たまたましんちゃんの携帯で一緒に動画を見ていたら、通知がポンと上がってきて反射的に目で追いかけた。タミさん、と。送り主の名前を見た瞬間に心臓がヒュっと冷えて頭が真っ白になる。いつかはそんな日が来るんじゃないかと。分かっていたし想像もしていた。でもいざその時が来ると、思った以上の衝撃を受ける物で。わたしはしんちゃんの携帯を握り締めたまま動けない。きっと、しんちゃんには疚しい気持ちなんて無いし至って普通のLINEだという認識なのだろう。凍り付いた表情で固まるわたしを見て、どうしたの?と声を掛けてくる。

金有タミコ。しんちゃんの婚約者になるハズだった人。わたしがずっと、羨ましくて堪らなかった人。わたしが余りにも切羽詰まった顔で固まるから気を利かせてくれたのだろう。最近仕事の関係でお知り合いになってねー、と、出会った経緯を説明してくれるしんちゃん。偶然にも風間くんと共通の知り合いで飲みに行く事も多くて、あっ!勿論他にも同僚連れてね、なんて。しんちゃんは真摯に、わたしの不安と向き合って取り除こうとしてくれた。でもわたしは全部知っちゃってるからさ。どうしても疑心暗鬼になっちゃうんだよ。

最悪の事態を想像するだけで涙が込み上げてきて泣きそうになる。2人が連絡取り合ってるのを見ると、仕事内容だって分かってても頭が可笑しくなりそうなくらい嫉妬する。それが原因でその後は何度もしんちゃんと喧嘩になったし、そうして癇癪起こして泣き喚いてしまう自分も凄く凄く嫌だった。分かってる、これは正しくメンヘラ彼女に嫌気が差して別れたくなる瞬間だ。もししんちゃんに捨てられたら、わたしは…。無意識にも、机の引き出しに仕舞いこんだタイムマシンの事を思い出して気が滅入る。正直もう一度しんちゃんの彼女になれる自信は無かった。未来は毎回、微妙な変化を伴いながらも繰り返している。わたしはまた頑張らないといけないんだ。しんちゃんの彼女になりたいなら、また…。でも出来る事なら、今度こそ、しんちゃんの隣で一緒に未来を生きて行きたかったよ、


「…ナマエちゃんさぁ、何でそんなにタミさんの事敵視してるの?」


嗚咽が酷過ぎて、しんちゃんのその問い掛けには答えられそうに無かった。その日もわたしとしんちゃんはタミコさんの事で喧嘩していた。喧嘩の原因自体はとても些細な事だったのに。わたしが我慢出来なかったから。しんちゃんの事、信用し切れてないから、だから余計に大きな喧嘩へと発展してしまってしんどい。タミさん、と、しんちゃんの口からそう聞くと、嫌でも昔の光景を思い出してしまうから苦しくなる。しんちゃんとタミコさんが結ばれる結末は、もしかするとどう足掻いても変えられないのかもしれない。と、考えれば考える程嫉妬に狂ってどうにかなりそうだった。ずっと側にいてしんちゃんを見てきたのはわたしなのに。わたしが世界で1番、しんちゃんの事すきなのに。何で、どうして。何度も何度も泣いて、喚いて、枕に顔面を押しつけながらずっとずっと泣きじゃくっていた。見兼ねたようにしんちゃんが近付いてきてわたしの直ぐ側に座る。ぽん、ぽん。頭を撫でてくれる手つきが余りにも優しくて、益々胸の奥の方がきゅっとなった。


「今までさ、こんな事無かったじゃん」

「…ずっ、ごめん、ね」


何とか絞り出した声は、我ながら掠れすぎの震え過ぎで。酷い物だった。ズビズビと、鼻を啜りたいのに詰まってる所為で出来ないわたしにティッシュを箱ごと手渡してくれるしんちゃん。何処にも行って欲しくない。そんな思いを込めてきゅ、と、しんちゃんの上着を握り締めて引っ張った。わたしの意図を見透かしたみたいに。しんちゃんが至極穏やかな声色で、わたしに言い聞かせる様にしてポソッと呟く。


「…何処にも行かないゾ」

「っ、」

「大好きだもん、ナマエちゃんの事。自信持ってよ!俺の隣にずっと居てくれたの、他の誰でもないナマエちゃんでしょ?これからも一緒にいたいって、俺は思うんだけど」


ナマエちゃんは?と、しんちゃんにそう聞かれて勢いよくしんちゃんへと飛びつく。「一緒に居たいっ、一緒に居たいよ、」だって大好きだもん、しんちゃんの事。本当の本当に、大好きなんだもんっ、!わああ、と、また声を上げて泣き始めてしまったわたしの背中を、よしよしと撫でて。しんちゃんは思いついた様にそうだと零す。


「じゃあ俺たち結婚する?そしたらもう正真正銘何処にも行けないゾー」

「…っえ!?な、ええ、ほん、とに…?」

「もちのろんだゾ」

「そそそ、それって、プロポーズ?」

「うん」

「わた、わたし、本気にするよ?」

「もう!そんなに疑わないでよ!その代わりもう二度と離さないけど。それでも良いの〜?」


わたしの左手薬指を捕まえてそう挑発してくるしんちゃんにドキリとする。こくり。顔を赤くしながら頷くと、そのままガバっと抱き締められて。心の奥底から力が抜けていくのが分かった。ずっと俺の隣に居なよ。もう頑張らなくても良いんだゾ。って、わたしの手を握り締めながら言うしんちゃんには、やっぱり全てを見透かされてる気がした。


「…しんちゃん」

「んー?」

「だいすき」

「しってるゾ」

「…隣に居るのがわたしで、良いの?」

「ん、寧ろナマエちゃんが良いの」

「へへへ、そっか」


あの日約束した、未来のわたしへ。そして今まで何度も繰り返して来た、過去のわたしへ。今日しんちゃんと一緒に、未来を歩んで行くと決めた事を、ここにお伝えします。



20230315



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