「つまり俺こそが最強、You know!?」

「「あいのーう!!」」


嬉々としてヤノさんに合いの手を入れた瞬間、綺麗に隣の男と声がハモって一瞬で不快になった。露骨に顔を顰めて関口を睨むと、向こうも元々悪い目つきを更に悪くしながら私の事を睨んでいた。ふん、ヤノさん大好きなのは私だけで十分なのに。


「…ちょっと止めてよね関口!被ったじゃん!!」

「あぁ?てめぇが黙れば良い話だろうが」

「何で私が黙らないといけないの!?大体目障りなんだよ関口。もうヤノさんには私という新たな左腕が居るから、さっさと引退して良いんだよ関口」

「新参者が何言ってんだ。左腕?左手小指の間違いだろ。ヤノさんの左腕だなんて100年はえーんだよお荷物のくせによ」


はん、と鼻で笑ってくるのがまた癪に触る。ムッと眉根を寄せたくなったのを何とか抑え、私は間延びした口調と吊り上げた口角で冷静に関口を煽った。


「そんな事ないですー。私はちょう有能でちょう有望ですー。関口の100倍は良いお仕事してるし関口の100倍はヤノさん命ですー」

「はぁ!?んな訳ねーだろ。俺はてめぇの500倍ヤノさん命だかんな!!」

「ヤノさん関口のやつそんな事抜かしてるんですけど絶対私の愛の方が大きいし良質ですよね!?ねっ??」

「てめぇの薄っぺらい感情をヤノさんに押し付けんなよ。ヤノさんハッキリ言ってやって下さい!自意識過剰の思い込みヤローだって!」

「ヤノさん!」

「ヤノさん!」

「…お前ら揃ってうるせーよ、ヤノさんヤノさんって何回呼ぶんだよ。あーもう分かった、お前ら付き合っちゃえば?上司命令、これ絶対」

「「はぁっ!?絶対嫌です!!」」

「オッケーオッケー、息もぴったり問題無い」

「「問題しか無いです!誰がこんな奴と!!」」


不本意ながらまた綺麗に声が揃った。堪らずバっ!と勢いよく関口の方を見ると、向こうも全く同じタイミングで私の方を見て睨みを効かせていたので怒りに拍車を掛ける。発言だけじゃなくて行動もシンクロしてるとか、本当勘弁して欲しい。


「っ、被らせないでよ関口!」

「うっせぇお前こそ黙ってろ苗字!」

「有能な部下同士仲良くしろよ、関口に苗字」


背中を向けてヒラリと手を振って行ってしまったヤノさんを傍目に、私たちはまた激しい罵り合いを続けるのであった。





数日後





関口と見張り番になってしまった。とても退屈で無駄な時間なのだけれど、時たま変に関口と意気投合してヤノさんトークに花が咲いてしまうから困る。こんな奴と仲良くなっても何の意味もないのに。ヤノさんヤノさん、って。ヤノさんの話をする時の関口はいつも楽しそうで、目もキラキラと輝くから別人みたいだった。でも、多分関口から見た私も似た様な物なんだと思う。ヤノさんトークは楽しいし分かる!っていう共感も多いけど、同時に嫉妬も覚えてしまうから。最終的にはマウントの取り合いになって終わる事が多い。ヤノさんに好かれてるのは自分の方なんだぞ、って、お互いにそこだけは譲れないし譲りたくない。だから今日は、関口にマウント取られる前に私が先手を打つ事にしたのだ。


「私がミスしてもヤノさん大らかに許してくれるからなぁ」

「…」

「何だかんだヤノさんって私には優しいし多めに見てくれるし。関口よりも愛されてるもんねー。相思相愛だもんねー!」

「ちっ、腹立つ…!自惚れんなよヤノさんが優しいだけなんだからな。ヤノさんは俺のミスだって寛容に許してくれるしお前だけじゃねぇから自意識過剰女!!」

「ふーんだ、嫉妬おつー!そうだねヤノさんは優しいから私の事ご飯に連れてってくれるしお菓子買ってくれるし遅い時間はヤノさん直々にお家まで送ってくれるんだもん。無愛想で淡白な関口とは大違い!」

