「ありがとうございましたー」


高校生グループの代表である青年にお釣りを手渡して、ニコリと微笑む。ざっす、と軽く頭を下げて、彼は他の友達と一緒にくるりと背を向けた。ただその中で1人、深い緑色の髪をしたタレ目の青年だけは中々動こうとせず、僅かに見開いた瞳でじっとこちらを見ているのに気付いて首を傾げる。どうしたんだろう。ざ不良という見た目をした少年グループだったので、正直凄まれて怖かった。でも直ぐにあっ、お菓子かなと思い立ってほんの少しだけ安堵する。わたしの背後には今、キャンペーンで子供に渡す用のキャンディタワーが置いてある。でもこれは対象が小学生までだからあげられない。


「おーい妓夫太郎?行くぞー」

「…あぁ」


ぎゅうたろう、と呼ばれた彼は、何処か名残り惜しそうにしながら仲間の方へと振り向き出口へと赴く。ぎゅうたろう…。変わった名前だなぁ。と、一番に抱いた印象はそれだった。わたしはそれ以上は特に気に留めず、マイクを消毒して戻してから伝票をパチンとホッチキスで留めた。


次の日の午後、今度は彼一人で店へとやって来た。2日連続だったので流石にその青年の事は覚えている。あ、昨日のキャンディタワー見てた子だ、って。


「お名前からお伺いします」

「…謝花妓夫太郎」


苗字だけで良いのにフルネームで答えてくれるなんて。気怠そうな声ではあるけど律儀な子だ。でも名前だけじゃなくて苗字も珍しいんだなと思った。昨日たまたま下の名前を聞いていなかったら、聞き覚えが無さすぎて何度か聞き直していたかもしれない。


「学生証はお持ちですか?」


制服のポケットから、少しボロボロになった学生証を出してわたしの前に差し出す。謝花妓夫太郎、18歳。凄い、難しい字を書く。画数多くて。テストの時大変そうだなとどうでも良い事が頭をよぎった。


「はい、ありがとうございます」


そのまま利用時間と飲み物のコースを聞いて、速やかに機械へと打ち込み伝票を出す。最初の飲み物を聞く為メニューを青年の前に見せると、彼はひとしきりメニューを眺めてからトマトジュース、と口にした。トマトジュース。高校生でトマトジュースを頼む人なんて滅多にいないのでめちゃくちゃ意外だった。


「畏まりました。後ほどお部屋へお持ち致します。本日お部屋2階になります!ごゆっくりどうぞー」


言い慣れたテンプレートを口にしてマイクやおしぼりの入ったカゴを手渡す。どうも。軽く頭を下げてカゴを受け取った青年だけど、ほんの2、3秒わたしの事を見つめて動かないのではっとした。わたしの背後にあるのは、やっぱりどう足掻いてもキャンディタワーだ。そんなに欲しいのだろうか。もう、しょうがないなぁ。でもその見てくれで甘い物が好きなんて可愛いじゃないかと。ギャップが感じられて好感が持てた。一本だけ適当に抜き取って、コッソリと青年に手渡す。青年は驚いた様に目を丸めつつもキャンディを受け取って、「内緒ですよ?」と微笑み掛けたわたしの事をじっと見つめていた。そしてキャンディへと視線を移して凝視したあと、もう一度どうもと溢してキャンディをポケットに突っ込む。


「(そうじゃないんだよなぁ)」


なんて、この時青年が不服そうな顔をしていた事なんて、わたしは知る由もない。



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