男…?わたしが、男の子…。唐突にそんな事を言われてもすぐに信じられなくて。またまたぁ、そう笑いながらマタドーラくんの腕を軽く叩いてからはっとした。そういえば、ここにある家具ってわたしのとビミョーに違う?ような…。キョロキョロ周りを見回すなり、瞬時に顔色を変えて自分の寝室に駆け込んでみる。な、ない、わたしのお気に入りのぬいぐるみとか雑誌が、ギターとちょっとエッチな本に変わっている…!シーツとかカーテンの色も違うし、クローゼットの中身も全部メンズ物の衣装だし…!


「ど、どういう事…?」

「…状況を聞くにもしもボックスっぽいんだけどな」

「でもナマエちゃんは未来道具持ってないし、誰かに借りた覚えもないんだろ?」

「…うん」


取り敢えず3人でリビングに集まりながら考えられそうな理由をあれこれ挙げてみるけど、どれもしっくり来なくて原因は不明のままだ。浅くため息を零して俯いた。なんだか可笑しな事になっちゃったな。わたしが男の子の世界、かぁ。私生活に大した影響は無いと思うけど、いつも呼び捨てにされてる2人からナマエちゃんと呼ばれたのに違和感。少し距離があるのがなんとなく切ない…。


「そういえば、キッドくん今日デートじゃなかったの?」


明日はキッドとフラワーガーデンに行くのと、嬉しそうにはにかんでいたドラミちゃんをふと思い出して聞いてみる。ここにいる場合じゃないんじゃ…と心配になっているわたしとは裏腹に、キッドくんは「デートって、誰と…」などと不服そうな顔で言うので呆気にとられた。誰と、って…


「…ドラミちゃんと」

「はああああっ?何で俺があんなへちゃむくれとデートしなきゃいけねぇんだ!冗談も大概にしろよ?」


ドラミちゃんの名前が出るなりご機嫌斜めオーラをマックスにしてキッドくんにパチパチ瞬きが止まらない。普段から喧嘩する事の多いカップルだけど、こっちのキッドくんは本気でドラミちゃんを嫌がっているように感じた。え、なんだろう、この世界だと2人は付き合ってない、のかな…?それどころか仲が悪いような気さえする…。凄い迫力で全否定するキッドくんに押されながら「そ、そっか、ごめんね」とおどおど謝ってみる。「そもそも、俺はっ」興奮した様子で声を荒げたキッドくんの言葉に耳を傾けて、わたしはおもむろに目を瞠った。


「男とデートする趣味なんてねぇ!」

「……え、?」


ドラミちゃんが、男…?その事態を飲み込むのに少しばかり時間が掛かってしまったように思う。明らかに瞠目して固まるわたしを傍目に、マタドーラくんがまぁまぁと眉を下げて笑いながらキッドくんを宥めていた。


「ナマエちゃんのこの様子を見るに、ナマエちゃんの世界ではドラミも女の子なんじゃね?」

「ああ?そうなのか?」

「うん。わたしの所ではドラミちゃんは女の子だし、キッドくんの恋人なの」

「マジかよ。ありえねー」

「こいつとドラミって馬が合わなくてさ、顔合わすなり喧嘩ばっかりなんだよ」

「へぇ、王ドラくんとマタドーラくんみたいな感じなのかな」

「そうそうそんな感じ!つぅか、そっちでも俺と王ドラ喧嘩ばっかなんだな。全てがあべこべって訳でもねーのか」

「そう、みたいだね」


他にも色々と情報交換をしてみるけど、やっぱり相違点があるのはわたしとドラミちゃんの性別だけみたいだ。聞いている限り他の皆は性格も性別も関係性も全部わたしの世界と同じだった。何でだろうな。キッドくんが短く呟くけど、わたしには何となくこの世界に迷い込んでしまった理由が分かってしまった気がして軽く眉根を寄せる。もしかして、いやいやそんなまさか。なんて難しい顔で考え込んでいると、不意にマタドーラくんにじっと見つめられている事に気が付いてはっとした。


「え、えっと…どうしたの?」

「…いやぁ、ナマエって女の子になるとこんな可愛いんだなぁと思って」

「えっ!?」

「なぁ、ナマエちゃんは今、付き合ってる奴とかいるの?」

「い、いない、です」

「好きな奴とかは?」

「…同じく、かな。あんまりビビッと来る人がいなくて」

「マジで?勿体ない。俺だったら猛アプローチするのに、そっちの俺は何やってんだ」


言いながらぎゅうと手を握られて、どこか熱っぽい視線で見つめられて反射的にドキドキしてしまう。うわ、マタドーラくんに口説かれるの久しぶりすぎて。逆に慣れない…!真っ赤になってしまうわたしにキッドくんはちょっと意外そうな顔をしていて、マタドーラくんはクスリと小さく笑っていた。


「…まぁ、無理して探す事もないけどな。恋はする物じゃなくて落ちる物だし」

「…!」


少し考える素ぶりを見せてからそう言ったマタドーラくん。前にあまりにも好きな人が出来なさすぎてマタドーラくんに相談した事があったけど、あの時と全く同じ事を言うからドキッと反応してしまった。やっぱりマタドーラくんはマタドーラくんだ。


「今度は、俺とビビッとくるようなデートしようぜ?」


そうキザにもウインクを飛ばして決めるマタドーラくんは普通にカッコいいし紳士で優しい。好きになってもいいのではと時たま自分でも思うけれど、まだその恋に落ちる感覚は訪れないからもどかしい。



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