「飯誘った所でテメー俺の誘い全パスすんだろーが!差し入れやっても直ぐヤノさんと二人で食べ出すし。俺が送ろうとする前にヤノさんの誘いで即帰宅してるし」


ぶすっとした表情でそんな事を言ってのける関口に疑問符が浮かんで首を傾げる。


「…?関口私とご飯行きたいしオヤツ食べたいし一緒に帰りたいの?」


そう聞くと、関口は呆気に取られた顔をしながら怒り出した。


「はあっ!?んな訳あるか!!」

「でも今の言い方は、」

「うっせーよちげぇって言ってんだろ!」

「…何だよ何だよまた喧嘩してんのか?お前らホントに仲良いな」


突然横から入ってきた声に反応して勢いよく振り向く。それはやっぱり関口も同じで、強面が少し嬉しそうに綻んでいた。…本当、腹立つ。


「ヤノさん!」

「聞いてくださいよヤノさん!苗字のヤツ自分の方がヤノさんに優遇されてるとか抜かすんすよ!?」

「事実ですもん。ねーっ?ヤノさーん?」


冗談とノリでそうヤノさんに笑いかけてみる。けれどヤノさんは少し考える素振りを見せてから、…そりゃあまぁ、と言葉を零した。


「苗字可愛いし」

「へ…、」

「っ、ヤノさん!?」


まさか過ぎる返答につい赤くなりながらきょどってしまう。や、ヤノさんが私の事可愛いって。私の事可愛いって!途端に意識してしまいヤノさんの事を直視出来なくなった。


「あっ、えへへ、いざそう言われるとちょっと照れちゃいますね」

「俺も男、本能のままに、赴くままに。優遇?贔屓?下心?少なからず持ってる邪な感情、ワンチャン狙ってみるのもありか?いやいや待てよ。可愛い部下に、手出しは出来ない。故に、俺とお前は上司と部下。それ以上でも、それ以下でもない」

「…何で上げて落とすんですか。さらっとフラれてるじゃないですか私ぴえん」 


ちょっと弄ばれた気持ちになって本当に泣きそうになっていると、不意に影が差してきて顔を上げる。クイ。とても自然な流れでヤノさんに顎クイをされて目を瞠った。ヤノさんが、近い、


「だがしかし、お前が望むなら話は別だぜなぁ苗字」

「やややっヤノさんっ…!」

「っ、ヤノさん!!そろそろ仕事の時間です!行きますよ!!」

「…何で良い所で邪魔するの関口!!」

「邪魔してねぇ。本当に時間だ。ほら行きましょうヤノさん!」

「…やっぱりお前ら付き合っちゃえよ」




更にその数日後




ん、と、無愛想な顔で手渡されたそれを受け取ってなんとなしに中身を覗く。今流行りのお菓子…。関口みたいな強面がこれを可愛らしいお店で買って来たのだろうかと想像すると店員さんが不憫になった。可哀想に。店員さん怖かっただろうな。まぁでも、気になってたお店のだから素直に感謝の気持ちを述べておく事にする。


「ありがと」


後でヤノさんと食べる、と言い掛けて止めた。それは少なからず、この間関口に言われた事が引っかかって頭に残っていたからなのかも知れない。封を切ってパクリ。一くち口に含むとほんのり甘い。ちょうど良い甘さで紅茶が欲しくなった。一人で黙々とお菓子を食べ進めていく私を見た関口が、驚いた様に目を丸める。


「今日はヤノさんと食べないのか」

「ん?ヤノさんと食べて欲しい?」

「はっ、好きにしろよ」


なんて、ヤノさんの名前を出した瞬間分かりやすく不機嫌になる。そんなにヤノさんを取られるのが悔しいのかー。だよねぇ。私もヤノさん取られるの嫌だし想像するだけでお腹の底が煮えたぎるもん。パクリ。もう一口お菓子を頬張ってモグモグしていると、山本さんが「あのぉ、」と声を掛けて来て視線が合った。


「あっ、山本さん」

「どうも。関口さんいらっしゃいます?」

「いますよー。関口ぃ、山本さん!」


また何やらコソコソと。少し遠目で話し始めた二人を傍目にペロリとお菓子を平らげてしまう。中々美味しかった。ヤノさんと二人で差し入れを食べられるのが嫌な癖に、関口は何だかんだ2人分のオヤツを買って来る。…そういえば、差し入れならヤノさんに直接手渡せば良いのに。何で毎回私に差し入れくれるんだろう。ボンヤリ考えながら残されたもう一つのお菓子を開封して。もう一口お菓子に齧り付く。ほんのりと甘くてやっぱり紅茶が欲しくなった。チラリ。何気なく山本さんと関口の方を見やる。最初は少し緊迫した空気だったのに、仕事の話が終わって何やら雑談をしているのか。関口が僅かに口元を緩ませて笑っていた。山本さんも、苦笑混じりに表情をくしゅっとさせていてでも声色は楽しそうで。いつの間にそこまで仲良くなったのか。ていうか…


