ナマエちゃんを日に日に好きになっていく実感があった。一緒にいるだけで笑顔が絶えないし、心が温かく満たされていく感覚に自然と表情が緩んでいく。結構色々な所へ2人で出掛けてきたけれど、ナマエちゃんはいつも僕のお誘いを受けてくれたし、フワフワと僕の隣で笑ってくれていた。
ただそんなナマエちゃんの様子が、最近どことなく可笑しい。デート中は凄く楽しそうにしてくれているけど、ふとした時に寂しそうな、悲しそうな表情を見せるのだ。何か悩み事があるのか、それとも気にかかる事があるのか。元々ここはナマエちゃんの住んでいた所とは違う別の世界線だし、ホームシックっていうのもあるかもしれない…。ただそれを僕が踏み込んで聞いていいのかっていう躊躇と、もっとナマエちゃんに近付きたい、ナマエちゃんと喜びも悲しみも分けあえる、そういう存在になりたいって。そう心から思った。だから思い切って自分の気持ちを伝えてみる事に決めた。この前ナマエちゃんが僕の相談を親身になって聞いてくれたように、今度は僕がナマエちゃんの話を聞いて彼女の不安を解消してあげたい。そう、思った。
夕陽の傾く時間帯。鮮やかなオレンジが夜に溶け始めていて、凄くロマンチックな夕暮れ時だった。森林公園のベンチに座って湖を眺めながら、僕はドクドクと心拍数が上がっていくのを感じながらそっと口を開く。
「…ナマエちゃん」
「うん、なぁに?」
「いつも僕に付き合ってくれてありがとう」
「ふふ、突然どうしたの?」
ナマエちゃんはどこか照れたように、手を口元に当てて小さく笑う。夕陽に染まるナマエちゃんの横顔が凄く綺麗だった。
「…知っての通りだと思うけど、僕さ、今まで色んな女の子とデートしてきた」
「…うん、そうだね」
いつも女の子の反応を気にして、女の子優先で行動して。自分の気持ちに嘘ついてデートしてる事も多かったし、正直楽しいって思った事もあんまり無かったかもしれない。でもナマエちゃんとデートしてる時はいつだって素の自分でいられた。これからもナマエちゃんの隣にいたい、切実にそう思ったんだ。
「最初は、僕たち元々親友だったから気が合うのかもって、そう思ってたけど。一緒にいる内に気付いたんだ」
僕はひとりの女の子として、ナマエちゃんの事を好きなんだなって。
想いはきちんと全て伝えたつもりだ。ナマエちゃんの瞳が僅かに見開かれて、ゆっくりと潤んでいくように見えた。そよそよと吹いた風に心臓がソワソワして落ち着かない。ナマエちゃんは一度下唇を食んで、おもむろに視線を落とす。何度か言葉を発しようとしてはそれを噤んで、を繰り返すのに、僕は何となく彼女の返事を察してしまい心臓が強く脈打った。
「…ドラミくんの気持ちは凄く嬉しいし、わたしも一緒にいて楽しいなって思うけど、」
「…」
「わたしはドラミくんの事、お友達としてしか見れない」
ナマエちゃんは優しい。凄く相手のことを思いやれる良い子だから。「ごめんね、わたしを好きになってくれて、ありがとう」って、そう言うナマエちゃんも凄く苦しそうな顔をしていた。本当は内心凄くショックだった。けれど顔に出さないようにして、僕はゆっくりと顔を横へ振るう。
「…ううん、僕の方こそ。突然ごめんね、困らせるような事言って。聞いてくれてありがとう」
「…ドラミくん、」
「うん?」
「…なんでも、ない」
ナマエちゃんが何を言いかけていたのか、単純に気になったけど。日も暮れ初めて薄暗くなってきていたのに深追いは出来なかった。「…帰ろっか」そっと立ち上がって、いつも通りナマエちゃんを駅まで送り届ける。そのままじゃあね、気を付けてねと改札口で手を振った。いつもと違うのは、もう次に会う約束を交わせないという事だろうか。
「…振られちゃったなぁ」
