「今日はありがとう、楽しかった」

「ううん、僕も…楽しかった」


今日はドラミくんと動物園に行って、キリンに餌をあげて、ウサギやモルモットに触れて。とても楽しい一日を過ごした。そのままご飯を食べ終えて帰ってくる。次はパンケーキ食べに行こうね。別れ際、そうはにかんだドラミくんに胸がキュンと弾んでときめいて、また次があるんだという事に嬉しくなった。


「じゃあ、またね」

「うんっ!また今度」


ぶんぶん大袈裟な程に手を振って別れを告げる。ドラミくんはいつも通り、お家に着いたら連絡してねと柔らかく微笑んで。わたしが駅の改札を潜って見えなくなるまでずっと見送ってくれていた。


「…ふぅ」


ホームのベンチに座って浅く息を吐く。さっきまでの幸せな空気を思い出してニヤニヤと、緩む口角を抑えようと両手で口元を抑えた。今日のはデートと捉えてもいいのだろうか。…いいよね?動物園デート…。やっぱりドラミくんとのお出かけは楽しくて笑顔が絶えなくて、もっと一緒にいたい、純粋にそう思った。ただ一つ心に引っかかるのは、ドラミくんがどうしてわたしとデートをしてくれるのかという事だろうか。


頭の中でボンヤリと、以前ドラミくんとの間にあった出来事を思い出す。きちんと一人一人の女の子と話をして関係をハッキリさせようとしていたドラミくん。気の強そうな女の子がドラミくんの頬を引っ叩く瞬間を目の当たりにしてしまって目を瞠ったけど、彼女の表情も真剣そのもので。真っ直ぐドラミくんの事を射抜く眼差しに、あぁあの子もドラミくんの事好きなんだなと直感して切なくなった。とても優しいドラミくん。いつも女の子を大切にしていたドラミくんだから、この決断を出すのにとても迷ったし悩んだと思う。


ドラミくんがわたしに優しくしてくれる事も、もうこれで無くなるんだろうなと。想像して不覚にも寂しく思った。平等な思いやりで優しくされるのが辛くて苦しかったはずなのに、それがいざ無くなると思うと何とも言えない複雑な気持ちになるから難しい。あんなに沢山の女の子からアプローチを受けているであろうドラミくん。容姿端麗で性格の良い女の子も多かっただろうし、その中から1人の女の子としてドラミくんに選ばれるのは果てしなく低い可能性だと悟って溜息を吐いた。けれどわたしの予想とは反して、ドラミくんはよくわたしを誘っては色々な所へと連れて行ってくれたのでついつい期待をしてしまうのだ。


わたしがドラミくんの親友だから、特別優しくしてくれているだけで。そこに愛という感情は無いんだよ、きっと。勝手に自惚れて傷付くのが嫌だったから必死にそう言い聞かせていたけど、気が付いてしまったかもしれない。最初からドラミくんの笑顔は砂糖菓子のように甘くフワフワしていたけど。最近はもっと甘くて穏やかになった気がする。例えるなら金色に煌めいてトロトロと溶け出す蜂蜜のような。丸くなる目元とやんわり上がる口角は、絶対に以前だったら見られない表情だった。ドラミくん、もしかしてわたしの事…そう考えるとどうしようもなく甘酸っぱくなって恥ずかしくなって。さすがに自意識過剰だとバタバタ足踏みをしながら空を見上げた。


「…ドラミくん」


今お別れしたばっかりなのに、もうドラミくんに会いたいと思っている自分がいる。わたし、ちゃんと恋愛出来てるんだ。あんなに好きな人が出来ないと悩んでいたのに、今はきちんと恋をしている自分を少し意外に思う。胸がドキドキと高鳴るのも、こんなにも誰かを愛おしく思うのも、何だか不慣れで不思議な感じがした。


「…好き、」


ドラミくんの笑顔を思い出していただけなのに。ふと唇から溢れた言葉に自分でもビックリしてはっとする。慌てて辺りを見回すと若いお兄さんに少し変な目で見られていたので咄嗟に視線を空へと戻した。う、今の普通に恥ずかし過ぎる。…でも、星きれい。

チラチラと瞬く星に見惚れているとチカリ。一際大きく光った星に一瞬心臓がドキリと短く跳ねた。あの日も確か星の瞬く素敵な夜だったように思う。必死に恋愛をしようとする自分に疲れながら空を見上げて、それは何気なく呟いた一言で、


「ドラミちゃんが男の子だったら良かったのに」


今まで気付かないフリをしていただけで、本当は自分でも薄々勘付いてたのかもしれない。その辺の男の子よりも頼りになって、相手を思いやる事の出来るドラミちゃんがもしも男の子だったなら。わたしは間違いなくドラミちゃんを好きになって今よりもマシな恋愛が出来ていたのかもしれないのに。そんなわたしの願い事を叶えてくれたのがきっとこの世界で。その願い通り、実際わたしはドラミくんを好きになって恋に落ちている。じゃあもしこのお願いが完全に叶ってしまったその時、役目を終えたお星様はまたわたしを元の世界へと帰すのだろうかと、そこまで推測して胸の奥がぞわりと疼いた。


「(…それはちょっと嫌だ、な)」


ただの憶測であってそうと決まった訳ではないけれども。ドラミくんと離れたくない。そう思った途端にわたしは、ドラミくんと両思いになるのが何だか怖くなってしまったのだ。



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