「(関口ってヤノさん以外の前でも笑うんだ)」


そう思うと無性にイラっとしてしまって、私はお菓子片手にズカズカと二人の元まで歩み寄っていく。それに気がついた二人分の視線が私に向いてパチクリと目が丸められた。


「…?どうし、」


た、と言い掛けていた関口のお腹目掛けて、思い切り蹴りを入れてやった。大きな身体が僅かに後ろへよろめいたかと思うと、一瞬にして鬼の形相が浮かび上がる。隣では山本さんが顔を青くして震えていた。


「…喉乾いた。紅茶買ってきて」

「はぁ!?おいてめぇ人の事蹴飛ばしといてふざけんなよ」

「煩い!良いから買ってきて!!」


一つ怒鳴り散らしてフンと顔を背ける。可笑しい。ヤノさんと絡んでる関口を見て苛々するのはいつもの事なのに。


「(…何で山本さんでもこんな苛々しちゃうんだろ)」





そんなある日





今日は関口と二人三脚でお仕事の日だった。朝から頭が重い。助手席に座って何で関口なんかと…なんてボヤくと、それはこっちの台詞だと苛立った声で返ってきた。足引っ張るなよ。そっちこそ。なんて言い合って、一日中作業に没頭する。薄暗い配管工の中で配線を切ったり繋げたり。一体何をしているのか私には詳しい事はよく分からなかったけど。取り敢えず関口の指示通りに淡々と仕事をこなしていく。元々仕事の出来る二人なので結構作業は進んでるハズなんだけど、流石にずっとは飽きてきた。ふわ、とついアクビを漏らしてしまうと背中をどつかれてうえとなる。首だけで振り向くと、作業を続けたまま関口が言った。


「集中しろ」

「してんじゃん」

「してねぇ」

「してる!」


パチン。文句をつけて来る関口に苛立ってつい手元に力を入れてしまうと、なんか聞こえてはいけない音が鳴った気がしてサッと血の気が引いた。え、パチン…?流石にまずったのか、関口も冷や汗を垂らしながら私の方を見ておい、とボヤく。


「お前まさか、」


その瞬間、びーびーとけたたましいサイレン音が辺りに鳴り響いて咄嗟に耳を塞ぐ。


「っにやってんだよ…!」

「ご、ごめーん!…ていうか、元はと言えば関口が、!」

「良いから撤収すんぞ!走れ」

「ちょ、待って…っ」


大急ぎで道具を全て回収して逃げる準備を整える。ずっと室内だったから時間感覚も分からなかったけど、とっくに陽は沈んでいたらしい。外もすっかり暗くなっていて、灯りの無い裏路地では殆ど何も見えないし逃げるのも一苦労だった。サイレンは未だに煩く鳴り続けており、警備の騒つく声も聞こえて来るから焦燥感に駆られる。


「っ、待って、せきぐち、!…っ!?」


突然、片足が地面に引っかかって前へとズッコケた。痛みに耐えながらも足の方を見やると、ピンヒールが排水溝の隙間に挟まってしまって身動きが取れない。ど、どうしよう、抜けない…!


「ったく何してんだよ!!」


もたつく私を気にして戻って来てくれたらしい関口が、この状況を見て盛大にため息を吐く。「足抜け」言われた通り靴を脱いで少し距離を取ると、関口が私の靴をぐっと手の平で鷲掴んで力任せに引っ張った。パキン。またまた嫌な音がして反射的に顔を顰める。関口の手には、何とか抜けてくれた私の靴。そしてクルクルと宙で舞うのは、その踵についていたピンヒール。あー!お気に入りの靴だったのに!その光景をあわあわしながら見ていると、突然関口に担がれて身体が浮いた。


「っわ、」

「どうせそんなんじゃまともに走れねぇだろ。大人しく担がれてろ」


関口が一歩を踏み込む度に、身体が大きく揺れて心臓が脈打つ。片足だけ裸足で何だか落ち着かない。振り落とされない様関口にギュウと抱き着くと、関口がそれに気づいた様にしっかり私を抱え直した。

