あくまでも友達として、あれからもドラミくんとのデートが続いていた。好きと言葉で伝え合う事が出来なくても、手を繋いだりハグをしたり出来なくても、ドラミくんの隣にいる事が出来る。一緒にお話しする事ができる。楽しいという気持ちを共有できる。それだけで十分だった。

そして今日も…午後からドラミくんと出掛ける予定が入っている。午前中は買物へ行ったり部屋の大掃除をしていたら汗をかいてしまって、軽くお風呂に入る事を決め浴槽に温めのお湯を張った。ふぅ、早く会いたいなぁ、なんて。どっぷりお湯に浸かりながらドラミくんの事を考えてむず痒くなる。

そうだ、前にドラミくんに貰った入浴剤試してみよう。それで感想を教えてあげようと、軽く浴槽から身を乗り出して手を伸ばしたその時、ガチャン!と浴室のドアが勢いよく開けられたのに目を瞠った。ヒンヤリとした空気が一気に流れ込んできて、温まっていた脳が瞬時に冷える。


「ナマエ!あなたいつまで私の本借りパクする気ですかっ!あれ図書館の本だって言いましたよね俺が返しとくから貸してくれ〜だとか言ってましたよね!?本当ふざけるのも大概、に…」


ビックリする程の速さでマシンガントークを飛ばされて押され気味のわたし。湯煙が段々と薄くなってきたのに彼、王ドラくんとバッチリ目が合ってしまい気まずくなった。王ドラくんはそこで漸くお風呂に入っているのが目的の人物とは微妙に違う事に気が付いたらしくて。少しずつ勢いが削がれていった暁にはフリーズした挙句ぶわっと瞬時に大量の汗を浮かべていた。顔色がどんどん悪くなっていく王ドラくんを傍目に、わたしはハッとしたように浴槽の中へと身を沈める。


「っす、すみませっ、!てっきりナマエかと思って、玄関開いてる事も多くて勝手に入ってしまうのも日常化していたのでつい、あのっ、本っ当に、申し訳ありませんでしたあああっ!」


そう、王ドラくんが額をお風呂のタイルに擦り付ける勢いで土下座をするので、赤面するのも忘れてつい身を乗り出してしまった。


「お、落ち着いて、顔上げて!」

「無理です!ごめんなさあいっ!」

「そんな…、取り敢えず土下座を止めよう!」

「いえいえっ、貴女には勿論ナマエにも申し訳ない事をっ、」

「ナマエはわたしだからそれは大丈夫だよ!」

「…へ?」


どうやらわたしをナマエくんの女と勘違いしていたらしい。ポカンと、間の抜けた声を上げて固まる王ドラくんに雑に状況説明をする事でなんとかその場は落ち着いたけれども、王ドラくんが顔面蒼白でブルブル震えるのは治らなかった…。取り敢えず一旦服を着て出直すと、王ドラくんはもう一度深く頭を下げて項垂れるので戸惑ってしまう。


「王ドラくん、そんなに思い詰めないで。しょうがないよ、あれは事故だったんだよ」

「…いえ、思い違いとはいえ、嫁入り前の女性宅に勝手に上がり浴室へ侵入した挙句霰もない姿を見てしまうなんて…言語道断ですっ」


確かに、温めのお湯だったからそんなに湯煙は無かったし無防備な姿は見られてしまったかもしれない…。寧ろ詰まらない物をお見せしてしまってごめんなさい。わたしも青くなりながら謝ると王ドラくんは先ほどの事を思い出してしまったのか、勢いよく顔を真っ赤にさせてブンブン大きくかぶりを振った。王ドラくんにはなるべく早くその光景を忘れてもらうしかない。そう、ほんのりと顔を赤らめながら溜息を吐きたくなるのをなんとかぐっと堪えて俯いた。「… ナマエさん、」すると王ドラくんがわたしの事を呼び手を優しく握り締めるので、キョトンと間の抜けた顔で彼を見やる。王ドラくんの目は真っ直ぐと真剣な眼差しでわたしの事を射抜いていた。


「責任は取ります」

「…うん?」

「私と結婚を前提にお付き合いして下さい」

「えっ!?」


そんな、まさか、今時そこまで律儀で古風な人がいるのかというのに驚いたし、まさか事故からの成り行きとはいえ王ドラくんに告白されてしまうとは思ってもいなくて。何よりも真っ赤な顔でそう言ってくれた王ドラくんに触発されたわたしの顔まで急速に熱を持って赤くなる。ぎゅうとしっかり握り締められた手にドキリとしてしまった気がした。


「…はっ、それとも、既にお付き合いされている方がいたり…?」


そう言われて自然と浮かんだのはドラミくんの顔。付き合ってる訳じゃない。そうじゃないから首を横へ振るけど、なんだか後ろ髪を引かれる気分で。多分わたしが縦に頷いていたら、王ドラくんはまた顔を青くしながら謝ってしまうんだろうなぁと想像して小さく苦笑いを零した。


