「器用な物ですね」


突然背後から覗き込まれて、大袈裟な程に飛び上がる。危ない、また指を刺す所だった。ドキドキと忙しなく跳ね回る鼓動を他所に振り返ると、ウォロさんが至近距離に居て一気に瞳の中へとハートが浮かび上がる。「きゃー!ウォロさーん!」と、堪らず黄色い悲鳴を上げれば、すかさず顔を顰めながら耳を塞がれた。相変わらずですねって?当たり前じゃないですか!だってウォロさん神出鬼没で全然会えないんですもん!そうウキウキとするわたしを傍目に、ウォロさんはわたしの手元をじっと凝視するのであっ!と声を上げて刺繍中の手拭いを後ろ手に隠す。


「まだ見ちゃ駄目です!」


クスッ、と小さく笑ったウォロさんがカッコ良すぎて、またギリギリと心臓が悲鳴を上げていた。ひええ、何ですかそのイケメンスマイル。


「成る程、この間仰っていたトゲピーの刺繍ですか。見た感じ、トゲピーはもう完成している様に見えましたが…」

「あー、…ウォロさんのトゲピー、いつの間にかトゲキッスにまで進化してたから…どうせならトゲチックやトゲキッスも刺繍入れようかなと思ったら時間かかっちゃって」

「何もそこまでしなくても良いのに」

「ふふふ、わたしからウォロさんへの愛の重さです」

「…」

「ちょ、冗談ですよ!だからそんなドン引きの目で見ないで下さい!」


ウォロさんの為、というのもあるけど、本当は刺繍している内に自分が楽しくなってしまったのもあるのだ。ウォロさんのトゲピ〜、とハートを撒き散らしながらウォロさんを想って刺繍するのも楽しいし、いつもの慣れたデザインとは違う、試行錯誤を重ねながらより良い物を目指す感覚もまた楽しかった。あっさり完成させてしまうのは勿体無い。なんて、本音はそこにあったのだと思う。ただのわたしの自己満足。それは十分承知だけど、やんわり口元を緩めて笑ったウォロさんにウッカリ自惚れそうになってしまった。


「ジブンも、ナマエさんオリジナルの手拭いが完成するの楽しみにしてますね」


ずぎゅん。ハートのど真ん中を撃ち抜かれて春の嵐が咲き乱れる。なんか今日のウォロさん優しくない?気のせい?でもこの勢いでならもしかするといけるかもしれないと思った。


「ウォロさん」

「どうしました?」

「わたしとデートしましょう」

「デート…?」

「一緒に甘味を食べに行ったり、花を摘んだりするんです」


この間セキさんに教わった事をそっくりそのまま言ってみせると、ウォロさんには秒で「しません」と断られて玉砕した。いっそ清々しいくらいの即答だったので、わたしはついフフフと笑ってしまう。


「一回くらい付き合って下さいよ。案外楽しいものですよ!」


ふと、この間セキさんと一緒に行ったお花畑を思い出してウォロさんにも勧めてみる。わたしはまだムラの外へ出るのに慣れていないから、セキさんに連れられてあちこちを回るのは意外と発見が多くて何だか新鮮だった。野生のポケモンに近付いてエサをあげてみたり。名前も知らない果実をもぎ取ってセキさんと食べてみたり。可愛らしいお花を摘んで花冠を作って貰ったり。セキさんって見た目によらず器用なんだなって、意外に思ったり。あんまり気乗りしなかったセキさんとのデートでさえ、悔しながらも楽しいと感じたのだから。それを大好きなウォロさんとしたらもっと楽しいだろうなと思った。けれどウォロさんは神妙な顔付きでほう、と考えこんだ後、相対してニッコリ笑いながら問うた。


「その口振りだと、ナマエさんはした事があるのですか?デート」

「えっ」


それはちょっと予想外の問い掛けで、わたしはつい素っ頓狂な声を上げてキョトンとしてしまう。ニコニコ。相変わらず笑顔でウォロさんが詰め寄って来るので、わたしは反射的に後退しながらアハハと言葉を濁した。しました!セキさんとデート!と全てを素直に言うのは後ろめたい。きっと恋多き女、不純!と思わてしまう。でもだからと言って嘘を吐く事も出来ず、言葉を詰まらせて視線を逸らすわたしに察しがついたらしい。人差し指を立てていつもの様にポーズを強調しつつ、ウォロさんが怖いくらいニコニコとしながら言った。寧ろその微笑みは恐怖だった。


「ならワタクシではなくてその殿方とデートとやらを楽しんでは如何でしょう!!」


ピシャッと勢いよく言いのけられて怖気付く。そのまま背を向けて行ってしまいそうなウォロさんを慌てて引き止めたけど、彼はその制止を振り払って行ってしまったので泣きそうになった。


「ウォロさん、怒ってるんですか?」

「…」

「わたしが、他の人とデートに行ったから?」

「…」

「あれ、何も言い返さないなら肯定として受け取っちゃいますよ!」


ちょっと嬉しそうな顔をすると、自惚れるなと言わんばかりにウォロさんが振り向いて即答が返って来る。「嫉妬?このワタクシが!?そんな訳ないでしょう!」と言うウォロさんの声は心なしかいつもよりも大きい気がした。ニマニマ口角を緩めたまま、「そこまで言ってないです」と言えばこめかみに怒りマークを携えたウォロさんにほっぺたを摘まれて悲鳴が漏れる。


「いひゃひゃ、いひゃいひぇふ」

「黙れ小娘」

「ひゃ〜!」


ウォロさんの素の部分を見ると相変わらずメロメロになってしまう。また沢山のハートを飛ばして率直に喜んでしまうと、ウォロさんが呆れた様子でため息を吐いた。




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