この世界にいるのはドラミちゃんじゃなくてドラミくんらしい。確かにドラミちゃんが男の子だったらだなんて下らないお願いを口にしたのはわたしだけど、いざそれが叶ってしまうのも微妙な気持ちだった。それどころか、わたしのそんな軽い気持ちでこの世界のわたしを巻き込んでしまったのが本当に申し訳ない。ごめんね…。元の世界で同じく困惑しているであろう男の自分に手を合わせて謝っておく。


キッドくんやマタドーラくんの話を聞く限り、ドラミくんもしっかり者で思いやりがあるっていうのは変わってないみたいだけど。わたしも男と女で雰囲気とか性格がなんかそれぞれ違うって2人とも言ってたし、ドラミくんも性別が変わっただけとは到底思えない。女の子のドラミちゃんと一緒にいる時と同じように、話が合うのかなとか、一緒にいて楽しいのかなとか、そんな不安ばかりが募っていく。

まぁそんな直ぐに接触するつもりもないし、今は取り敢えず生活に必要な物を揃えようと思って街に出た。衣類とか化粧用品、あとコンビニや外食が多かったらしいわたしの家の冷蔵庫には食料が殆ど無くて空っぽだったので、食材も色々と買ったら荷物も出費も大変な事になってしまった…。なるべく抑えられそうな所は抑えたつもりだけど、ごめんね男の子のわたし、君のお財布にいた諭吉さんはいなくなってしまったよ…。あとで置き手紙に謝罪の文を記しておこう。なんて考えながら重たい荷物を抱えなおして曲がり角に差し掛かった時、前方からきた人と見事にぶっかってしまって尻餅をついた。


「いた、た、」

「すみませんっ!大丈夫ですか?」


聞き覚えのある声に顔を上げてあっとなる。えもんくん、だ。「大丈夫、です」わたしの顔を見ても大したリアクションを見せないので、これは説明した方がいいよねと思いつつ立ち上がる、と、えもんくんの直ぐ後ろからひょっこり顔を出した山吹色に心臓が反応した。


「もう、お兄ちゃんってばそそっかしいんだから。本当にごめんなさい、怪我とかしてませんか?」


まるで、ドラミちゃんをそっくりそのまま男装させたような、可愛らしさの残る男の子だった。思わず茫然と固まったままドラミちゃん、じゃなくてドラミくんに釘付けでいると、はたと気がついたようにドラミくんもわたしの顔を覗き込んできたので心臓の動きが早くなる。


「…ナマエ?」

「えっ、何言ってるのさドラミ、この子は女の子だよ?」


ごめんね!と慌てた様子でわたしに謝るえもんくんにぽつり、「…どうして分かったの…?」そう零すとドラミくんは「やっぱり」と淡く微笑んだ。対照的にええっ!?と驚愕の声を上げたのはえもんくん。わたしの顔をまじまじと見つめてくるので少しだけ照れてしまう。


「よく見れば分かるよ。何でそんな格好してるの。悪戯?罰ゲーム?」


でもやっぱり女装だと思われてるみたいなので、ざっとこれまでの経緯を説明すると2人とも驚いたように目を開きながら話を聞いてくれた。ついでに、立ち話じゃなんだからと2人してわたしの荷物を持って運ぶの手伝ってくれるから優しすぎる。ちょっとキュンとした。


「うーん…話を聞いてると、パラレルワールドに飛ばされた感じが強いかな」

「そうだね。何かしらのきっかけでパラレルワールドに迷い込んでしまった可能性は多いにあると思う」

「せめて因果関係が分かればなぁ。ナマエちゃんの帰れる手掛かりにも繋がると思うんだけど」


こうして見ると、ドラミくんはやっぱりえもんくんに似てるんだなとか的外れな事を思った。喋り方とか、ふとした時の動作とか。でも立ち振る舞いや表情なんかはドラミちゃんの面影が残っていて、何だか不思議な感じ。ついじっと見過ぎてしまったらしい。バッチリ視線が合ってしまったのにどきりとしつつ、慌てて俯いたからかなり不自然な態度になってしまったのに後悔した。う、きょどりすぎだ自分、落ち着こう。

結局お家まで荷物を運んでくれた2人に頭を下げながらお礼の言葉を口にして。今度どら焼きとメロンパンご馳走するねと言ったら僕らの好物とかも全く一緒なんだねと返された。確かに。本当にあべこべなのはわたしとドラミちゃんだけ、なんだなぁ。


「じゃあドラミ、そろそろ僕たちはお暇するよ」

「うん。…その前に、ごめんナマエちゃん、お水一杯頂いて行ってもいいかな」

「もちろん!えもんくんは?」

「僕は大丈夫、ありがとう」


先に外出てるねとドアを閉めて行ったえもんくんの後ろ姿を傍目に台所へと向かって、水の入ったグラスを手にドラミくんの元へと戻ってきた。ありがとう、そうグラスの縁に口をつけて水を一口飲むドラミくん。一拍だけ間を置いてから、ドラミくんは不意にわたしの目を見てふわりと笑った。


「…ナマエちゃん、良かったら僕とデートしない?」

「へっ…」


突拍子も無く出てきた提案に思わず間の抜けた声が出た。で、でーと…。聞きなれない単語にひっそりと口内だけで復唱すると、苦笑い混じりにドラミくんが弁解を入れた。


「ごめん、デートっていうのは建前で、本当はナマエちゃんと色々お話ししてみたくって。僕、男のナマエとは結構仲良かったからさ。ナマエちゃんとも仲良くなりたいなと思って。ダメかな」

「だっ、ダメじゃないです!わたしもドラミちゃんとは仲良しで、同じ様に考えてました。男の子のドラミちゃんと会ってお話ししてみたいって、思ってた、から…」

「ほんと?良かった」


安心したように笑うドラミくんの表情がとても穏やかで、つい見惚れてしまう。本当、男の子でも可愛く笑うんだなぁ、ドラミちゃんは。とか呑気な事を考えていたら、「今日この後とか空いてる?」と聞かれて咄嗟に大きな声を出してしまった。


「今日はちょっと…!」

「何か用事?」

「もっとおめかししてからじゃないとっ」


だって今ですらまともな格好じゃないし、お化粧もしてないから本当はあんまり顔を見られたくない。今日のファーストコンタクトだって予定外で、可愛くない自分の姿にしまったタイミングが悪いと実は後悔もしていたりして。初めてドラミくんに会う時は絶対オシャレしてからって決めてたのにな…。でもそんなわたしの心配を他所にドラミくんは一瞬呆気にとられたようにポカンとして、かと思うと小さく声に出して笑う。


「うんいいよ、分かった。じゃあまた明日ね」


そう甘くはにかむドラミくんの笑顔に、胸の奥がきゅっと疼いた気がした。



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