「王ドラくんの気持ち、凄く嬉しい。気遣ってくれてありがとう。でもわたし、他に好きな人が、いて、」


ドラミくんの事を考えるだけでしどろもどろになってしまうからいけない。俯きながらあせあせと、ぎこちなくなるわたしに王ドラくんはポカンと呆気に取られた顔をして、けれどすぐに微笑を浮かべながら「…分かりました」と頷いてくれた。わたしも王ドラくんの事を照れ笑いで見上げて目が合ったその時、玄関のドアが音も無く開けられたのにわたしと王ドラくん2人分の視線がそちらへ向く。そこには大きく息を弾ませながらわたし達を見やる、ドラミくんが立っていて目を見開いた。


「ドラミくん、なんで…」

「メール!ナマエちゃんが突然ドタキャンなんて珍しいし、その割には内容雑だしで心配になって」


確かに、このままだとドラミくんと約束の時間には間に合わないと思って断りのメールをした。青ざめながら挙動不審になっている王ドラくんを放置する訳にもいかなくて手短に打ったメール。突然ごめんね、今日のデートキャンセルでお願いしたくて。コンロまた埋め合わせしるから、だなんて、よくよく読み返せば一方的なメールだったなと反省する。しかも誤字ってるし、なんなら焦り過ぎて途中送信してるし…


「…ごめん。慌てすぎちゃってチャイムも押さずに入ってきちゃって。でもそっか、急用ってこれだったんだね。ごめんね邪魔しちゃって、僕帰るね」


段々と声が低くなっていくドラミくんを不審に思って、そこで漸くわたしは王ドラくんに手を握られっぱなしだったのを思い出した。わたしの髪は濡れているし、お風呂上がりなのは一目瞭然だ。間違いなく誤解を生んでいる状況に焦って咄嗟にパッと手を離してみても後の祭り。完全に背を向けてしまったドラミくんのジャケットの裾を慌てて掴んで引き止める。振り向いたドラミくんは少し不機嫌そうに見えた。


「…すみません、事情は私からお話しますよ」


若干ピリついた空気を察してくれたらしい王ドラくんが状況説明を進めてくれる。その間もドラミくんはご機嫌斜めで顰めっ面だったけど、話を聞き終えると溜息混じりに「そう…」と言葉を落とした。


「じゃあ王ドラはナマエちゃんの裸を見たの」

「なっ、ハッキリと見えた訳ではありませんよ。というか、単刀直入に何を言うんですかっ!」

「…ごめん、確かにデリカシーの無い質問だった。ナマエちゃんも、ごめんね」

「うっ、ううん…」

「…ドラミらしくありませんね。」


あの、お二人は付き合ってらっしゃるんですか?おずおず、といったように王ドラくんが尋ねる。何となく気まずい雰囲気の中、ドラミくんがううんとハッキリ否定するのに、チクリと胸が鋭く痛んだ気がした。


「僕の片想い」


えっ、と小さく驚きの声を上げたのはわたしだったか王ドラくんだったか。はたまたその両方なのかもしれない。すっぱりと言い切ったドラミくんの表情があまりにも穏やかで。チクチクと痛かった胸の痛みが一変、今度はドキドキと苦しく高鳴り出すから堪らない。何処か意外そうにしながら、わたしとドラミくんの顔を交互に見やる王ドラくん。ドラミくんは爽やかに一つ笑ってみせると、軽く伸びをしてから袖を捲り上げて続けた。


「それじゃあ、王ドラがナマエに貸したっていう本探し、始めますか」

「えっ、いえ、そんな、…また出直します。お二人は前々から出掛ける約束をしていたのでしょう?」

「遠慮しなくていいよ。ナマエちゃんも、最初から王ドラの本探すつもりで今日の約束止めにしたんでしょ?だったら人手も多い方がいいだろうし」


男の子のわたし、皆の物借りパクし過ぎでしょ、なんて思いつつ。王ドラくんの本探しの為にもドラミくんのお誘いを断った所があったから。ピタリと言い当てられて少しビックリしてしまった。眉を垂らしながらわたしの表情を伺う王ドラくんにニコリと微笑む。


「元々男のわたしが悪いんだし、王ドラくんは気にしないで?図書館の本なら尚更、早く見つけた方が安心だろうし」


ねっ?そう同意を求めると、王ドラくんは瞳を揺らしながら「ナマエさん…」とわたしの名を紡いだ。


「ちょっと王ドラ、ナマエちゃんにときめいてないで早く本探して」

「なっ、分かってますよ!」

「(ときめき発言に対して否定はしないのか)…ヤバイな」

「何がですか?」

「…何でもない!」



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