目の前がキラキラと透けて白くなっていく。やがてやんわりわたしを抱き締めていた力がギュウと段々強い物に変わっていて、気がつくとわたしはドラミくんではなくドラミちゃんの腕の中にいた。ドラミくんも中々華奢だったけど、ドラミちゃんはもっと小柄でやっぱり別人だという事を改めて実感させられる。ドラミちゃんはわたしに気がつくと儚げに笑って、言った。


「おかえりなさい、ナマエさん」


その一言が胸の奥まで染み込んで、ツキツキと痛む。ただいまと返した言葉に、ドラミちゃんの抱き締める力が、より強くなった気がした。







「ナマエくんはね、 少し強引だけど思いやりが強くて、一見軽そうに見えても、真っ直ぐとした思いを向けてくれるような人だったわ」


あの日から数日が経って、わたしは今まで通りドラミちゃんに誘われるまま色々な所へとお出かけした。帰りにはいつものお気に入りのお店でフワフワ卵のオムライスを注文して、二人でシェアして。今までの夢みたいな出来事をお互いに語り合う。ドラミちゃんの口から出てくるナマエくんのエピソードを思い浮かべてみるけれど、聞いてる限り、男の子のわたしは中々活発そうであんまり似ていないような気がして意外に思う。


「わたしとはちょっと違うね」

「そうね。ナマエさんはお淑やかで素直に後ろを付いて来てくれるけど、彼は私の前を歩いて常に引っ張ってくれるような人だったから、最初は少し戸惑っちゃった」


そう苦笑いを零すドラミちゃん。懐かしむように瞳を閉じて、またゆっくりとその長い睫毛を持ち上げる。


「私、ナマエさんが男の子だったらきっと好きになってただろうなって、ずっとそう思い込んでた。でも実際に会ってみた男の子のナマエさんは、正直想像と違くて、少しだけナマエさんに申し訳なくなっちゃったのね」

「…うん」

「でもそれも始めだけだった。一緒に居てみて気が付いたの。笑った顔とか、食の好みとか、話す時の仕草はナマエさんと一緒で…隣に居て安心感があった」

「…ドラミちゃん」

「だけど私には、キッド以外考えられないから」


出会うならキッドと付き合って無い世界線で会ってみたかったっていうのは、今でもふと思うわ。そう苦々しく笑って俯くドラミちゃんに、わたしは何にも言えなくなって口を噤んでしまう。


「…一回だけ、ナマエくんとデートしたの」

「えっ、」


どきりと、何故か心臓が跳ねて少しだけソワソワしてしまった。デート…それはキッドくんも公認の上でだったのだろうか。そんなわたしを見透かしたように、ドラミちゃんが口元に手を当てて小さく笑う。


「キッドも知ってるから安心して?それに、凄く潔白で清いデートだったから」

「そ、そうなんだ。一瞬心配になってドキドキしちゃった」

「ふふ。… ナマエくんって、もしかすると少しキッドにも似ているのかもしれない。よくからかって来るし、キザな事するし。…でも真っ直ぐ私の目を射抜きながら話してくれるの。強引だけど私のペースにきちんと合わせて引っ張ってくれる所が、凄くキッドに似ててついドキッとしちゃった」


話を聞いていて自然と、わたしも別世界のキッドくんの事を思い浮かべていた。確かにキッドくんは少し強引だけど、その裏ではいつもわたしの事を考えてくれていて。真っ直ぐわたしの目を見ながら好きだと言ったあの光景を思い出したら、つい赤面して固まった。


「ナマエさん…?大丈夫?顔が赤いわ」

「なっ、何でもない。ちょっと色々思い出して」


まさか別世界のキッドくんに好かれてアプローチされたなんて言えない…。はぐらかすわたしに首を傾げながら、ドラミちゃんは組んだ指先に顎を乗せて淡く微笑む。


「じゃあ、次は私の話を聞かせて欲しいなぁ」

「ドラミくんのお話?」

「えぇ。男の子の私、どうだった?ちゃんとナマエさんに紳士にしてた?」


真剣な表情でわたしに問い掛けるドラミちゃんの勢いに押されて少しだけたじろぐ。ドラミちゃんは本当に、わたしを大切に思ってくれてるんだなぁと、しみじみ痛感して嬉しくなった。自然と口の端っこが緩んで笑みが浮かぶ。


「ドラミくんはね、凄く紳士で、女の子思いで…優しい男の子だったよ」


ドラミちゃんの思い描いた通り、わたしの想像していた通り、笑顔の甘くて完璧な男の子。これまで好きな人が出来なくてうんうん悩んでたのが嘘みたいに、わたしを恋へと落としてしまった凄い人。


「まるでドラミちゃんといるみたいだった。ドラミくんもね、お出掛けする時はいつもどこに行こう何をしようってお誘いしてくれるの。ご飯はこうして取り分けてくれて、ちゃんと家まで送ってくれるし、そうじゃなくても家に着いたら連絡してねって、わたしの身を案じてくれる」


ドラミくんは凄く、わたしに尽くして優しくしてくれたよ。そう笑うとドラミちゃんも表情を綻ばせて、安心したように「そう、」と微笑んだ。そしてウエイターさんが運んできてくれたサラダを、当然のように小皿へと盛って手渡してくれる。少し焦ったようにお礼を伝えて、「いつもごめんね、たまにはわたしがやるよ!」と言うけれど、ドラミちゃんはやっぱりフンワリと笑って言うのだ。


「やだ、今更遠慮なんてしなくていいのよ。私がしたくてしてるだけなんだから。世話焼きなのよね、きっと」


ドラミちゃんの台詞にドクンっと心臓が重たく跳ねて。忙しなくバクバクと暴れ出す。どこかで聞いた事のある言葉だった。どこで、なんて、そんなのは分かりきっている。初めてのデート、お気に入りのお店でお気に入りのメニューを頼んで。申し訳無さそうにするわたしに、彼は同じ事を言った。柔らかく笑った表情だって全くおんなじだ。ドラミちゃんも、ドラミくんも、おんなじ…。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、目の前にいるドラミちゃんにドラミくんの影が重なって目の表面がウルっとした。深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。やっぱりドラミちゃんといると楽しいな。安心する。何も変わっていない、ただ元に戻っただけなのに。


「ナマエさん…?」


どうして涙が溢れて止まらないんだろう。ポロポロと止めどなく零れ落ちてきて、止まらない。


「あれ、可笑しいな、えへへ、…わたし、何で、」


慌てて手の甲で涙を拭いながら笑ってみようと試みるけれど、それも段々と苦しくなってきて、余計に眉根が寄ったのに小さく唇を噛んだ。ドラミちゃんが心底心配そうにしながら、わたしにハンカチを渡して大丈夫?と声を掛けてくれる。大丈夫だと言って頷きたいのに、今声を発したら嗚咽が漏れてしまいそうで。代わりにコクコクと何度も首を振った。ドラミちゃんが切なげに目を細めながら、そっと言葉を落としていく。


「ナマエさん、本当に大好きだったのね。彼のこと」


ドラミちゃんの優しい声がすうっと胸に浸透して、心臓がキュッと音を立てた。今まで気付かないようにしていただけで、本当はいつだってドラミくんの影を探していたのかもしれない。多分、忘れる事なんて出来ないんだろうなぁと思う。もう会えないと分かっているからこそ、余計に辛くて涙が出る。


「(…ごめんね、ドラミくん)」


わたしが自分で決めた事なのに。今どうしようも無く、ドラミくんに会いたいって思ってる。



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