床に落ちてるゴミ、テーブル上に出来上がった水溜り、そしてあちこちへと散乱して濡れたべしゃべしゃのメニュー。子供かと突っ込みたくなる程酷い部屋の有様に、わたしは思い切り顔を顰めながらグラスを一つずつ下げて行く。ソファに転がっていたマイクを拾い上げ、ため息。全く。あれほどお会計の際はカゴごとお持ち下さいって念を押したのに。聞いていなかったのか?ふざけるなよなぁ。なんて、最近謝花くんの喋り方が移ってしまった気がするから困った。あー、しっかり影響受けてるんだよなぁ…
「よいしょ、っと」
グラスの沢山乗ったおぼんを片手に持って、ルームの電気を消す。もう片方の手でカゴを持ち部屋を後にした時、後ろからお姉さんと声を掛けられて振り向いた。
「はい!」
「ウーロンハイ3つね」
そんな何処の部屋かも分からない奴からオーダー取れるかよ。この大量のグラスが目に入らないのか。内心げんなりしつつ、一応顔には出さない様気を付けながら謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ございません。お部屋にあるお電話からのご注文でお願いします」
「はぁ?さっきのお兄さんは受けてくれたけど」
正直イラっとした。くしゅっと困った様に笑ってみせて、申し訳ないですともう一度謝ってみる。そしたら不機嫌そうにしていた表情が一変。突然ひっ、と引き攣って余所余所しくわたしから視線を逸らしたので首を傾げた。
「やっぱ大丈夫です」
バツが悪そうな顔をして部屋へと戻って行く客を傍目に、何なんだとわたしも踵を返す。そして納得した。めちゃくちゃ怖い表情で睨み付けてガンを飛ばす謝花青年…。こっわ!ついわたしまでビビってしまって小さく飛び上がると、謝花くんが「随分と重そうだなぁ」と言いながら流れる様な手つきでわたしの手からカゴを掻っ攫った。あっ!
「お客様に持たせる訳には!!」
「別に、ついでだからなぁ」
そう言う謝花くんの手にはカゴが2つ。高校生である謝花くんは22時までの利用となっている為、精算へ向かうのだろうと察しがついてそっかとなった。もう22時か…。早足で行ってしまう謝花くんの後を、慌てて追い掛ける。
「アンタ、明日は出勤なのか」
「え?えぇと、明日は早番ですかね」
「…なら、明日また来るからなぁ」
そうやってまた、ドキリとさせられる。本気かも分からない言葉に期待して翻弄される。そんな気持ちを誤魔化す様に、一階に着く直前で「ありがとうございました!」と元気よく謝花くんからカゴを受け取った。
「またのご来店を、」
お待ちしております、と言い掛けた所で、顔に影が落ちてきて疑問に思う。ちゅ、と触れた唇に、大きく目を見開いて固まった。ビックリし過ぎて思わず、おぼん落としちゃうかと思った。
「っ、な、」
動揺するわたしを目前に何を言うでもなく、謝花くんは平然とした顔で優しくわたしの頭をそっと撫でた。そのまま階段を降り切ってフロントへと行ってしまった謝花くん。どうしよう。明日また来るとは言われたけど、こんなの、こんなのっ、
「(絶対謝花くんの顔見れない!)」
でもどうしてだろう。謝花くんに頭を撫でられた時、何でかキュっと胸が締め付けられて凄く泣きそうになってしまった。