最近よく謝花くんが来る。たまに妹である梅ちゃんを連れて。そんな毎日の様にカラオケに入り浸って、お金は大丈夫なのだろうかとも思ったけどそもそもウチは学生料金が安いんだったと思い出して納得した。梅ちゃんはクリームソーダだったり抹茶ミルクフロートだったりと女の子らしいメニューを注文する事が多かったけど、兄である謝花くんはやっぱりトマトジュース一筋だった。トマトジュースが格別好きという訳では無いらしい謝花くん。確かにウチのトマトジュースは市販の物に比べたら甘くて飲みやすいけど。

とか、謝花くんに会わなくても自然と彼の事を思い出す様になってしまったのでちょっと複雑な気持ちになる。それもこれも、謝花くんがわたしをからかった所為だ、なんて。ドリンクを提供する合間にまた謝花くんの事を考えているのでため息が漏れた。おぼんに乗せたアイス緑茶を見て、ルーム番号の振ってある伝票を見て。部屋の前で軽く確認をしてからノックをして中へ入る。そして目を瞠った。謝花くんだ、謝花くんがいる。えっ、部屋を間違えた?それともオーダーの方を見間違えてしまっただろうか。一気に不安になって伝票を見るけど、部屋は此処だしオーダーもアイス緑茶で間違いなかった。一瞬、彼の事を考え過ぎて幻覚でも見たのではないかと思って焦ったけどそっか、今日は店長が居るからわたしは受付してないんだった。向こうもわたしが不在だと思っていたのか。キョトンと呆けた顔をしていたけれど、直ぐに口角を緩めて何処か嬉しそうに笑ったのではっと我に返る。慌てた様にしゃがみ込んで、わたしはアイス緑茶を謝花くんの前へと出した。


「アイス緑茶になります」

「どーも」


静かに立ち上がるわたしの挙動を、最後まで静かに見つめている謝花くん。彼はいつもそうだった。ドリンクの提供が来るまで歌も歌わずにスマホを弄って、わたしが提供に来るとじっと穴が開きそうな程に凝視してくる。それは妹の梅ちゃんも同じで、毎度毎度兄妹揃ってじいっ、とわたしを見つめて来るので流石にちょこっとだけたじろいだ。思い切って話し掛けてみようか。そう迷ったのは多分、この間謝花くんが話し掛けてきたお返しも兼ねてあったからで。


「…今日は、トマトジュースじゃないんですね」


オーダー間違えちゃったかと思いました。そう、意を決して話し掛けてみる。苦笑いを浮かべるわたしに対し、謝花くんは思い出した様にあぁと短く溢して。頬杖をつきながらゆうるりとわたしの事を見上げた。


「あれは、アンタに俺を覚えて貰う為の口実に過ぎないからなぁ」

「へ…」


まぁそれももう、必要ねぇみてーだけど。と続けられた謝花くんの台詞に、ついドキリとして動揺する。また、からかわれてる?そんな事を言う謝花くんの真意が気になって、わたしはわざと惚けて分からないフリをした。「あの、それってどういう…?」部屋が暗くて、謝花くんの表情がよく見えない。ただテレビのモニター画面だけがピカピカと光って、わたしと謝花くんを照らしていた。


「鈍感な奴だなぁ。それともわざとかぁ?」

「いやっ!そういう訳では!」

「…俺の狙いはアンタだからなぁ、店員さん」


カラオケ映像に混じって、謝花くんの凛とした声がしっかりと耳に届く。ぶわっ、と、一気に顔へと熱が回っていく感覚。


「〜っ、失礼します!」


居た堪れなくなって、逃げる様にして部屋を出て行く。部屋が暗くて良かったと思った。きっと、今わたしの顔は紛れもなく真っ赤だ。



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