904しんちゃん | ナノ
水色に融解


ビニールプールとか、随分懐かしい物にホースで水を入れる彼の後ろ姿に、自然ににいっと口角が上がった。息を潜め、なるべく足音を立てないようじりじりと歩み寄り上機嫌にも鼻歌を交える彼に近づく。そして大きく、息を吸った。


「わあっ!」

「っうおおお!」


びくりと跳ねた肩に続き発せられた叫び声があまりにも滑稽で思わずあっはっは!と笑い飛ばせば、恐る恐る振り返り表情を引きつらせるしんちゃんと目が合った。瞳を大きく見開きまばたきもせずにびしりと固まる彼は相当驚いたようだ。


「ちょっ、うわ、びびったぞぉ」

「ごめんごめん、余りにも無防備な背中だったからつい、ね」

「…で、何か用事?制服なんて着ちゃってどうしたの」

「んー別に、夏休み中の課題学校に置いてきちゃったことに気が付いてさ、それを取ってきた帰り道なの」

「ほほう、夏休み中なのにご苦労なことですなあ。じゃあ俺んちに寄ったのはついでだと」

「まぁそうなるかな」

「えー、そこは否定しようよぉ」


間延びした声で不満そうにそう答えたしんちゃんに小さく笑いを溢し、隣に並ぶ。ちりちりと焼き付くような太陽の日差しがあつい。そう考えるとプールの中でキラキラ煌めく水は冷たくて気持ちよさそうでとても魅惑的に見えた。その誘惑に勝てず導かれるようにホースへと手を伸ばせば小さく水しぶきが上がり、嫌そうにしんちゃんが身を捩る。


「やめてよナマエちゃん、水が跳ねるんですけど」

「えへへへ。それにしても随分なつかしい物に手つけてるね、どうしたの」

「ん?あぁほら、俺の母ちゃん昔っから勿体ないおばばじゃん?このビニールプールも捨てられなかったみたいでさぁ。こないだ物置掃除してたら出てきた」

「…それは分かったけど、誰がこのプールに入るのよ。まさかしんちゃんとか言わないよね」

「やだなあナマエちゃん、当たり前でしょ?これは俺じゃなくてシロのだゾ」

「あれ、シロいるんだ?」

「うーうん、いなーい」


小屋の中は静けていて気配も無い。だからてっきり居ないもんだと思い込んで、意外だと中腰になり青い屋根の下を覗き込んだところでそうすっぱり言われ「何それ」と私は表情を崩す。


「散歩じゃない」

「へえ、まだシロだけでいけるんだ。相変わらずだね」

「うん。まだまだ元気なんだゾ」

「…そうみたい」


瞳を伏せ静かに笑みを作ったしんちゃんになんだか私も嬉しくなって、次シロに会ったらおもいっきり撫で回してわしゃわしゃしてやろうと思った。 一気に気持ちが高ぶったわけだが、ここで1つ矛盾点を見つけ私は首を捻る。


「けどさ、シロがいないんなら結局このプールには誰が入るの?」

「…俺になりますなあ、必然的に」


え〜、いい歳してビニールプール?この年齢にもなって?しんちゃんが傷つくと思い敢えて口にしなかったけど顔には出てしまったらしい。そんな目で見ないでよと彼が微妙そうに眉を顰める。


「別に全身浸かるわけじゃないし。足だけのつもりだったし。なのにナマエちゃんたらさっ」

「あーはいはい!ごめんねっ。てっきり全身だと思ったから、」


しんちゃんが口を尖らせいじけてきたので取り敢えず謝っておく。彼のこういう所が少し子供っぽいとたまに思うけど、それがギャップとして学校の先輩方にはプラスポイントになってるらしい。以前、ネネがしんちゃんって結構モテるのよと独り言のように言っていたのをぼんやり思い出した。ま、だから何だって話なんだけど。私には関係ない、し、

