904しんちゃん | ナノ
ツンデレ姫も餅を焼く


「トオルくんちょっと来て」


えっ?と、聞く間も無くナマエちゃんに腕を掴まれ、引っ張られるままについて行く。彼女は少しむっと眉根を寄せて、どうも機嫌が悪そうに見えた。ひと気のない校舎裏に連れてこられたかと思うと壁際に押しやられどん!と顔の横に手をつかれたのに唖然とする。かっ、かべどんっ?ていうか、今結構すごい音したけど。


「あの、大丈夫?手痛くない?」

「…少し痛かった」


よく見るとナマエちゃんの瞳が僅かに潤んでいたので、心配になって未だ壁につかれている手を取ろうとしたらネクタイを引っ張られ目を瞠った。自然と前のめりになり、唇は目の前の彼女のそれと重なる。


「っ、ん」


ちゅ、などと、わざとリップ音を立てて離れるので赤面は不可避で。状況についていけずパチパチ瞬きをする僕に、ナマエちゃんが相変わらずむすっとした表情で「トオルくん」と僕を呼ぶので思わず「はい、」と改まってしまった。


「トオルくんの上着はどこですか」

「え?ええっと、隣の席にいた女の子が冷房直撃して寒いっていうから」

「貸したのね」

「う、うん」


どうやら、ナマエちゃんが怒っているのはこの事らしい。どうしてもトオルくんが貸さなきゃいけない状況だったの?と顰めっ面で問い詰められおずおずと頷くなり、彼女の表情に険しさが増した。でもさぁ、あの子の周りに座ってた男は僕だけだったし、大胆に出された二の腕を擦りながら寒い、って呟かれたら貸すしかなかったんだって。おかげで僕も寒かったんだよ?という言い訳も今の彼女では聞いてもらえるとも思えなかったので取り敢えず黙っておく。


「トオルくんの彼女は誰」

「ナマエちゃんです」

「他の女の子に上着なんて貸しちゃって、私が寒くなったらどうするの!」

「でも僕たち教室殆ど違くて会えないし」

「あー寒い!私寒いんだけどトオルくん!」

「ここ屋外で太陽サンサンなんだけど」



少しばかり意地悪を言い過ぎてしまっただろうか。ナマエちゃんがむすぅとした顔のままふいと背を向けばかと言った。


「じゃあいいもん、私だって隣の席の男子に上着借りるから。こんなことでぎゃーぎゃー言う面倒な女ですみませんね!」

「そんな事言ってないないけど」

「顔に出てたもんっ、ばーかっ」

「あ、待って」


そのまま本当に教室へと戻っていきそうだった彼女を咄嗟に引き止める。相変わらず不機嫌なのであろう顔がこちらを向く前に、後ろからふんわりと抱きとめた。


「僕の上着は誰にでも貸してあげられるけどさ、これはナマエちゃんだけの特権だから」

「…ばかぁ」


耳をほんの少し赤くしたナマエちゃんが、俯いたまま身を翻し僕の胸へと顔を埋めた。もうこの短時間でバカという単語が何度も出てきたけど、ここまで可愛いバカを聞けるのはきっとナマエちゃんからだけなんだろうなと思って小さく笑ったらなに笑ってるのとまた怒られる。


「トオルくん元々かっこいいんだから、それ以上モテるような事しないでよ」


相変わらず僕の胸に顔をうずめたままぽつりと言った彼女が本当に可愛すぎて、やっと見えた本音にどうしようもなく悶えた。


20160711
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