謝花くんがここへ来るのは相変わらずのペースだった。時々梅ちゃんを連れて来るのも相変わらず。利用時間も、ドリンクのコースも、相変わらず。ただ一つ違うのは、謝花くんがもうトマトジュースを頼まなくなったという事。謝花くんを見る度に必然と先日の事を思い出して、じんわりと頬が赤らんでしまうから困った。そして謝花くんは謝花くんで、そんなわたしを見てふっと鼻で笑うのだからムっとする。からかわれてるだけ!からかわれてるだけ!分かってるのに。まんまと謝花くんに翻弄されてドキドキしているので悔しい。俺の狙いはアンタだからなぁ、なんて。何だその口説き文句。今度ハッキリと言ってやろう。大人をからかうもんじゃないですよ!って。…でも今は、この酔っ払いのお兄さん達を何とかしなくては。


「お姉さん、なんつーかエロいねぇ!制服が似合い過ぎててさ、スカートもそんな短くて良いの」

「あはははは」


提供の帰り、喫煙ルームでタバコを吸っていたお兄さん二人組に声を掛けられて捕まった。何かと思えばセクハラかよ。から笑いで誤魔化して逃げようと試みるけど、ハイテンションのまま絡まれて手を繋がれてしまい動けない。酔っ払いってどうしてこうも握手が好きなんだろう。がっしりと掴んで離そうとしない。困ったなぁ。


「申し訳ございません。仕事があるので…」

「ちょっとだけ!ね、あとちょっとだけ。あ、じゃあLINE交換しない?そしたら終わりにするからさ」


ベタベタ、どさくさに紛れて身体を触られて流石に不快感を覚える。「やめてください、困ります!」そう言っても男は聞く耳持たずだ。どうしよう、振り切って逃げて店長に言いつけようかな…そう葛藤していると、ツカツカこちらへ早足で近付いてくる靴音に気が付いて反射的に振り向いた。それと同時、わたしの真横をグーパンチが飛んできて大きく目を見開く。次に聞こえて来たのは、わたしにセクハラをかましていたお兄さんの吹き飛ぶ音と、痛そうな呻き声。ガシャンと響いた派手な音に驚いて動けないわたしの手を、背後からやって来た青年が掴んで「走れ」と耳元で囁く。騒ぎになる前に逃げんぞと、リードして廊下を駆け抜けていく謝花くんの後を、ただ追い掛けて走った。後ろから飛んでくる罵声が怖い。咄嗟に、謝花くんが個室トイレの扉を開けてわたしごと押し込む。しっかりと鍵をかけながら、謝花くんは珍しく大きなため息を吐いた。


「…つい殴っちまったなぁ」

「な、何やってるんですか!殴り合いからの喧嘩なんて事になったら警察沙汰になっちゃいますよ!」

「しょうがねぇだろ。アンタがベタベタ触られてんのに、黙って見てられるかよなぁ」


その発言にまたドキリとさせられる。言ってやれ。からかわないで下さいって。それ以上わたしの純情を弄ばないで下さいって。言ってやりたいのに、この距離感の所為だろうか。言葉が喉元で突っかかって出て来なかった。一人でも狭いトイレ内に二人。距離なんてほぼ存在しないに等しくて、バリバリ意識したしドキドキ緊張もした。


「俺ぁもう帰るからなぁ。アンタも、社員に何か聞かれても分からないってシラを切れよ?いいな」

「あ、あのっ!」


外の様子を伺いつつ、今にも出ていきそうな謝花くんに慌てて声を掛けて引き留める。


「助けて下さって、ありがとうございました!」


その時の、ふっと口角を緩めて笑った時の表情が余りにも優しかったから。わたしはついまた錯覚しそうになってしまうのだ。



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