それはそうと、足だけとは意外だわ。…ちょっと羨ましい。髪を掻き上げ額の汗を拭う。あっついなぁと真夏の太陽に目を細めた時、しんちゃんが小さく私の名を呼んだ。


「なによ」

「今日はねぇ、この夏一番の猛暑らしいぞ」

「あ、うん、だから?」

「ナマエちゃんも入ってきなよ。足だけ行水」

「…また顔出てた?」

「んーん、今度のは俺がなんてなく思っただけ」


ああ、また顔に出ちゃったのかもと心配になり慌てて両頬へ手を当てる私に、しんちゃんは緩く微笑みつつ首を横へ振る。ちゃぷん。彼がホースの口を、プールの底に沈めた。


「で、どうする?」

「うーん、どうしようかな…」

「俺んちね、今おいしい水ヨウカンがあんの。ついでに食べていきなよ」

「えー、…うう、ん…、やー、やっぱ…やめとく」

「ええっ!何でえ?」


ずいっ!と私の顔に影が落ちる程間近に詰め寄られさすがに一歩後退る。いや、逆に何でそんな意外そうなのかを教えて欲しいよ。


「だ、だってそんな、なんか図々しいじゃんっ。涼んでいく上に水ヨウカンなんてさ、頂いちゃったりしたらさっ」

「…はぁ(しまった、水ヨウカンが逆効果だったゾ)」


しんちゃんが珍しくため息をついた。しかも結構ずっしり重たいやつ。あのさぁナマエちゃんと私を見やる彼は心なしか憂鬱そうだ。


「俺たちもう小学生からの付き合いだよね?何で今さら気なんて遣ってんの。ナマエちゃんてば昔からそうだぞ、変な遠慮しすぎ!」

「うっ、しょうがないじゃんっ!そういう性格なんだもん。がっついてるとか思われたくない、しさ、」

「…別に水ヨウカン1つ減ったくらいで別に何とも思わないし、寧ろ断られる方がショック、」

「ッ〜、分かった!分かったからそれ以上言わないで」


完璧に耳が痛い状態だ。たまらず両耳を塞ぎつつそう言い放てば、瞬時にぱあっと嬉しそうな表情に変えたしんちゃんがヨウカン持ってくるぅ、ついでに水も止めに!とサンダルを脱ぎ捨て居間の奥へと消えた。一方の私は浅く息を吐き縁側に腰掛けると、宿題の入った鞄を端に寄せてローファと膝までのハイソックス片足ずつを脱ぎにかかる。

小学生から仲良しなだけあって、しんちゃんは私の扱い方分かってるなあと秘かに思った。しつこい押しに弱いんだ、わたし。あと耳が痛くなると自分から折れちゃうの。


「…しんちゃん、遅い」


温く吹いた風に風鈴が揺れる。ゆらゆらと煌めく水面に右足だけを浸けながらちゃぷちゃぷ水を掻き分けていた時、両手に水羊羹を持った彼が慌ただしくこちらに駆け寄って来た。


「ほいっ、お待た〜」

「遅かったね」

「うーん。冷蔵庫の中身なだれ状態でッ!?」


段差を降りたしんちゃんの表情が、変わる。どうやらプール周りの湿った土草に足を滑らせたらしい。彼の体が前のめりに倒れ、派手に水面へと飛び込みしぶきを上げる。一瞬のことだった。


「っぶはあ」

「…っふ、はははっ」

「ナマエちゃん、地味に傷つく」

「だって、ざっぱーんって…ふふ、だっさー」


水浸しになったしんちゃんが起き上がってポタポタとしずくが滴る。滑稽で思わず笑い飛ばしてしまうと、彼が不機嫌そうに眉を顰めた。


「だってぬかるんでたんだもん、しょうがないじゃん。そんな事よりほいっ!ようかん!」

「ん、ありがとー」


勢いよく差し出されたプラスチック付きのそれを受け取って、もう片方の足も浮かせると私も水に浸かった。冷たくも温くもない、正に適温で心地がいい。しんちゃんが羊羹の薄いラベルを慎重に剥がしだしているのを見真似て、私もスプーンを口に銜えながら親指に力を入れる。ふるりと震えた小豆色の羊羹をスプーンで掬い口に含むと、甘くてひんやりしていて勿論おいしかった。


「そういえばさぁ」

「うん」

「何であんなに必死そうだったの?私を引き止めるの」

「え、それは…」


思い出したようにそう告げると、しんちゃんがスプーンを噛り考えるように一泊黙り込んだ。けど直ぐに小さく口が開き、スプーンがかち、と歯に当たる。


「ひまがさ、会いたがってたんだよね、ナマエちゃんに」

「へえ、ひまちゃんが?」

「うん」


なんて事ないように再び羊羹を食べ進めだしたしんちゃん。私もスプーンで掬った羊羹を口へ運び、ゆっくりとその甘さを舌で堪能しながら視線を落とした。そっか。呟いた声が水に溶ける。確信は無かったけど直感とでも言おうか、なんとなく嘘だと思った。何で嘘をつくのか気になったけど余り考えないようにして、私もしんちゃん同様にひたすら水羊羹を食していく。


「ひまちゃん居ないの」

「友達とファミレスで勉強だって」

「偉いじゃん。おばさんは?」

「さぁ。でも俺の予想だとバーゲンかな、なんかチラシ片手に慌てて出ていったし」

「本当に相変わらずだね。あとしんちゃん、」

「んー?」

「ゴミー」

「そこに捨てて」


小さい容器だったから食べきるのにそう時間は掛からなかった。空になったカップを手に首を傾げれば、ついでに俺のもと同じく空っぽのそれを手渡され縁側の奥に置かれたゴミ箱をしんちゃんが指差す。いや、遠いんですけど。いっぱいいっぱいに狙いを定めてからていっと投げ入れてみるも、ゴミ箱の縁に当たり跳ね返ってしまった。


「ごめん、入んなかった」

「ナマエちゃん下手っぴー」

「だ、だって!どう見ても遠いじゃん!」


ついかっとなって、言い返してからあっと思った。意地っ張りで子供っぽいのは私も、か。少し頬が熱くなって羞恥心塗れになったけど、それにしんちゃんは気付かずにまぁいっかと頭の後ろで腕を組む。


「…よくないよ、私捨ててくる」

「足汚れちゃうじゃん。後でやっとくから別にいいよ」

「よくないってば!ご馳走になったんだからせめてちゃんと捨てないとっ」

「あーもう、そういうのが要らない気づかいなんだって」


結局、しんちゃんに押されて羊羹のゴミはそのまんま。私的には納得いかなかったけど、未だに焼き付くような熱い日射しにヤル気を削がれまぁいいかとため息をつく。ちらりと彼を一瞥したら、豪快にもプールの縁に両腕を乗せ寄りかかっておりかなりのリラックス状態だった。一度濡れちゃえばなぁ、もう躊躇いは無いもんなー。やっぱり足首までじゃ物足りなくて、私ももう少し浸かろうとスカートの裾を摘みつつおもむろに膝までをプールの底につける。スカート丈はそこまで長くないけど一応ね、念のために。


「ひんやりしてて気持ちー」

「…あれ?ナマエちゃん」

「んー、なにー?」


彼が座り直し、じっと私の顔を見つめると何を思ったのかいきなり膝立ちになる。その所為で目線の高さはほぼ一緒で、波立つ水にお互いの距離はあまり無い事に気が付いた。


「しん、ちゃん?」


恐る恐る呼び掛けてみても無言な彼に不安を煽られる。その上じりじりと少しずつ距離を詰めてくるものだから焦った。何処にも逃げ場は無いし咄嗟のことで立ち上がる事も出来ない。少しでもこの距離を空けようと、私はスカートから放した手をすぐ後ろにあるプールの縁へと置き体重を掛ける。なっ!ちょ、ムリ!ムリムリ…!

そのまま後方へそれようとした正にその時、しんちゃんの指先が顎から頬へと滑り込んできてじっくり私の目を見つめていた。彼の瞳の中に、目を大きく見開いて驚愕している自分がいる。


「やっ、やめ、」



なんか、変な音がした。きゅ、というかぎゅもっ、というか…。とにかく聞き馴れない音がした訳だけど、それは私の手とプールのビニールが擦れた物だというのは安易に分かり、同時に手を滑らせたのだと理解した時にはもう背中がびしょ濡れだった。


「えっ、ちょ、だいじょぶナマエちゃん!?」

「…だ、いじょう、ぶじゃないっ!いきなり何、びっくりしたじゃない!」

「や、ごめん、付け睫毛ズレてるよって言おうと思って」

「っ、うそっ!」


自分の目元というか睫毛に指先を当てて確認してみる。さっきの衝撃でズレてしまったのだろうか、鏡で見てみないとよく分かんないな。取り敢えず慎重にぺりぺり偽睫毛を剥がすと、真ん前にいたしんちゃんがなあんだ、と意味深げにぼやいたものだから張り直そうとしていた私の指の動きはぴたりと止まってしまう。


