「はるちよ!」
付き合う前からさんずさんずと、コイツはアホっぽいトーンでオレを呼ぶなと思ってはいたが。最近ではそれも気にならなくなっていた。寧ろ、甘く柔らかい声でオレを呼ぶナマエに愛おしさすら感じる。そんなのぜってー言ってやんねぇけど。
「7月3日は何の日でしょう!」
「オレの誕生日」
「もう、そうだけど」
それまで嬉々としていた表情が一変、むぅ、とむくれて拗ねるのでぶすっと指を刺して潰してやった。んにゅう!とよく分からない悲鳴を上げつつ、ソフトクリームの日だよ!とナマエが声を上げる。知ってるっつーの。
「ナマエが処女じゃなくなった日な」
「もーっ!はるちよホンっトにデリカシーない!」
女ってのは、どうしてそんなに記念日を増やしたがるのか。ウザったいと思う事の方が多いが、正直ソフトクリームの日は割りと嫌いでは無かった。毎年この日になるとナマエとラブホに泊まってソフトクリームを食べて、めちゃくちゃにナマエを犯しながら疲れ果てて一緒に眠る。目が覚めた時に、少し眠そうな顔ではるちよ、誕生日おめでとうと笑うナマエが好きだった。
「ね、今年はプレゼント何が良い?」
「ナマエ」
「…?わたしはもうとっくにはるちよの物だよ」
てっきり、真っ赤になってもう!はるちよのエッチ!とワタワタするかと思っただけに、そのキョトンとした顔での返答は予想外過ぎて。ちょっとだけ胸にぐっときてしまった。
「…そうかよ」
わざと素気なく返してふいと外方を向く。ねー、プレゼントは?としつこく聞いてくるナマエに一言、だからナマエで良いっつったろ、裸にリボンでも巻いてこいと言ったら、やっと頬を赤らめて黙り込んだ。そうやって恥ずかしそうにするから堪らない。今すぐ押し倒して襲いたくなる。
ソフトクリームの日をナマエと過ごすのは、もうこれで3回目になるのかと。ラブホの予約を取りながらボンヤリと思いに耽る。付き合い始めてから1ヶ月が経とうとしていた時だったか。そういう雰囲気になりナマエを押し倒した瞬間、真っ赤な顔で待ったをかけられ不本意ながらピタリと動きを止めた。わたし、初めてだから…するならちゃんとした日が良いと駄々を捏ねられ、本当はすぐ様その場で犯したかったしめちゃくちゃ不服だったが盛大に舌打ちをしながら妥協してやった。オレの機嫌を伺う様に擦り寄ってきながら、ナマエは上目遣いにオレを見上げる。はるちよの誕生日に、わたしの初めてプレゼントしてあげる。そう言われて、正直悪い気はしなかった。ただオレの誕生日まであと3ヶ月はあるんだが…。生殺しを食らった分、つまみ食いはしっかりとさせて貰った。
そうして迎えた誕生日、ナマエはホテルへ行く前に、一緒にソフトクリームを食べようと提案してきた。今日はね、ソフトクリームの日なんだって。小さなコンビニスプーンでバニラのソフトクリームを掬いながら、ナマエが呟く。はるちよとソフトクリーム、似合わないね。そう笑うナマエは何処かソワソワとしていて、何だか気を紛らわそうとしているみたいだった。これからオレに抱かれるんだと思うと、きっと恥ずかしくて堪らないのだろうと想像して愛しさが増した。
「(緊張を誤魔化す為のソフトクリーム、か)」
可愛いじゃねーか。ナマエの隣でソフトクリームを掬いながら、オレはそんな事を思う。ナマエが可愛いのは3年経っても変わらず。コンビニで買ってきたソフトクリームをスプーンで掬うなり、ナマエがあーんとオレの口元まで運んで来るのであっ、と口を開けてソフトクリームを歓迎した。甘ったるく広がる濃厚なバニラ味。わたしにも!と甘えてくるナマエに、オレも無言でソフトクリームをスプーンに乗せ持ち上げるが。あーんすると見せ掛けて、それを自分の口へと含みニヤっと笑う。あーっ!不満そうな声を上げるナマエにそのまま、深く深く口付けた。
「んっ、!」
少し焦った様な、くぐもった声に興奮して唇の隙間から舌を侵入させる。きゅ、と小さくオレの服を掴むナマエが可愛い。一通りナマエとのキスを堪能して唇を離すと、ナマエがドキドキとした様な瞳でじっとオレの事を見つめていた。口をあの形にしてナマエの首筋に噛みつこうとした刹那。すんでの所で待って!と、お預けをくらい眉を顰める。ナマエは兎に角待てが多い女だった。
「ま、まだソフトクリームの絵描いてない!」
「…」
女っていうのは、どうしてそんな記念日に拘(ry
「あぁ?去年も描いてんだから別にもう良いだろ」
「やだ!ソフトクリーム食べてイラスト描いて、ツーショット撮るまでがセットなのっ」
