わたし達にとって、毎年7月3日はとある記念日だった。良い歳して竜胆くんが初彼氏だったわたしは、兎に角恋愛に奥手で慎重で。キスすら1か月お預けさせたし、その先を求めようとする竜胆くんに1年は待って欲しいとお願いしたけど流石に怒られた。そんなに待ってられるか!と言われたその日は7月2日。竜胆くんと付き合い始めて、早くも半年以上が経過していた。他のカップルからしたら、それでも十分待たせた時間に値するのかもしれない。現に蘭ちゃんには、お前らまだシてねーの?マジかよ、俺だったらぜってー我慢出来ないねと言われた事があって赤面したのを思い出した。竜胆、襲っちゃえば?なんて。同じく顔を赤くしながら、兄貴!と蘭ちゃんを叱り付ける竜胆くんは、結局わたしの気持ちを尊重して襲うなんて事もしなかっだけれども。そんな過去があったから、今回ばかりは強く自分の意見を押し通せなかったのだ。竜胆くんの気迫に押されてうっと口ごもりつつ、「じゃっ、じゃあ、」と妥協案を繰り出す。


「明日を、特別な日にして欲しい」


インターネットの検索窓に7月3日と打ち込んで検索をかけると、ソフトクリームの日が出てきた。わたしはそれに便乗する事にしたのだ。誕生日と、付き合い始めた記念日と、クリスマスと、もう一つ。明日をソフトクリームの日にする。明日は一緒に、ソフトクリーム食べよう。そう提案すると、竜胆くんはアッサリ分かったと言って引き下がってくれた。


「そういう特別な日にしたいって所、ナマエはやっぱり女の子だよな」

「…だって初めてなんだもん」

「へーへーそうだなぁ、大切な初めてだもんなあ」


だからもう少しだけ待ってやるよ。そう、わたしの耳元で優しく囁いたあと、前髪を掻き上げてわたしの額にちうと口付ける彼が愛しい。そして約束通り、竜胆くんとはソフトクリームを食べてからラブホテルに来て、一緒にスマホのメモ帳機能でソフトクリームの絵を描いた。竜胆くん、絵心ないねぇと笑うわたしに、竜胆くんはうっせ!とつられて笑いながらそれをわたしのLINEに送りつける。ツーショットを撮って、イチャイチャして、そのまま一緒にお風呂へ入って。幸せだった。はじめてを大切に取っておいて良かったと、心底そう思った。あれからもう3年が経とうとしているけれど。毎年7月3日になると、竜胆くんは必ずお休みを取ってわたしと一夜を過ごしてくれる。ソフトクリームを頬張りながら写真を撮って、一緒にスマホでソフトクリームのイラストを描く。誕生日と、付き合い始めた記念日と、クリスマスとソフトクリームの日。竜胆くんは記念日を大切にしてくれる彼氏だった。そして今年も…


「えへへ」


竜胆くんと共有しているカレンダーを見て、分かりやすく一人でニヤニヤする。竜胆くんは今年も無事お休みが取れたらしい。既にホテルの予約も済ませたとのLINEが来て余計に表情が緩む。竜胆くんてば、本当にスパダリ過ぎる。わたしもその日はお休み申請してるし。まぁ通るだろうなぁと思いながら竜胆くんに返信していると、突然背後からチッと舌打ちをされてビクリと跳ね上がる。挙動不審に振り返ると、凄い機嫌悪そうにわたしを睨み付けるさんずが居た。やば、LINEのトーク画面見られたかな。一応、わたしと竜胆くんが社内恋愛しているのは皆知っている事だと思うけど。いざその現場を目撃されるのはちょっとバツが悪い。オロオロ気まずそうにするわたしに一言、さんずが邪魔なんだよと乱雑にわたしを押し退けた。うわぁ、機嫌わっるーい…。何だかわたしまで嫌な気分になってしまった。悶々としつつ、わたしも自分のこなした仕事の報告をする為さんずとはワンテンポ遅れてからマイキーの元まで赴く。そしてペラリ。資料を捲ってザックリ来月の予定を確認していたマイキーが突然わたしに爆弾を投下して行った。


「ナマエ、7月3日は三途とペアで仕事な」

「なっななな何故!?わたしその日はお休み申請してると思うんだけど!!」


恐る恐る、あくまでもマイキーの機嫌を損ねない様にしながら訊ねてみるとジロリ。マイキーのその真っ黒な瞳に見据えられて背中の方がヒヤっとした。


「知らねーよ。ついさっき三途がオマエの休暇届取り下げて行った」

「はっ、はああ!?」

「丁度この日は人足りてねーし。もう決めちまったんだからウダウダ言うな」

「ちょっと待ってよマイキー、」


納得がいかなくて声を荒げるわたしに、マイキーが目を細めて睨み付ける。それだけでピシリと空気が凍り付くのが分かったし、視線だけで殺せるんじゃないかってくらい、マイキーは怖い顔をしていた。こうなってしまったらボスの意見を覆す事はほぼほぼ不可能だ。


