席替えをしてついうわっと思ってしまったし、もしかすると顔に出ちゃってたかもしれない。眉間に皺を寄せた河村くんが「…んだよ、その嫌そうな顔は」とわたしを睨むのでぶんぶん顔を横に振る。


「とんでもない!これから宜しくね河村くん!」


河村やすお。見るからに不良のやんちゃっ子…授業はサボるか寝てるかだし、しょっちゅう別クラスの不良と問題を起こす要注意人物…。そんな彼の隣になるとか今学期1番ついてないな!

でも前述の通り河村くん大体は寝てるかサボりでいないかだし、機嫌を損ねる事も関わりになる事も無いでしょう、ねっ、と推測して自分を宥めた。のに!


「おら、さっさとプリントよこせ」

「はっ、はい」

「なんでそんなに挙動不審なんだよ」


おおお可笑しい、河村くんここ数日全部ちゃんと授業受けてるし起きてる。なぜ!ビクビクしながらプリントを手渡してお互いの採点をしていく。ほぼ真っ白で手渡されるかと思った河村くんの答案は割と埋まっていて意外に思った。答えが合ってるかは別として。


「ん」

「…ありがとう。はい」


河村くんはソッポを向いたまま私にプリントを手渡して真っ直ぐ黒板に視線を飛ばす。不器用だと勝手に思っていた河村くん。意外と綺麗な丸に数字を書く。


「…なぁ」


周りはまだ答案の丸ばつをつけてるペアが多い。少しザワザワしてる中で河村くんは聞こえないくらいの声で話しかけるのでそちらを見やる。相変わらず河村くんは真っ直ぐ前を向いたまま言った。


「俺のこと、怖いか」

「…少しだけ」


…我ながら素直に答えすぎでは!?とかワンテンポ遅れてから後悔の波に飲まれたけど、「…そっか」と言われて終わったのでひっそり安堵の息をつく。意外と気にしてるのかな?いやいやまさか。でも気にしてるとしたら今の傷つけちゃったかな。そう思ってチラリと河村くんを見やるけど、仏頂面の横顔からは何も読み取れなかった。



それにしてもなんの気まぐれなのか、数週間経っても河村くんは毎日授業に出続けていた。忘れ物をした時には「わりぃ、貸してくれ」っていうのと、お礼もちゃんと言ってくれる。2人でする教科書の丸読みでは、読めない漢字の部分を聞いてくるのがなんとなく可愛かった。河村やすお、侮れない!


最初はあんなに怖くてガクブル震えてたのに、隣に河村くんがいる事にもすっかり慣れてきた頃事件は起こった。河村くんが、クラスの男子を殴ったらしい。現場を直接見た訳じゃないけど。聞く話によると、その男子が最近大人しくしてる河村くんをいい事に、何やら言いたい放題言ったのだとか。その内容が、河村くんには好きな奴がいてそれがわたしだと言ったんだとか。バカだなぁって、思った。その男子も、かっとなって手を挙げてしまった河村くんも。小学生か。

河村くんがわたしみたいな地味系女子を好きになる訳がないじゃない。授業に出るようになったのは気まぐれ。河村くんの心境に何か変化があったんだとは思うけど、そのきっかけはわたしなんかじゃない。そんな挑発を真に受けてしまった河村くんは、職員室呼び出しで一週間の謹慎を食らった。久しぶりに河村くんがクラスにいない日々が続く。だからと言って何の変化もないはずなのに、隣の席がぽっかり空いているというのは何だか寂しい物があった。




「…ちっくしょう」


サイテーかよ。堪らず呟いた言葉が誰もいない教室にこだまする。今日は河村くんに殴られた男子と日直の日。なのに、日直の仕事全部押し付けて帰ってしまったから腹が立つ。ため息混じりに日誌を埋めていると、不意に影が刺してついそちらを見た。


「河村、くん…」

「よお、久々。意外と口悪いんだな」


み、見られていたっ!恥ずかしい!そのまま日誌を覗き込まれそうになって慌てて隠すと何だよと言われる。何だよじゃないよ、このままじゃあもっと恥ずかしい目にあってしまう。


「字っ、汚いから!そんな事より河村くんどうしてここに、」

「明日からまた登校なんだけどよ、その前に職員室来いって言われてて」

「なるほど…良かった、河村くんこのまま中退して学校来なくなったらどうしようかと」

「それは漫画の読みすぎだ」


朗らかに河村くんが笑う。八重歯がチャームポイントの河村くん。いつの間にか河村くんに可愛いという印象を抱けるようになっていたのに自分でも驚いた。そういえば隣の席になってから大分経ったけど、河村くんのイメージも変わったし話しやすくもなった。


「なんか手伝える事あるか?」

「え?」

「日直、1人なんだろ?」

「あ…ありがとう。でも日誌ももう書き終わるし、大丈夫」

「なんだ、もうちょい早く来てやれば良かったな」

「あはは、ありがとね」


河村くんって意外と優しくていい人だなぁ。って、時折そう気付かされる時がある。ギャップ萌えってやつかな。なんか悔しい。


「…なぁ」

「うん?」

「…俺のこと、怖いか?」


唐突な問いに思わず河村くんを見やる。前にも一度された事のあった問い掛けだった。ただこの前と違うのは、河村くんの視線は真っ直ぐとわたしを射抜いているという事。あ、ちゃんと目が合ったの初めてかもしれない。


「…ううん、怖くない。怖くないよ」

「…そっか」


答えもあの日と全く同じ物だったけど、口元はやんわりと弧を描いていて穏やかに見えた。


「じゃあ俺行くわ」

「うん、また明日」

「…あのさ、俺も、」

「…?うん?」

「俺も、明日お前と会えるの楽しみにしてた」


フライングしちゃったけどな、と悪戯に笑う河村くんに、わたしは顔が真っ赤になるのを感じながら口をパクパクとさせて日誌を抱き締める。なっ、み、みられ…!


「じゃあな」


そうさっさと背を向けて行ってしまった河村くんの顔も赤い気がして、わたしは自分で書いた日誌のコメント欄をなぞりながら、もう一度さっきのやり取りを思い出して悶えていた。


(明日は河村くんの再登校の日です。隣の席の河村くんのいない一週間は静かで、まっさらで、意外にもぽっかりと穴が空いたみたいに寂しかったので、明日また学校で会える事を、楽しみにしています)



20190118


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -