どうしよう。デート、ドラミくんと、デート。そう考えると緊張して眠れなくて、大丈夫!ドラミちゃんと女子会のつもりで会えばいいんだよと言い聞かせながら無理やり目を閉じた。ドラミくんだってデートというよりはお話しがしたいって感じだったし。そんなに身構える事ないよね。…でもドラミくんとドラミちゃんは違う。上手く会話が弾まなかったらどうしよう。なんて不安になっては脳が冴えて寝返りを打つの繰り返し。結局ほぼ睡眠不足で翌日の朝を迎えて、わたしは気合いを入れながら寝起きの肌に化粧水を叩き込んだ。あああ、ちょっと目の下のクマが目立つかもしれない。何度も何度も鏡を覗き込んで自分と睨めっこして、何度も何度もクルクル回って。よしと意気込む。
いつもデート前はドラミちゃんに相談したり服を見てもらってたりしてたから、今回は何をしても不安が取れなくてため息が止まらなかった。はああ、やっぱり違うファッションの方がいいかな。でもこっちの方がわたしに合ってる気がしなくも、はああ、
「…このままじゃ埒があかない気がする、出よう」
待ち合わせ場所に行くのにもソワソワしてしまって。少し、いや結構早めに着いて待っていると不意に声を掛けられた。すみませんって、軽く会釈をしてきた見知らぬお兄さんにきょどりながらも返事をする。
「…何でしょう?」
「今お時間ありますか?実はすぐそこでアンケートを実施していまして、」
話を聞くと、すぐ近くの建物内で簡単なペーパーアンケートを取っているらしい。すぐに終わるから協力してくれないかと言われてちょっとだけ悩む。どうしよう、ドラミくんとの待ち合わせまで時間はあるし協力はしてあげたいけど、なんか怪しい…よね。建物内っていうのがまた…。そんなわたしの不安を感じ取ったように、お兄さんが苦笑いを浮かべながら続ける。
「お願いします!怪しいのは百も承知なんですけど、今日中で100人にアンケ取らないといけなくて…」
「100人っ!それは大変ですね」
「そうなんすよ。お姉さんお洒落だし、是非協力して頂けたらなと思って」
「えっ?えへへ、いやぁ、そんな事無いですよぉ」
先に言っておくと、わたしはお世辞に弱い。褒められ慣れていないからすぐ鵜呑みにしてしまうのは悪い癖だ。他人の言う事を信じ過ぎてしまうのもいけない所だとは分かっているのだけれど、
「ねっ、お願いしますよ」
「で、でも…」
「ほんとに直ぐなんで!」
「……分かりました、」
それでもほっとけないという気持ちの方が優った。押しに弱いっていう理由もあるけど…。つい流されそうになってしまったその時、ぐいと後ろから肩を引かれてビックリしながら振り返る。
「キッドくん、」
「悪い待たせたな。で、こいつは?」
「あっ、待ち合わせの人来ちゃいました?あはは、じゃあ諦めます、」
キッドくんの顔を見るなり顔色を変えてそそくさと行ってしまったお兄さんに、キッドくんが呆れ顔でため息を吐いてわたしを見つめた。
「お前なぁ」
「うん、」
「あんなキャッチに捕まってんじゃねぇよ。絶対悪特商法だろ、あれ」
「う、やっぱりそうかな…」
「分かってんなら着いて行こうとすんなよな」
「あはは、断るタイミング逃しちゃって」
「はぁ、ったく…気を付けろよ?」
「うん、ありがとう。キッドくんのおかげで助かった」
やっぱり着いて行かないが正解だったんだな。あと少しで騙される所だったのかもしれない…。お兄さんの言動を思い出したら意気消沈してしまって、浅くため息を吐きながら自然と俯く。デート前なのに、ちょっとだけ嫌な気持ちになってしまった。そんなわたしを気にしてくれてるのか、キッドくんがチラチラわたしの様子を伺いつつ「今日は随分とめかしこんでんじゃん」と声を掛けてきたので顔を上げた。
「これから約束事があって」
「ふーん?なんだよ、デートか?」
「…」
「お前って分かりやすいな」
キッドくんがちょっと悪戯に笑いながら言うので思わず真っ赤になって反応してしまうと、今度は声に出して笑われた。うう、完璧に茶化されている。
「ナマエちゃん」
すっとわたしの耳に届いた透き通った声に振り向く。ごめんね、待たせちゃった。そう駆け寄ってきたドラミくんにブンブンと顔を横へ振った。げっ、と隣ではキッドくんが露骨に顔を顰めている。それに気付いたドラミくんも眉を顰めて、すっとわたしを背中に隠すようにして立ってキッドくんを軽く睨んだ。
「ちょっと、なんでキッドがここにいるの」
「デートの相手ってこいつかよ。趣味悪りぃなお前」
「はあ?」
ひええ、なんか思ってたよりもピリピリしている!わたしの知ってるキドラミは喧嘩ップルだけどもっと見ててほのぼのする喧嘩なだけあって、この2人のガチないがみ合いには思わず怯んでしまう。温厚なドラミくんでも、そんな機嫌悪そうな顔で低い声出したりするんだ…ちょっと意外。ていうか本当に仲悪いな。
「そっちこそ横取りとか止めてくれない?キッドの方が全然悪趣味だろ」
「あぁ?元はと言えばテメェが来るのが遅いからだろ」
「あの、2人とも喧嘩は、」
「そのせいでナマエが変な輩に絡まれる羽目になったんだからな」
「え?」
「ちょ、キッドくん!」
しまった口止めすれば良かった!余計な心配を掛けたくないから黙ってるつもりだったのに、ドラミくんがそうなの?と心配そうにわたしに問い掛けるのでタジタジになる。
「…絡まれたっていうか、ただのキャッチだし…疑いなくホイホイ着いて行こうとしたわたしが悪いの。キッドくんはそこを助けてくれただけで…」
「そっか…ごめん、僕が来るの遅かったせいで不愉快な思いにさせちゃって」
「ううん、そんな!わたしが早く来過ぎちゃっただけだから、ドラミくんの所為じゃないよ」
そう弁解してやっと安心したように息を吐くドラミくん。そしてそのままおもむろにキッドくんへと視線を移すと、どこか気まずそうに口を開く。
「…キッド、その件についてはお礼を言うよ。ありがとう」
そう、ドラミくんがぶすっとした顔のまま、でも真っ直ぐとキッドくんの目を見ながら言うので呆気に取られた。…ドラミくんって、誠実。また新しい一面が見れた気がする。あとね、その拗ねた顔がえもんくんに凄く似ていて、やっぱり兄弟なんだなって思った。
「でもナマエちゃんは今日僕とデートだから」
「別に取らねぇよ!」
「さ、行こっかナマエちゃん」
「…!うんっ、あ、じゃあまたね!キッドくん」
すっと差し出された手に慌てて自分のそれを重ねると、ドラミくんがゆっくりとした足取りで歩き出すので慌ててキッドくんに別れの挨拶をした。今のはちょっとドキッとしてしまった…。なんか、王子様みたいだった。自然と手を繋いでしまった展開にドキドキしつつ、わたしはこっそりとドラミくんの横顔を見やった。