自暴自棄っていうのは正にこの事を言うんだろうなと思った。わたし、自意識過剰なだけだったのかなと思って他校の男子に告白してみたり、ナンパにほいほい着いて行ってみたり、パパ活に手を出してみたり。しっかり承認欲求オバケと化していて自分でも震える。まさか、わたしがここまで軽い女の子になってしまうとは思ってもみなかった。まぁ結局、キスもその先も怖くて全部突き飛ばして逃げて来てるんだけど…。
まるで追い討ちをかける様に。しんちゃんがタミコさんと出会った話を聞いたのはそれから直ぐの事だった。経緯は良く分からないけど、トラブルで困っていたタミコさんと偶然出会って助けたのがしんちゃんらしい。しんちゃんは今の所タミコさんの事そんなに気にしていない様だけど、時間の問題だと思った。きっとこの世界線でも駄目だったんだ。わたしはまた失敗した。しんちゃんの好きな人になれなかった。この先しんちゃんとタミコさんはきっと、どんどんお互いに引き寄せ合ってまた恋に落ちるのだろうと。そう思うと涙が止まらなかった。わたしも、しんちゃんと惹かれ合う存在が良かった。どうして、どうして…?
そう、わたしは自暴自棄になっていた。制服を脱いで、少し大人びたメイクと服装をすれば補導だってすり抜けられる。しんちゃんにフラれたわたしはすっかり意気消沈して、どこからどう見ても荒れていた。悪い大人に連れられて、未成年の癖にアルコールをめいいっぱい体内に含んでみたりして。あー、フラフラのクラクラ…。酔った女子高生を目の前にして、良からぬ事をしない男なんていない。でもわたしは昔から、理性だけは強く持つタイプだったから。近付いてくる唇を手の平で制して、ヘラリと躱す。でももう、こうやってはぐらかすのも疲れてきちゃったな…。わたしは未だに、キスの1度もした事が無い。いっその事全部捨て去ってしまえたら楽だろうか。そんな事を考えていた時だ。こっち!と、強く腕を引っ張られてグラリと身体が傾いた。聞き覚えのある声。わたしの手を引きながら走る。これがしんちゃんだったら良いのに、なんて、無意識にもそんな事を思っていてつい涙腺が緩んだ。
お酒が入ってる所為で全然息が続かない。しんどそうにするわたしを見兼ねて、風間くんがぐいとわたしを抱き上げる。久しぶりに会った風間くんは華奢だし力も無さそうなのに、軽々わたしを抱いたまま走り出すからビックリした。
「はっ、はあっ、!ここまでくれば大丈夫かな」
「…風間くん、何で」
「…それ、こっちの台詞。一体どうしたのさ。ナマエちゃん、こんな不真面目な事する子じゃなかったじゃん」
風間くんは昔から頼り甲斐があって、何かとわたしを気にかけてくれる。優しくてしっかり者の幼馴染だった。前の世界線ではすっかり大企業のお偉いさんに昇進して遠い存在になってしまったけれど。それでも時々わたしに連絡をくれる風間くんは、わたしがしんちゃんに片思いしている事をずっと心配してくれていた。ナマエちゃん、まだしんのすけの事好きなの?って。痛い所をドンピシャに突かれて分かりやすく苦笑い。好きなんだよねぇ、って、そう答えたわたしに、唇をきゅっと引き結んで同じ様に切なくなってくれていた風間くん。ついあの日の事を思い出してしまったのは、風間くんを渦巻く空気や雰囲気が、あの時に激似していたからなのかもしれない。何とか口角を緩めて口元だけで笑ってみせる。けど風間くんは、つられて笑ってはくれなかった。
「……えへ、どう?垢抜けた?」
「垢抜けた、っていうか…ナマエちゃんらしくないよ」
「あはは、それ、しんちゃんにも同じ事言われた」
「…まだ好きなの、しんのすけの事」
聞き覚えのある台詞にドキリとして、反射的に風間くんの方を見やる。唇をきゅっと引き結びながら、風間くんの方が切なそうな顔をする。その表情はあの時と全く一緒なのに。わたしの事を熱心に見詰めるその眼差しだけは違った。ぎゅう。痛いくらいに両手を握り締められて僅かに混乱を覚える。
「僕にしなよ」
「…かざま、く、」
「もう見てられないよ。僕だったら絶対、ナマエちゃんをこんな風に泣かせたりしない」
ガラガラと、何かが大きな音を立てながら崩れ落ちていく。風間くんの言う通りだ。わたしの好きな人が、風間くんだったら良かったのに。そしたらこんな、何度も辛くてしんどい想いをせずに済むのに。これで終われるのに。どう足掻いてもしんちゃんが好きだから、恋って難しい。
「…ごめんね、風間くん」
ぼろり。頬を伝った大粒の涙にゆっくりと瞬きをして、わたしは伏し目がちにタイムマシンのボタンを押した。