「普通に長いじゃん、睫毛」

「ぇ…」

「元々長いのにさぁ、勿体なくない?そんな偽物で上乗せしちゃって」

「そう、かな?」

「うん」

「じゃあ、剥がす」

「うん」


睫毛長いとか…、初めて言われた。だってそういう事、今まで一回も無かったじゃん。動揺を隠しながら黙々ともう片目の睫毛も外してしまう。やっぱり、全然違和感ないよ。そう笑んだ彼に胸が早鐘を打った。肺から長く息を吐き、もう濡れちゃったからいいやと割り切ってプールの底に座り込む。あ、思いの外さっきよりも冷たくて涼しいかも。や、当然なんだけど。


「結局足だけじゃなくて全身濡れちゃったね」

「んー、まぁね。けどナマエちゃんが居るからまだ良かったぞ。俺1人だったら痛すぎるもん」

「…それもそうかも」

「うーん」


此処で自然と切れる会話。二人とも黙り込むと本当に静けさが目立つ。なんとなくちらりとと薄暗い家の中を一瞥するけど、玄関の方から聞き覚えのある声が発せられ私の意識はすぐそちらへと持っていかれた。


「あっナマエちゃんだ、ヤッホー」

「おー、久し振りー。勉強してたんだって?偉いね」

「勉強という名の男漁りだぞ。ファミレスでバイトしてる人がね、イケメンなんだって」

「うっさいしんのすけ。それでナマエちゃんは?何か用事?」

「うーうん別に。直ぐ帰るつもりだったんだけどね、ひまちゃんが私に会いたがってるからって引き止められて。ちょっと寄っていこうかと」

「…へー、ふーん、へーえ。ひまがねぇ〜、確かに会いたいなって思ってたけどひまが、ひ、ま、が…?ひまもの間違いじゃないかなぁ」

「…?」

「ひまわり、そこにあるヨウカンのゴミ捨ててくんない!」

「え〜っ、ひまのことダシにした上に扱きまで使う気っ!?」

「へ、ダシって?」

「っ!ひまわりぃ〜」

「…ヘタレ」

「ほいそこ!ゴミ箱のとこねっ」


ひまちゃんが最後にボソリと呟いたのが上手く聞き取れなかったけど、すぐに「食べた人がちゃんと片付けるべきでしょ、」とむくれた顔で言われた正論にそれどころではなくなった。


「あぁやっぱりそうだよね!本っ当にごめん、私が捨てるよ」

「えっ!別にいいよー、ほらっ、ナマエちゃんはお客様だから」


またもや屈託の無い笑みで言われてしまい、結局ひまちゃんの手でカップはゴミ箱へと捨てられた。そのままひまちゃんは縁側に腰掛け、ゆったりと足を組む。


「ごめんね、ありがとー」

「いえいえ。ところでさ2人とも、いい歳して何してんの?全身びしょ濡れになる程暑かったわけ?」

「…色々あったんですぅー」

「第一なんでこんなに縁側から離れてるのよ」

「あ、それ私も思った。もっと縁側に近ければ座りながら足だけ浸かれたし、ヨウカンのゴミもちゃんと捨てられたよね」

「あー、うん、俺もね、縁側に腰掛けて足だけ浸かってればいいよなって考えたんだけどー、」


気付いたの水入れた後だったんだよね。きょろりきょろり、目を泳がせつつ発せられた言葉にじとりとした視線が2人分彼へ集中する。それって凄くマヌケよね。敢えて口にはしないけど、ひまちゃんも私も多分同じことを思ったんじゃないだろうか。しんちゃんはかなり居心地が悪いようで、「でも足だけより全身の方が気持ちいいよね、結果オーライだよねナマエちゃんっ!?」と必死な面持ちで話を振られたので「まぁ、そうだけど」とフォローを入れてみる。実際足だけよりもひんやり涼んでいるのは確かだ。


「ほーら見ろひまわり、どうだ」

「どうだってドヤ顔で言われても…別にどうもしないし。それはそうと、ひまそろそろ部屋戻るね。じゃあナマエちゃんごゆっくりー」

「うん、じゃーね」


ひらひらと手を振ったひまちゃんが踵を返し、玄関方面へと向かっていく。相も変わらずプールの縁に寄りかかるしんちゃんを横目に、私は世間話でもしようかとそういえばさぁなんてお約束の台詞で切り出した。


