「なんか、ナマエちゃんとこうしてお茶するの久しぶりだな」
「そう言われると、そうだね」
最後にお茶をしながらお喋りをしたのはいつだったか。そうして記憶を思い起こしていると、マタドーラくんがニヤニヤしながら「ドラミとのデートで忙しかった感じ?」と冷やかしてくるので思わず赤くなってしまう。
「なっ、ちが!わない、けどもっ!」
「ははは、違わないんかい!で、前から気になってたんだけど、2人は今付き合ってるの?」
「う…」
「その反応は付き合ってない、って感じか」
「うん、そうだね…」
「じゃあキスやハグもしてねぇの?」
「ししししてないよっ!」
「手は?」
「あっ、う、…この前、ちょっとだけ、」
繋いだ、というよりは握ってもらった、なんだけど。嬉しかったなぁ。なんか、すっごくドキドキしたっていうか…。あの時の余韻を思い出して、何処か熱っぽく息を吐いてからはっとした。ま、マタドーラくんがじいっと穴が開く勢いでわたしを凝視している…。大変だ、表情筋が緩み過ぎててヤバかったのかもしれない。
「なっ、なに、か、」
「いやぁ、手繋いだだけでそんな幸せそうな顔されるなんて思わなくて」
「も〜っ、茶化さないでよぉ」
「じゃあキス以上の事になったらどうすんの」
「へえっ!?なっ、そっ、なっ、!」
「(真っ赤だなぁ)」
「っ、マタドーラくんのばかぁ!」
マタドーラくんがそんな生々しい事を言うから、何だかとても恥ずかしくなってしまって。バシバシとマタドーラくんの腕を叩いてから、両手で熱くなる顔を覆って俯いた。けれどマタドーラくんはカラカラと楽しそうに笑いながら、いいじゃんいいじゃんとわたしの肩を叩く。
「寧ろしてみたいとか、思わねぇわけ?」
「え?」
「キス以上の事、興味ねーの?」
「きょきょきょ、興味は、ある、し…ドラミくんになら、」
何されてもいいって、思ってるよ。真っ赤になりながら辿々しくそう返すなり、自然とあの日のことを思い出した。そういえばあの時も、全く同じ事をドラミくんに言ったんだっけ。ドラミくんもああいう雑誌読むんだ、っていうのが衝撃で、でもそうだよね、男の子だもんね、と思うと案外すんなり受け入れられて。…自分でも意外に思った。もっと嫌悪感とか感じちゃうのかと思ってたけど…。でも、嫌じゃなかった。寧ろ、手だけじゃなくてもっと触れて欲しいとか、思っ、ちゃ、
「えっ、ちょ、ナマエちゃん大丈夫?」
「…だいじょおぶ」
「逆上せてんのかってくらい顔あけーけど」
「ね、お風呂入ってないけど逆上せそうだよ」
実際、わたしの頭は沸騰してグツグツぐらぐらしていて、まるで熱でも出たみたいにクラクラする。ドラミくんの事を考えるだけでこんな風になってしまうだなんて。我ながら重症だなぁと思った。まさかわたしに、ここまで好きな人が出来るとは思ってもいなかった。
「…あのさぁ、」
「うん?」
「そんなに好きで、しかもお互い両思いって分かってんだろ?それなのに付き合わない理由ってさ、何かあんの?」
「…ドラミくんと恋人になったら、わたしは元の世界に戻っちゃう仕様になってるみたいで」
「え、マジで?」
「うん…元々この世界に迷い込んできたのも、多分わたしのした願い事の所為なんだと思うの」
よくわたしの相談に乗って貰っていて、心配してくれているマタドーラくんだから。いつかキッドくんに話したように、マタドーラくんにも同じように言って聞かせると、マタドーラくんは少し驚いたような顔をしてから何度か強く頷いた。
「道理でな…幾つか謎な点があったんだが、それで全部合致がいくぜ。じゃあさ、ナマエちゃん」
「うん…?」
「ナマエちゃんは今、幸せか?」
「え…」
