ざぁざぁと、まるでバケツをひっくり返したかの様に土砂降りな雨に見舞われて堪らず呻き声。片手に傘は差している物の、もう片方の手で抱えている買い物袋が重過ぎてとてもしんどい。今わたしは現在進行形で、大きめの傘と、それを叩き付ける様に降る大雨と、紙袋いっぱいに詰まったお使い品のトリプルパンチに襲われている。はあああ、もう駄目だぁ!無理!心が折れたわたしは一度雨宿りをする事に決めた。ひ〜!と嘆きながら丁度いい感じの軒下に逃げ込むと、そこには既に雨宿りをしていた人物が居たらしくて正面から鉢合わせた。


「あっ、」


しっ、シンクだ〜っ!うわぁラッキー!と瞬時にテンションが上がったわたしとは裏腹に、シンクはあからさまに嫌そうな顔をして静かに視線を逸らした。そしてわたしはそれに、まんまと落ち込んでダメージを負ってしまうのだ。…まぁ、そうだよね。そもそもシンクがわたしみたいなモブの事、覚えてる訳もないか、

ちらり。横目でシンクの事を盗み見る。少し雨に濡れてしまったらしい。シンクの髪からポタリと雫が滴り落ちるのが見えて、今度は自身の持つ大きな傘に目をやった。話し掛けようか迷って、結局何も言えなくて、口を閉ざす。その繰り返し。その内わたしの視線に気が付いたのか、どこか鬱陶しそうにしながら「…何?」と聞かれてビクぅ!となる。


「あの、よかったらこれ、」

「いい」


挙動不審に傘を差し出そうとした所でピシャリと言い退けられてしまい怖気付く。ま、まだ何も言ってないのに。おずおず、傘を引っ込めるとすかさず「傘があるのにどうしてこんな所に居るのさ」と聞かれてつい言葉に詰まった。わっ、話しかけられてる。シンクに!わたし話し掛けられてる…!それだけで歓喜してしまって、パァっと笑顔になるわたしはとても単純なのだろう。しかし怪訝な顔でわたしを見つめる視線に気づいてハッとさせられる。


「あ、ええと、傘も荷物も重たくて…雨も凄いし、少し雨足が弱くなるのを待とうかなと思いまして」

「ふーん」


シンクから聞いてきたのに、それに対する相槌は興味が無さげで。でも凄くシンクらしい返答で。冷たく遇らわれて寂しい反面、一周回ってシンクだぁ、わたしシンクと会話してるよとなってやっぱり胸が弾む。ジワジワと幸せな気持ちに苛まれつつ、ニヤニヤと口角を緩ませた。

ポツポツ。

少しは雨足が弱くなって来たかなと思った頃、シンクが「貸しなよ」と手を向けて来たので唖然としてしまう。一瞬ぼけっとした後、直ぐにあっ、傘かな!と思ってもう一度傘をシンクに傾けるけど、舌打ちで返されて少しだけビビった。え、あれ、違った…?


「へ、」


無言で、わたしの手元から紙袋を掻っ攫っていってしまったシンクにきょとんとなる。そのまま軒下を出て行こうとするので静かに狼狽していると、呆れ顔で振り向いて。


「ほら、帰るよ」

「えっ、あ、」

「さっさと傘差してくれない?濡れるんだけど」

「はっ、はいっ!」


元気良く返事をして、シンクとの間に傘を差す。これは、どうせ帰る方向は同じなんだから一緒に帰ろうとかそういうっ…?大変だ、胸がドキドキする。ドキドキし過ぎて死んでしまう!

大きな傘でも、2人並べばそれなりの距離になってしまって心臓が跳ね回る。肩が軽くぶつかる度に、わたしはピャっ!と過剰に反応して気持ち少しだけ傘の外へと寄った。う、どうしよう心臓がもたない。傘を持つ手が少しだけ震えて、それに気付いたシンクがまたため息を吐く。


「なに、そんなにボクと並んで歩くのが嫌な訳」


滅相もないですーっ!寧ろわたしみたいなのがシンクさまと相合い傘なんて良いんですか!?最高のイベント過ぎますありがとうございます!と、つい口から出そうになった熱量を何とか押さえてぐっと堪える。こんな事言ったら気持ち悪がられてしまう自信がある…。何とか平然を装いつつ、わたしは慎重に言葉を選びながら並べて行く。


「ちょっと、緊張してしまって…」

「…ふぅん」


また、興味の無さそうな素振りを見せるシンク。盗み見た横顔がカッコ良すぎて心中でひっそりと悶える。あああ、出来ればその仮面の下も見てみたい。あああ、なんて呻きながら余所余所しく視線を逸らした。折角シンクと話せるチャンスだったのに。わたしはシンクの機嫌を損ねるのが怖くて、結局黙ったまま彼の隣を歩き続ける。傘に当たって跳ね返る雨粒の音だけが耳に届いて、心臓のドキドキを打ち消してくれていた。


「(…欲を言うならば、もう少しだけでもシンクと話してみたいのだけれど)」


そんな勇気など持ち合わせていないわたしには、きっとこれくらいで丁度いいのだろう。なんて、いい歳してこんな乙女みたいな反応、馬鹿みたいだろうか。自滅して傷心して僅かに俯く。屋敷が見えてきたのに、もう少しだけゆっくり歩けば良かったと後悔した。この時間が名残惜しくなって、ついまたシンクの横顔を見つめてしまう。


「何のつもり?さっきからジロジロ見て」


居心地悪そうにシンクが呟くので慌てて顔を逸らす。…バレていた。




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