「(…さいあく)」


その場で泣き出してしまいそうなくらいにはショックだった。いや流石に、大人だから本当に泣いたりはしないけど。ちょっと涙腺緩んだし鼻の奥がツンとなった。トボトボ肩を落としながら竜胆くんに悲しみのLINEを送る。竜胆くんは優しい。休みが取れなかったわたしを責めるでもなく、そっか…と短く返した後直ぐに、じゃあ今年はソフトクリームの日後夜祭だな!とわたしを励ましてくれるのでまた胸の奥がジーンと震えた。今どこ?一緒に飯食いに行こーぜって…竜胆くん優し〜!それに比べてさんずと来たら、一体どういうつもりなのか。悲しみの次には沸々とした怒りが湧いて来て。わたしは突発的にさんず本人の元へと向かった。


「ちょっとさんず!勝手に人の休暇届取り下げるとか酷いんじゃないの!?」

「…うるせぇな。耳元でキャンキャン騒ぐんじゃねぇよ」

「用があるからお休み指定したのに…他の人連れてってよ!むり!」

「は〜〜〜?マイキーの話聞いてなかったのかぁ?人手不足だっつってたろうがよおぉナマエちゃんよぉ」


ほんっと頭弱いな。と暴言を吐かれ、カチンとくる。でも私事を優先しようとしたわたしにも非がある為、ロクに言い返す事も出来なくて。わたしはさんずに当たり散らす事しか出来ない。暴言を吐き返す代わりにげしっ、と、さんずの膝裏辺りを足蹴りにしてやった。さんずがピキピキと笑顔に怒りを混ぜながらわたしを見やる。何すんだテメぇスクラップにすんぞあぁん?なんて、メンチを切られながらわしっ、と頭を掴まれて容赦なく握り潰される。


「あいたたたた!!」


堪らず悲鳴を上げて身を捩るけど、さんずは簡単には離してくれない。頭の骨がミシミシいっていて痛い。わたし可哀想。


「大体よぉ、竜胆と乳繰り合ってる暇があんならもっと梵天に貢献しろよ」

「…!」


やっぱり、さっきのLINE見られてたんだ…!


「さんずデリカシー無さすぎ…さいてー」

「あぁ?職場で堂々とバカップルLINEしてんのがわりーんだろうが」

「勝手に覗き込んで来る方が悪いもん!」

「好きで見た訳じゃねぇ。誰がテメェらの恋人ごっこに興味あるか。変なもん見せやがって。寧ろ虫酸が走るわ」

「ごっこじゃありませんー!ちゃんと恋人ですぅ!!」

「良いよなぁ単細胞は!竜胆が裏でどういう事してるかも知らねぇでよぉ」

「…!」


本当に、何でこの男は人の嫌がる領域にそうズケズケと踏み込んで来るのだろうか。仕事とはいえ、竜胆くんがそういう色恋営業みたいなのしてる事は知っていた。予め竜胆くんにも言われていたし、納得は出来ないけど、承知の上での事だったから。俺が好きなのはナマエだけだし、関係は持たないってマイキーとは話つかせてるからと。泣きまくるわたしの頭を撫でながら宥めてくれた竜胆くんを思い出してじんと涙腺が緩む。まんまと黙り込んでしまったわたしに、さんずがニヤニヤとしながら見下ろしてくるのが腹立たしかった。


「…しってるもん」


消え入りそうな声でそう訴える。あ?と、さんずが眉を顰めてわたしを睨みつけた。


「分かった、さんず僻んでるんでしょ。わたしと竜胆くんがラブラブだからそれが妬ましくて引き裂こうとしてるんだ!残念だけどわたしは竜胆くんの事信頼してるし、ずえったい別れないもんね!!7月3日は仕事が終わり次第竜胆くんの所に駆け込んで一緒にソフトクリーム食べてやる!!」

「…」


みしっ。さんずの加える力が強くなってまた痛い痛い!と悲鳴を上げた。さんずの手の平をベシベシ容赦なく叩いてやっと、ぶんっ、と突き放されて解放される。ぐす。ほんの少しだけ泣きべそをかいてしまったので鼻を啜った。解放された頭がまだズキズキと鈍く痛んでいる。ひん、やっぱり可哀想なわたし。躍起になったさんずにうるせぇ、しね!と言われたので、お前がしね!!と言い返しておいた。





×