「すき」
「ぇ……やき?」
「ううん、すき」
「すし?」
「…あらての、いじめ」
なんかボーちゃんが唐突にすきだと愛の告白をしてきたので、私の聞き間違いかな?と思い食べ物の名前を並べみたら彼が落ち込んでしまったので焦る。ごめんごめんと苦笑いで謝ってみるものの、ボーちゃんの機嫌は依然として直らない。ついにはもういい、とまで言って外方を向いてしまう始末なので余計に慌ててしまう。うーん、拗ねたボーちゃんも可愛い…じゃなくて、
「ごめんってぇ。だって唐突だったから、聞き間違いかなと思って」
ボーちゃんは眉根を寄せたままムゥと口元を引き結ぶ。返事を返すことなく、彼は私から視線を外したままやんわりと手を握り締めた。普段は口数が少ないボーちゃん。確かに私愛されてるのかなとか不安に感じてしまう時期もあったけど、それがボーちゃんだからと割り切ってしまえる程一緒にいるので今はあんまり気にしていない。だから逆に、突然どうしたのかなと心配になってしまうのだ。
「…なにかあった?」
「……別に、なんにも」
長い間合いが空いた後ボーちゃんは一瞬何かを言いかけようと口を開けたけど、結局素っ気のない返答を零して。私の手を握ったままふいと顔を逸らした。…これは何かあったな。長年一緒にいると、彼のいつもと違う雰囲気くらい気付けるようになるもので。無理強いして聞くのも何だか違う気のした私は、おもむろにボーちゃんの手を握り返した。すると心地の良い無言に包まれる。トンとボーちゃんに寄っかかると、いつもの事ながら安心感があってほうとした。ボーちゃんが話したい時に話しやすくなれるように、私は頃合いを見計らって「言いたくなったら教えてね」と何気なく言葉を促す。
「…言葉にしないと、伝わらない事もあるかと思って」
「うん」
「その…」
この前貰ったラブレター、なんて返事したの?言葉途切れ途切れに聞いてきたボーちゃんについポカンと間抜け面を晒してしまう。ラブレター。この前職場の歳下くんに渡されたそれは大いに私の頭を悩ませた。今時ラブレターとは中々ロマンチストだなぁと思いつつ、返事はごめんなさいの一択だけどこのラブレターどうしよう。破って捨てるのは可哀想だし、でも取っておく訳にも…。結局返事をする時一緒に返却してしまったけど、そういえばボーちゃんにも話そうとして忘れていたのを漸く思い出す。そうだ、話してる途中で宅配便が来たり電話が入ったりで最後まで話せなかったんだっけ。段々と思い出してきた内容も程々にボーちゃんの方を見やる。一瞬だけ合った彼の瞳は不安そうに揺れていた。
「やだ、断るに決まってるじゃない。今更ボーちゃん以外の人と付き合う気なんてないし」
「…そっか」
なんて、一見素っ気なさそうに見えるけどその表情には安堵の色を混ぜている。
「えっ、もしかして私が乗り換えちゃうと思った?だから突然好きだって言って、感情を言葉にして見えるようにしたの?」
「…」
「あはは、やだぁ、ヤキモチ妬いて焦っちゃうなんて、ボーちゃん可愛い」
むぅ、僅かに唇を結んでバツの悪そうな顔をしたボーちゃんがグリグリと、私のこめかみを指で押しながら手を顔にやる。
「そこまで、笑わない」
「ふふ、だって。なら素直に聞いてくれれば良かったのに」
ため息を吐きながら頭を振って、ボーちゃんは伏し目がちに呟いた。
「だって、大人気ない、じゃない」
「そんな事ないよ」
「そんな事ある。歳下相手に彼女取られるかも、なんて。カッコ悪いし…。その上自信無くして心配になったりして、君の事信じられてない時点で彼氏失格、だよ」
はぁ、と重たげにため息を零すのに、つられて私も「ボーちゃん…」としょげてしまう。もう一度ボーちゃんの手を握り直すけれど、彼は握り返そうとはしてくれなくて少しだけ寂しくなった。
「…でもね、嬉しかったよ、私」
ボーちゃんの好きって言葉、久しぶりに聞けてさ。ピクリとボーちゃんが小さく跳ねて、そおっと私を見やる。
「私も、ボーちゃんが大好き。今までも、これこらも、ずっとずっと大好きだからさ、安心してよ」
ボーちゃんの瞳がユラユラと揺れ動きながら、まっすぐと私の事を捉えた。うんと頷いてやっと、ボーちゃんは私の手を握り返してくれる。
「ごめんね、女々しくて」
「ううん」
ボーちゃん普段リアクション薄いから、実は感情見えた時って結構嬉しいんだ。というのは内緒にしておこう。照れたように一つはにかみながら、不意にボーちゃんが私の名前を呼んであのねと耳元に唇を寄せた。
「僕も、ずっとずっと大好き」
普段言葉にしてくれないボーちゃんだからこそ、こうして柔らかい声で好きだと囁いた時の破壊力が凄いのだ。ね、とんでもなく可愛いでしょ。だから私がボーちゃんを嫌いになるなんて有り得ないし、他の人に乗り換えるなんて事も以ての外なのである。
20190616