なんとか停めてあった車まで戻って来て、直ぐ様中へと乗り込む。膝は擦りむいていて少し血が出ていたし、何だかヒリヒリとしていて痛かった。何となく気まずくなって、私は大人しく口を噤む。


「…足引っ張んなっつっただろ」

「……ごめん」

「ヤケに素直じゃねーか」


そりゃあねぇ、任務失敗してるんだから…。流石に責任感ですよ。なんて、火が消えてしまいそうな勢いで語尾もショボショボと弱くなる。柄にもなく落ち込んでいると、関口がバツの悪そうな顔をしながら頬を掻いた。


「あー、…まぁ、大方仕掛けは整ってたし、そんなに気にするこたぁねーよ」

「…本当?」

「あぁ。だからそんな落ち込むな。調子狂う」

「……うん」

「飯でも食いに行くか」

「でも私、靴片方壊れちゃったから歩けないよ」

「負ぶってやるから心配すんな」

「ふふ、良いの。恥ずかしいのは関口だよ?」


ヒールなんかで来んなよ、とか、本当お荷物だな、とか。てっきり嫌味を言われるものだとばかり思っていたのに。関口は責める様な事を言う所か励ましの言葉を掛けてくるので意外に思う。「トンカツで良いか」言いながら、関口が車を出したので慌ててシートベルトを締める。そういえば、関口とご飯行くの初めてかもしれない。


「…関口」

「…」

「ありがとう」

「…おう」





そして後日




「ヤノさん、実は折り入ってお話が…」

「改まってどうした?ミスター関口」

「実は…、その、」

「…?なんだよ神妙な顔して歯切れも悪いな言ってみろ?ついに熱愛発覚、思いが開通?長い長い恋のトンネル、厚い熱い旨そうなトンカツ。こないだの飯で、漸く縮んだか二人の距離。苗字と付き合う事にでもなったのか?えー?」

「…、」

「…マジかよ。お前の赤面なんて久々に見たぞなぁ関口よ」

「はーいもうその話聞きたくないでーす!!ヤノさんに褒められる度照れて真っ赤になる関口でしょ!?もう私の前以外で赤面しないでー!」


ヤノさんと関口の間に入りギュッ、と関口の腕に飛びついた。関口は顔を赤らめながらもギョッと驚いた様な顔をして私を引き離そうとする。でもそんな事をされたら益々引っ付きたくなるという物で。わざとぎゅーっ!と抱き着いてから離れてあげると、ヤノさんが呆れ顔で私の事を見やった。


「分かってはいたが中々のメンヘラっぷりだな苗字」

「だって!!関口ったら口を開けばヤノさんなんですよ!?優先順位だってヤノさんの方が上だし…ヤノさんの話する瞬間目ぇキラっキラだし」

「お前それブーメランだかんな!?口を開けばヤノさんなのはお前もだろ!!」


う、そうなんだよなぁ。関口と付き合ってても私に取ってヤノさんはマイボスマイヒーローで大ファンだから難しい。でもそれはやっぱり関口も同じなのだと思う。嬉々とした顔でヤノさんトークをする関口とはやっぱり気が合うし楽しかった。でも、余りにもヤノさんの話ばかりするからヤキモキしてしまう面もある。それは関口も感じているのだろうか。


「俺と何してようが頭の中は常にヤノさんだもんなぁ。本当に俺と付き合う気あんのかよ」


なんて、珍しく子供っぽい拗ね方をする。そんな関口が可愛くて、私はゆうるりと口角を緩めながら甘ったるい表情で笑った。


「好きだから関口と一緒にいるし付き合ってるんでしょ?頭の中はヤノさんでも、関口といたら一瞬で関口色に染まっちゃうもん」

「っ…!」


真っ赤になる関口と、露骨に顔を顰めて嫌そうな顔をするヤノさん。ごめんなさいヤノさん。ヤノさんの事大好きだしリスペクトだけど、もっと大切な人が出来てしまいました。そんな私の意思を汲み取った様に、ヤノさんが顰めっ面のままパンパンと手を叩く。


「はいはいこれにてバカップル爆誕。リア充にくれてやるぜ派手な爆弾。お前ら付き合っても騒々しいな。イチャつくなら他所でやれよ?見えないとこで、ちゃんと気遣え。俺に!!ゆーのう?」

「「あいのーうっ!」」



その笑顔は反則級!!



20210820


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