ドラミくんに告白された。初めてちゃんと人を好きになって、しかもその人と両想いになる事が出来て。これって凄く低い可能性だし幸せな事だって分かってる。でもだからこそ、あんな風にしてドラミくんの告白を断った事が心苦しくて仕方がなかった。本当はすぐにでも頷いて、わたしも好きですって伝えたかったし、何度も何度も言い直そうか迷った挙句出来なかった。わたしの想像している事だって仮説にしか過ぎないかもしれないのに。それでも思い過ごしだと割り切る事も出来なかったのだ。なんとなく、本当になんとなくの直感でしかないけれど、ドラミくんと両想いになったらわたしはきっと元の世界に帰ってしまう。そんな予感がしていた。


もう、駄目なのかな。折角のチャンスだったのに。振ってしまった。きっと今までのようにドラミくんとお出掛けする事もなくなってしまうんだ。ドラミくんの事が好きなのに、恋人にもなれず、友達にも戻れず。そう考える度に自分の手で幸せを手放してしまった実感を噛み締めて泣きそうになった。分かってる、これはわたしが自分で決めた事だから、そんな風に思ってはいけないって。それに振られたドラミくんの方が全然辛かったはずだ。想いが通じてドラミくんに会えなくなってしまうよりも、友人として彼の隣にいられる方が幸せなんだとただ自分に言い聞かせて。ズキズキとする胸の痛みを誤魔化していたある日の事だった。突然、キッドくんに呼び出されたのは。


一体どうしたんだろう、珍しい。そう思いながらも約束の時間きっちりに指定された場所へと向かう。見つけたキッドくんの姿に駆け寄って集合するなり、彼は目くじらを立てて「お前!」と声を張り上げるので思わずビビってしまった。な、な、なんだ、どうしてキッドくんはこんなに怒っているんだ…。遅刻はしていないはず。いやそもそも、キッドくんはそんな事で怒るような人じゃない。


「な、なに…?」

「ナマエ、ドラミの告白断ったんだってな」

「なっ、何故それを?」

「お前もドラミの事好きなんだろ?なのに何で振ったりしたんだよ」

「どうしてそれを!?」


ドラミくんを振ったっていう事実が既にキッドくんへと伝わっているってだけでも驚きなのに、まさかわたしの想いまでバレてしまっているとは思わなかった。いや、でもマタドーラくん曰くわたしは分かりやすいらしいからなぁ。言葉に詰まってしまうわたしを見て、キッドくんは真剣な表情でどうしてだよと詰め寄ってくる。


「…キッドくんには、関係ない」

「ああ?」


ひいいいっ、キッドくん、怖い!低い声でガン飛ばしてくるキッドくんのガラがとても悪い。わたしのいた世界のキッドくんはもう少し対応が柔らかくて穏やかだったと思う!青ざめながらプルプル震えるわたしを見兼ねて、キッドくんが溜息を吐きながら吊り上げていた眉を徐々に下げた。


「…嫌いになった、とかではないだろ?」

「…うん、違うよ。今でもわたしは、…ドラミくんが大好き」


そう、大好き。ドラミくんの事。出来るならずっと隣にいたいって、そう思う。苦しい思いから逃れるように、高い空を見上げた。キッドくんが苦々しい表情で唇を噛む。「何で…」と納得がいっていない様子のキッドくんは、やっぱり何だかんだで優しいなぁと実感した。ドラミくんと仲の悪いキッドくんだけど、それでも本当は心配してるし親身にもなっているのかもしれない。


「わたしね、なんとなく勘付いてたの。どうしてわたしとドラミくんの性別だけ逆転してるのか。どうして、わたしがこの世界に迷い込んでしまったのか」


キッドくんがはっとした様に息を飲んでわたしを見る。そして淡々とキッドくんに聞かせた。わたしの思う考察と、これからの事。キッドくんはただ神妙な顔つきでわたしの話を聞いてくれていて、全て聞き終わると目を伏せながら成る程な、と呟いた。


「でもあくまでそれはお前の想像だろ…?本当に両想いになる事が、ゴールなのかよ」

「…確かに、わたしの考え過ぎかもしれない。わたしもそう思うけど、」

「…まぁ、ナマエの言いたい事も分かる。やっと見つけた、心から好きになれた奴だもんな。手放すくらいなら友達としてでも側にいたいって事だろ?お前が突然別世界からやって来たっていうのも事実だし、また突然帰ってしまう事も十分あり得ると思う。でもそれでいいのかよ」


…良くない、全然良くないよ。分かってる。わたしだって…。キッドくんの言葉がただただ胸に刺さって痛かった。いずれはドラミくんだって次の恋愛に足を踏み出すのだろう。そうなった時わたしは、わたしはドラミくんへの想いを引きずったまま、ドラミくんが他の女の子と幸せになるのを見届けるしか出来ないんだ。それは苦しいし辛いだけだって、分かってるけど。


「っ、じゃあどうしたらいいのっ、」

「…帰る条件が両想いになる事とは限らないだろ?ナマエが折角我慢したとして、それでもある日別の理由で元の世界に帰ったとしたら。ナマエはどう思う?その時お前は後悔するんじゃねーの」