マタドーラくんに聞かれた事を胸の内で復唱して、自分に改めて問い掛ける。幸せ…。どんな形でも、好きな人の隣に居られる事に変わりはないし、幸せだと思うのに。わたしは今、幸せなのかな…。どうしてだかわたしは、マタドーラくんのその質問に即答する事が出来なくて。微妙な間合いを開けてから、うんと静かに頷いた。マタドーラくんもそっかと小さな声で呟いて、おもむろに空を見上げて息を吐く。
「それならいいんだ。ナマエちゃんの幸せを、誰よりも願っている奴がいたからさ」
「…もしかして、それって…、」
「まぁ、ドラミの事なんだけどな。キッドも俺もそうだけど…、それでもあいつは誰よりも、ナマエちゃんを幸せにしたいって思ってるはずだから」
ドラミの事、宜しく頼むな、って、そう微笑んだマタドーラくんに胸の奥がチクチクして、痛くて、でも同時に愛おしくも感じて。今度は無意識のうちにうんと頷いていた。ドラミくん、わたし本当はね、今の状況をちょっとだけ不満に思っていたのかもしれない。本当はわたしだって、ドラミくんに好きって言ってギュッてして、キスしてみたい、なんて。贅沢な事思ってた。でも今の話聞いてたら、やっぱりわたしには何もいらない、って…。ドラミくんさえ居てくれれば、もう、わたしは幸せだよ。そう思うのに、マタドーラくんが「でもやっぱり同一人物なんだな」と続けるから、わたしはキョトンとしながら首を傾げる。
「…?何が…?」
「そういえば男のナマエも、前に似たような事言ってたっけなぁ、と思って。ドラミが女の子だったら良いのに、ってさ」
「へ…そう、なの?」
「あぁ」
あいつも恋愛に悩む事多くてさ、女の子と無理して遊んでる時よりも、ドラミやドラズの皆とつるんで遊ぶ時の方が楽しいって、よく言ってたよ。あいつもナマエちゃんと同じ気持ちだったのかもな。ナマエだって普通に彼女作ってたし、浮気とか遊びもしてたけどさ。気持ちで言ったら本当に恋愛した事のない、ある意味ピュアな奴なんだよ。って、どこか懐かしむようにマタドーラくんが言うので胸の奥がヒヤリと冷える。
「ナマエちゃんだけの願いって訳でも、無いと俺は思うんだけどな。男のナマエも今頃、女の子のドラミと仲良くしてんのかなぁ」
大いに、あり得ると思った。わたしがそうだったように、そう、望んだように。男の子のわたしもきっと、女の子のドラミちゃんに恋をしたんじゃないか、って。そう思うと心臓がドキドキし出して苦しくなった。
「…無理だよ、だって、ドラミちゃんにはキッドくんが、」
そう言ってやっと、マタドーラくんはあの2人の恋仲関係を思い出したのか、はっとした様子で勢いよくわたしの方を見た。
「そっか、そうだった…じゃあナマエは、」
「…割って入る事なんて、出来ないんじゃないかな」
わたしの世界ではもう、ドラミちゃんにはキッドくんがいる。男の子のわたしも同じように、恋愛で悩んで漸く本当に好きだと思える人に出会えたのに。それでもナマエくんは見ている事しか出来ない。友達と好きな人を両方失う結末なんて、そんなのあんまりだと思った。わたしだけドラミくんと一緒になるなんて、できない…。神妙な顔つきで黙り込むわたしの考えを見透かすように、マタドーラくんがそっとわたしの名を呼んだ。
「…もしかして、元の世界に帰ろうとか考えてる?」
「…うん」
「…ごめん、余計な事言っちゃったな、俺」
「そんな!マタドーラくんの所為じゃないよっ。わたしの方こそごめんね、ドラミくんを頼むって、今お願いされなばかりなのに…」
「気にすんなよ。それよりもさ、一回ドラミと話し合った方がいいと思う。2人で納得行く答えを出して、後悔の無いようにさ」
「…うん、そうだね」
ドラミくん、大好きなドラミくん。やっと巡り会えた大切な人なのに。どうしてこうも上手く行かないんだろう。わたしはただ、貴方と幸せになりたかっただけなのに。