どうしよう。謝花くんが来るかもしれない。そう思うとソワソワしてしまって、全然業務に集中出来なかった。謝花くんと同じ学校の制服の子が来る度にドキドキとするので心臓に悪い。でもそれももう直ぐ終わりだろうか。もう間もなく、18時になろうとしている。退勤時間が刻々と迫っていた。謝花くんは未だに来ていない。わたしは昨日、早番だとちゃんと伝えたはずだ。…これはもしかしなくても、


「(やっぱりからかわれた…!!)」


謝花妓夫太郎。酷い男である。また明日来るからなぁ?嘘つき、うそつき。待ってたのに。ずっとずっと、待ってたのに。


「ん…?」


ずっとずっと待ってたのに?自分でも違和感に気が付いて首を傾げる。いやいや、言うてそんなに待ってないし…。何でこんな、胸の奥がザワザワとして落ち着かないんだろう。何だか嫌で変な感じだ。

結局謝花くんが姿を現す事はなく、わたしはそのまま退勤してしまった。粘れるだけ粘ってしまった辺り、わたしは自分でも思っている以上に謝花くんを好いて期待してしまっていたらしい。はああ、やだやだ。着替え終えて、お疲れ様ですと挨拶をしてから店を出た。けど、看板脇でスタンバっていたらしい。わたしに気が付いた謝花くんがすくっと立ち上がりお疲れとペットボトルを差し出した。思わぬ登場に思考停止して固まる。い、いた…。謝花くん来てた。反射的に受け取ってしまったペットボトルへと視線を落とす。アイスココア…わざわざわたしの為に選んでくれたのだろうか。


「あ、えっと!カラオケですかっ?どうぞ!」


気を利かせてすっと道を開けるけど、謝花くんは呆れた面持ちでため息を吐いて髪を耳にかけた。


「俺はアンタに会いに来てるんだよなぁ」

「…!」

「前にも言っただろ」

「おっ、おと、大人をからかうもんじゃないですよっ!」


ずっと言いたかった台詞なのに。めちゃくちゃ噛んだ所為で格好がつかなかったし寧ろ恥ずかしい思いをした。謝花くんはクスリと小さく笑って。わたしの顔を覗き込みながら「俺は本気なんだよなぁ」と呟く。あ、ヤバい。顔が、あかく、


「でっ、でもわたし、謝花くんより幾つも年上ですし!」

「薄々気付いてはいたが、やはりそうか…俺ぁ生まれて来るのが遅過ぎたなぁ」

「ふふ、何ですか、それ」

「…アンタは、」

「…?はい」

「今、その…付き合ってる奴とか、い、いぃ、いる、のかよ」


口説き文句は惜しげも無くスラスラと出てくる癖に。何でそこで無茶苦茶に噛んで緊張するのか。謝花くんって変わってるなぁ。見栄を張ろうか迷った末、わたしはうーんと考え込んでから「いません」と答えた。ほう。分かりやすく安堵の息を吐いた謝花くん。ほんの少しだけ、可愛い、とか、思ったりして。


「…なら、アンタの未来をよぉ、」


どきり。心臓が一回跳ねて、また変な期待をしてしまう。謝花くんが続きを口にするまで、心臓がずっとドキドキ言っていて苦しかった。


「俺が取り立てても良いか」


真っ直ぐとわたしの事を射抜く眼差しに捕まって、目を逸らす事が出来ない。変わった告白の言葉だなと思って少し呆気に取られたし、ん?とはなったけれど。どうしてだろう。凄く謝花くんらしくて、何だかしっくりと来た。相手は高校生だぞ。あり得ないでしょ。なんて、最初は思っていたのに。どうして高校生相手にこんなにもドキドキときめいているのか。


「…謝花くんは、いいの」


わたしなんかで、いいの。そう、しっかりと謝花くんの瞳を見つめ返して訊ねてみる。謝花くんはキョトンと呆けた後、小さく吹き出して当たり前だろと笑った。


「寧ろアンタじゃないと、ダメなんだよなぁ」


あぁ、何でだろうその言葉。もう何年も何十年も何百年も前からずっと、ずっとずっと待っていた気がする。



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