを思い浮かべるわたしに構わず、しんちゃんは少し拗ねた声でそうでもなくて、とボヤいて唇を尖らせた。


「…?寒い?カーディガンいる?」

「もーっ、違うぞおバカぁ!」


なんて、プチ悪口を吐くしんちゃんはご機嫌ナナメの様で。わたしはオロオロとしながらしんちゃんの言いたい事をひたすら探る。うーん、何だろう。真剣な顔付きで考えるわたしに、しんちゃんは珍しく頬を染めて。そっぽを向きながらポツリと零した。


「…オラの事、どうおもう」

「…うーん?スーパー野生児…?」

「そうじゃなくて。オラの事、1人の男としてどう思う」

「え…」


その質問は、良くない。思わず期待してしまいそうになる。もう何度も期待して落とされてきた身としては、そんな二の舞絶対に嫌だから必死に期待を振り払おうとするのだけれど。不意にしんちゃんの真剣な眼差しがわたしを捉えて射抜くから、何も考えられなくなってしまうのだ。


「オラはナマエちゃんの事、1人の女の子としてすきなんだけど」


どくり。一際大きく心臓が跳ね上がって心拍数を速める。これは夢、だろうか。それとも聞き間違い?だって、今までどんなに頑張っても振り向いてくれなかったしんちゃんが。ずっと夢見て叶わなかった現実が、ここで起きるなんて思ってもいなかったから…、

訳も分からず大混乱しているわたしに、ナマエちゃんは?と彼が答えを求める。顔が熱い。ドキドキと煩く脈打つ心臓を傍目に、わたしは大きく息を吸い込みながらしんちゃんの事を見詰めた。


「…わたしも、すき」


しんちゃんの事が、だいすき。そう呟くなりぎゅっ!と、まるで歓喜余ったみたいに。勢いよくしんちゃんに抱き締められて益々赤面する。ずっとこうされてみたかった。憧れだったしんちゃんとのハグ。でもいざ抱き締められると、照れるし恥ずかしいし、何だか凄く胸がギュッと詰まって、苦しくて。思わず涙が込み上げてくる。


「…しんちゃん、何でわたしの事好きになってくれたの」

「んー?だってナマエちゃん、ずっとオラの隣に居てくれたじゃん」

「ぇ?」


タイムリープがバレているのかと思って一瞬だけドキリとするけれど。しんちゃんは考える素振りを見せながら静かに続ける。


「ナマエちゃんいつもオラの傍にいて、オラの我儘に付き合ってくれるでしょ?オラのする事に全部笑ってくれるし、楽しそうにしてくれる」


そんなナマエちゃんがオラは、だいすきなんだゾ。なんて、優しい声色に宥められて涙腺が崩壊した。ひくり。喉を引き攣らせて泣き始めてしまったわたしにしんちゃんはギョッとして、どしたのと引き気味にわたしの背中をトントンと叩く。


「ごめ、わたし、嬉しくて」

「も〜、折角ちゅうしようと思ってたのに、泣かれたら出来ないゾ」

「…!?」


しんちゃんの発言にビックリし過ぎてピタリ、一瞬涙が止まってしんちゃんと目が合う。ニヤリ。悪戯に笑ったしんちゃんが顔を近づけて、ちゅ、とわたしの唇を奪った。あ、やばい…わたし今、すごく幸せだ。涙に濡れた睫毛をおもむろに伏せながら、わたしは小さくしんちゃんのシャツを握って離さない。この瞬間がいつまでも永遠に続けば良いのにと、わたしは心の底から願ってしんちゃんへと身を委ねた。



×