「この前ね、バイトでレジ打ちだったの」

「コンビニだっけ」

「うん。でね、人も疎らな時お会計に来た人がね、すっごく格好よかったの!」

「…」

「インテリ系っていうか、頭良さそうな感じでねっ、私少しウキウキしながらレジ打って商品レジ袋に入れてたんだけど」

「けど?」

「その人リア充だった」


それまで声もテンションも高めで嬉々と話していたのにいきなり奮冷めた声で結末を言ったからか、しんちゃんがふはっと軽く吹き出した。


「それで?」

「後ろから彼女らしき人がそのインテリ眼鏡くんの横に並んで腕に絡み付くと私のこと睨んできた」

「色目使ってたのばれてるじゃん」

「うーん、使ったつもりは無かったんだけどね」

「なに、そんなにイケメンだったの?」

「うん!あ、でもしんちゃんには劣るかな。クールな表情がいいと思ったけど、私はしんちゃんの笑顔の方がいいな」

「…あーもう、何でそういう事言うかなぁ」

「そういう事って?」

「鈍感」


鈍感じゃなくてただ戯けてみただけだよ、とは言わない。分からないフリでもしていないと、期待してしまいそうで後が怖いから。あのねしんちゃん、私もうしんちゃんと大分一緒にいるけど、時々しんちゃんが何考えてるのか分からなくなるの。私の事、ただの幼なじみの内の1人としか思ってないくせに。どうしてそんな思わせ振りな事するの?


「しんちゃんだって、重要な時に限って鈍いくせに」

「ん?ごめん、よく聞こえなかった。もっ回言って?」

「…そろそろ帰るって言ったのー」

「えぇ?もう帰んの?」

「うん。夏休みの課題しないといけないし」


立ち上がろうとした私だけど、しんちゃんにあのさナマエちゃんと呼び掛けられぴたりと停止する。


「ワイシャツの下、何か着てる?」

「うん、キャミソール。…もしかして透けてる?」

「あー、うん、それもなんだけど…」


何故か歯切れの悪いしんちゃん。言いにくそうに「キャミを通り越してブラも透けてる」と告げられた暁にはかっと一気に顔が熱くなって焦った。


「え、な、に。ずっと見てたの…?」

「や、その、やっぱり言いづらかったと云いますか…失礼かなぁと思って」

「…やらしー」

「ちょ、不可抗力だって!そんな目で見ないで、切実に」


視線を真下にやり自分の胸元を見てみるが、キャミソールしか透けてないように感じる。…見る角度で違うのかな。キャミソールも薄いやつ着てたし。


「まぁいいや、とにかく私帰る」


立ち上がると、大分重くなったスカートから多量の水が滴りプール内へと戻る。裾を摘み上げ少しでも軽くしようと出来る限り絞っていると、何故かしんちゃんも起立してなんの戸惑いも無しに裸足で庭の草むらへと踏み出したものだからぎょっとした。


「待っててナマエちゃん、今ジャージ持ってくるね」

「へ、何、で」

「だって透けたままじゃまずいでしょ。今の季節変な人多いんだから、気を付けないと狙われちゃうぞ?」

「しんちゃんも見てた」

「俺は不審者じゃないもーんだ。あ、でも俺のジャージだと大きくてスカートまで隠れちゃうか…それはそれで宜しくないから長パンも持ってくる」

「ちょ、私を蒸し殺しにする気!?」


この暑さの中、制服の上からジャージしかも上下を着て帰ったら確実に体の内側から蒸発するわ!割りと本気でしんちゃんに訴えたのだけど、彼は「蒸し殺しとか、初めて聞いた」と笑い飛ばすだけで汚れた素足のまま家の中へと行ってしまった。あーあ、私には足汚れるからって外に出してくれなかったのに自分はあっさり出ちゃうなんて。


「本当、なに考えてるんだか」


濡れた髪や制服からポツリと水滴が落下し波紋が広がった。それにしても暑い、真夏の日差しは顕在だ。焼けてでもしまったのだろうか、さっきから顔も少し火照ってる気がする。


「夏一番の猛暑、ねぇ」


本当はついでに寄ったんじゃなくて、夏休み中の会えない辛さから遠回りしてみたと言ったら彼はどんな反応をするのだろうか。


20120916
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