人通りの多い、騒つく駅内にポツリと言葉を落とせばすぐ騒音に呑まれて掻き消される。このまま帰る気にはなれなくて、僕は再び先ほどの森林公園へと向かって踵を返した。少し外の空気を吸って落ち着きたい…。正直、心の何処かでは上手くいくんじゃないか、なんて。自分がそんな自惚れた事を考えていた事に漸く気が付いて、そっと自嘲を零す。
すっかり日も沈んだ暗い空には点々と星が光って見えた。友達としてしか見れない、そう言ったナマエちゃんの言葉を思い出して切なくなる。そりゃあそうか。僕にとってナマエが大切な親友だったのと同じように、ナマエちゃんにとってはドラミちゃんもドラミくんも一番のお友達で、それは変わらないんだ。異性としてではなく友達として、ナマエちゃんは僕と一緒にいてくれたんだろうなって。そう思うと何だか胸の奥がチクチクとして切なくなった。
ズルズルとベンチに背を預けて姿勢を崩す。まぁるく光る月をただボンヤリした気持ちで眺めていた。すると、頭上からぬっと誰かに顔を覗き込まれギョッと声を上げる。
「っな!び、びっくり、した、」
「何を間抜け面で干からびてんだよ。お前一人?今日は女連れてないなんて珍しいじゃん」
「…煩いよ」
最悪だ。こんなメンタルやられてる時にキッドと鉢合わせるなんて。在ろう事かキッドは勝手に僕の隣に座って同じように月を見上げ出すし。居座る気満々だな…
「…気の無い女の子を連れ回すのはもう止めたんだ」
「…ふーん」
「本当に好きな子が出来たから。キッドの言う通り、いつまでも中途半端な事出来ないって思った」
まぁ、結局その子には振られちゃったんだけどね、って。僕から言わなくてもその内誰かの口から勝手に伝わっていくだろうし、絶対キッドにだけは話してやらないって、そう思ってたのに。結局言っちゃったや。てっきりで鼻で笑われるとか茶化されながらも慰められるとかを想像していたのに。意外にもキッドは目を大きく見開いて驚愕の表情を浮かべると、ガッシリ僕の肩を掴んで揺らした。
「えっ、ちょっと、なに」
「振られたって本気で言ってんのかよ、」
「はぁ?そうだけど」
「ナマエにか?間違いねぇのか?」
「あのさぁ君よくもそうデリカシーの無い事をズケズケと、」
「いいから答えろよ!」
「…そうだよナマエちゃんに、振られたの!友達としてしか見れないって!ハッキリ言われたの!」
なんだよ、とことん傷を抉ってくるじゃないか。しかも何で君の方がキレてるんだよ、意味わかんない。
「は、なんだよ、それ…」
「…僕が聞きたいよ。どうしてキッドがそんなショックみたいな顔してるの」
言おうか迷った末に、言ってしまった。キッドも好きなんだろ?ナマエちゃんの事、なんて。僕は振られちゃったけどさ、キッドならまだ可能性あるじゃん、って。けれどキッドは眉根を寄せた顰めっ面で言ってのけた。
「…無理だ。アイツにはもう、どうしようもなく好きなやつがいる」
…そうだったのか、知らなかった…。ガーンって、振られたショックに重ね重ね更に衝撃を受けてヘコんだ。そこで漸く思い出す。ナマエちゃんが縁結びの神社でお祈りをしていた事。いつも僕に付いて一緒にデートしてくれるから忘れてたけど、やっぱり他に好きな奴がいたんだ。じゃあ、浮かない顔をしていたのも恋煩いだったのかもと納得して胸が苦しくなる。
「そっか、初めから叶わない恋だったんだね」
「知らねーよ。もう訳分かんねぇ」
「何それ。…もしかしてさ、ナマエちゃんの好きな人って…エルマタドーラ?」
仲良いもんね、あの2人。よく一緒にカフェでお話ししてるの見るし。でもキッドははぁだとか重々しく溜息を零して、ジト目で僕を見やりながら言った。
「…お前も大概鈍いよな」
「キッドにだけは言われたくないよ」