我儘だなァと言いつつ、先にスマホでツーショットの自撮りを決める。フニャ、と笑ったナマエが中々可愛く撮れていて、悪くないとヒッソリ思った。後でLINEのトーク画面に設定しておこう。そして嬉々とした様子でメモ帳のイラスト機能を弄り始めたナマエ。オレは怠い事この上ないのでテキトーに指を走らせてテキトーに終わらせると、それを横目で見たナマエにまんまと怒られた。
「はるちよ適当過ぎ!」
「うっせぇなァ。どこからどう見てもソフトクリームだろーが」
「小学生でももっと上手く描くよ」
「悪かったなァ下手で」
「…いっちばん初めはちゃんと真剣に描いてくれてたのに」
そりゃあ最初の1回目くらいはちゃんとするだろ。ナマエに嫌われたくなかったし。思い出フォルダからオレが過去に描いたソフトクリームのイラストを引っ張ってくるなり、ナマエがキャンキャン文句をつけてくるので露骨に顔を顰める。はあぁ、うるせ〜。ぐい、と、ナマエの胸ぐらを掴んで自分の方へと手繰り寄せた。そうして唇を塞いで物理的に黙らせてからゆっくり離すと、ナマエは怒っていた事を忘れたかの様に黙り込むので単純でチョロい。でもそこがまた可愛い。
「オレは一刻も早くナマエの事喰いてぇんだわ」
悪ぃな。そうナマエの耳元で低く零すと、ナマエがジワジワ頬を赤らめながら諦めた様にもう、とボヤいた。しかしいざ服を脱がせようとするとまだ渋るので流石に疑問視する。
「どうした?」
「その…は、恥ずかしい」
はァ?もう何回も身体重ねてて今更恥ずかしいなんて事あるかああァ?不審に思いつつ、歯切れ悪くするナマエを傍目にスカートの中へと手を伸ばした。益々顔を真っ赤にして、身体を強張らせるナマエ。そして手の平に感じる違和感。パンツが、無い。ダイレクトに伝わってくる、スベスベで柔らかい尻の感覚に思わずナマエのスカートを捲り上げた。きゃあ!と短く悲鳴を上げて、ナマエが咄嗟に手で隠そうとするのでその手ごと押さえ込む。赤くて細い、紐状の布のみで成形されたそれを下着と呼ぶには些か頼りない気がしたが。オレの興奮を煽るのには十分な効果を発揮していた。
「(いや、エロ過ぎんだろ)」
どうやら、裸にリボンでも巻いてこいと言ったオレの言葉を鵜呑みにしたらしい。依然と赤い顔を晒したままで、ナマエがはるちよとオレを呼んだ。
「…誕生日おめでとう」
おずおず、両手を広げてオレを呼ぶナマエを見て、反射的にゴクリと生唾を飲んだ。
*
既に知り尽くしたナマエの弱い部分を執着的に攻め立てる。意図も容易く嬌声を上げて甘く鳴くナマエに気を良くして。オレは更に速く腰を動かしながらナマエの身体をぐいと抱き寄せた。快楽でいっぱいいっぱいなその表情をこちらに向かせ、柔らかく唇を重ねる。
「んっ、んっ、はる、ち、もうっ、むりぃ!」
「無理じゃねーだろ」
「あっ…!」
かわいい。可愛いオレのナマエ。やっとオレのもんになった。グズグズと心の奥で燻るのは、いつかの嫉妬心。すき、すき、とうわ言の様に繰り返すナマエに心の臓がキュ、と締まって。「…竜胆よりも好きか」気付けばそう口にしていた。何でそこで竜胆が出て来たのか、自分でも良く分からなかったが。
「竜胆くんよりも好きだよ」
当たり前じゃん。その返答にきゅううう、と胸の締め付けが強くなって、何でだか無性に、泣きたくなった。
ぱちり
瞼が開いて視界いっぱいに事務所の天井が広がる。あ、起きた?と、オレの顔を覗き込むナマエに一瞬で全てを理解してぞぁ、となった。あぁ、今見ていたのは全て都合の良い夢だったのだと。ヤケにリアルで心地の良い夢だっただけに、目が覚めた今が不快で堪らない。胸焼けにも似た気持ち悪さが迫り上がって来て吐きそうになる。
「まだ具合悪い?」
さんず、と、相変わらずオレの事をアホっぽい調子で呼ぶナマエに、何だか正体の分からない苛立ちを覚えてつい暴言を吐いた。
「…うるせェ、黙ってろ」
戸惑うナマエをそのままに、オレはのそりと起き上がって鈍く痛むこめかみを押さえる。オレの物になる訳がねーのに。そう思うと、何だか余計にもどかしくて苛々が募った。
「…さんず」
誕生日おめでとう。そう、ナマエが緩く笑って小さなオイルボトルを手渡してきたので目を丸める。
「この間、なんか寄越せって言ってたから。要らなかったら捨てて良いよ」
おめでとう。その台詞が夢の中のナマエとリンクして余計に切なくなる。
「(オレの物になんて、ならねェくせに)」
今すぐ胸ぐら掴んで引き寄せて、その唇にキスしてやろうかと思った。