あとはお前に任せる。俺にとやかく言える権利はないからな。って、そんな事を言うキッドくんにじわりと涙が滲んで睫毛が濡れた。わたしだって、出来れば自分の仮説が間違っている方に賭けたいよ。帰っても残っても、わたしはきっとドラミくんと幸せになる事は出来ない。だったらいっそのことキッドくんの言う通りにした方がスッキリするのかもしれない。


「…でも、怖い…」


嫌な予感がするの。割り切れる勇気が出ない。ドラミくん以上に好きな人が、この先現れる自信もなかった。これが最初で最後の恋愛かもしれない、そう言ったら恋愛経験豊富なキッドくんには呆れられてしまうだろうか。


「… ナマエ」


不意にキッドくんがわたしの名を呼ぶ。おもむろに顔を上げると透き通った瞳と目が合った。キッドくんは真剣な眼差しでわたしの事を射抜いていて、一つ呼吸を置くと凛とした声でわたしに告げる。


「好きだ」


鼓膜が震えて、目を僅かに見開いた。思わず「…へえっ!?」とか素っ頓狂な声を上げて、唇を金魚のようにパクパクさせながらキッドくんを見やる。な、えっ、なっ…!突然?とか、どうしてこのタイミングで?…ていうか本当にっ?とか。疑問が溢れ過ぎて唖然と固まるわたしに、キッドくんは吹き出すようにして笑ってツンとわたしの額を突っついた。


「なんて顔してるんだよ」

「っ、だ、だだだ、だって…!本気…?」

「本気と書いてマジだろ?…本当は言うつもり無かったんだけどな。元々この恋が叶わねぇの知ってたし。でもナマエ、遅かれ早かれ帰っちまうんだろ? すっかり馴染み過ぎてて忘れてたけど。お前は別の世界から来てる人間だ。言いたい事は全部伝えておけば良かったっていつか後悔するかもしれねぇ。だから俺は今お前に気持ちを伝えるんだ」


キッドくんの言葉一つ一つが、わたしの胸に響いてこだまする。


「お前がアイツの事好きだって知ってる。それでも俺は、ナマエの事が好きだ」


キッドくんの表情は凄く柔らかくて、何だかキラキラしているように見えた。動揺を隠せないまま返事をしようとした所に、キッドくんに笑いながら返事は要らねーよと言われて内心安堵の息を吐く。キッドくんがわたしを勇気付ける為に告白してくれたのは明白だった。キリキリと痛む胃腸に顔を歪めながら、わたしはそっと言葉を散らしていく。


「…ごめんね、キッドくん。…ありがとう」

「おう、気にすんな」

「わたし、わたしやっぱりドラミくんに伝えようと思う。わたしの、本当の気持ち」

「…そっか、頑張れよ!」


キッドくんは表情を綻ばせて柔らかく笑う。そしてクシャクシャとわたしの髪を掻き回すようにして撫でながら、続け様に苦笑いで悪かったな、と言うのでキョトンとしてしまう。


「何が?」

「初めて会った時、無遠慮に胸触っちまって」

「…触るというよりは揉むだったけどね。大丈夫だよ!ビックリはしたけど、気にしてない」


一応、キッドくんなりに気にかけてくれていたらしい。言いそびれる前に謝っておこうと思ってさ、と気まずそうに頬を掻くキッドくんに頭を振る。静かに吹く風が何だか心地良かった。


「…なんか不思議だよな。お前の世界では俺がドラミと付き合ってんだろ?」

「そうだよ、キッドくんは私の恋敵なんだから」

「ははっ、ちょっと待て。何でそうなった?」

「ドラミちゃんと出掛けようと思うといつもキッドくんが付いてくるんだもん。わたしはドラミちゃんと2人きりで出掛けたかったのに」

「マジか…ドラミにベタ惚れとかマジで想像つかねぇし。俺からしたらドラミの方が恋敵なんだけどな」


キッドくんは優しい。ドラミちゃんにも、その友達であるわたしにも。愛されているドラミちゃんを羨ましく思った時もあるし、キッドくんにドラミちゃんを取られた感じがして何処と無く切なくなった事もある。いつの日だったか、夜遅くにわたしを家まで送り届けてくれたキッドくんとドラミちゃんをなんとなく思い出した。わざわざ送ってくれた二人の優しさに嬉しくなったものの、ドラミちゃんにはキッドくんがついていて、彼が最後まで送り届けるんだろうなと思って複雑になる。相思相愛には、やっぱり勝てないんだな、なんて。でもキッドくんの言う通り、今わたしはドラミくんと両片思い中でキッドくんにとってドラミくんがライバルで。ドラミちゃんの彼氏というイメージが強いキッドくんに好意を寄せられているっていうのは、何だか凄く不思議な感じだった。


「勇気だせよ、ナマエ」

「…うん、ありがとう」


わたしには素敵な友達がついてくれている。キッドくんの想いが、言葉が、わたしの中で大きく膨らんでパチンと弾けた。ドラミくん、今度はちゃんとわたしの気持ちを伝えるから。どうか受け止めてくれると嬉しいです。



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