「ふざけんな!」


パシン、と、乾いた音がして頬に痛みが走った。初めて女の子にビンタされて、初めてそういう怖い顔で睨まれた。それなりの力で叩かれた頬はじんじんと熱く痛みを訴えていたけれど。それでも胸の痛みの方が大きくて僕は謝る事しか出来ない。それに泣いて嫌だと縋り付かれるよりはビンタされて怒鳴られる方が全然良いと、先ほどの女の子の様子を思い出して苦々しくなった。


「ドラミも私の事、好きなんだと思ってた」

「…ごめんね」

「謝らないでよ!ねぇなんで?じゃあどうしてそんな勘違いさせる様な事するの。好きじゃないんならそんな優しくすんな!」


どん、と、女の子が僕の胸板を強くど突いて行ってしまう。…はぁ。重々しく吐いた溜息がいつまでも耳に残って、思わず二度目の溜息を零してベンチへと腰掛けた。好きじゃないなら優しくするな、か…。そんなつもりなかったんだけど、結果的にそれが女の子達を傷付ける事になってしまったのは事実で。今朝から1人ずつ呼び出しては関係を切ってきた女の子の態度と反応を順に思い出していたらどんよりと気分が重たくなった。


分かってたからと苦笑いでサヨナラしてくれた子、楽しかったよとすんなり身を引いてくれた子、納得が行かないと怒った子、二番目でもいいと泣いてしまった子。正直、疲れたし宥めるのは大変だったけど。全ての種を蒔いたのは僕だし最終的にはみんな了承してくれただけ良しと思いたい。分厚い雲に覆われた空はまるで、今の僕の心情を写しているように見えた。


「…はぁ」


何回溜息を吐くんだって話なんだけど。多分暫くは引き摺るだろうと予想して視線を地面に落とした。平手打ちされた頬がヒリヒリと痛む度に彼女の怒った顔と言われた言葉を思い出す。それで良いと思った。僕の頬なんかよりもきっと、彼女たちの方が傷付いたろうし苦しい気持ちにさせてしまったと思ったから。罪滅ぼしとは違うけどさ、僕はこの痛みを忘れてはいけないんだと強く思った。もう二度と同じ事は繰り返さない、そう思うけど。優しければいいってもんじゃ、ないんだなぁ。…難しいや。


「…ドラミくんっ!」

「うわっ!?」


突如後ろからトンと肩を叩かれて大袈裟な程に飛び上がる。驚愕した顔で振り向くと、少し気まずそうにしたナマエちゃんが苦々しく笑みを零して僕の隣に座った。どこかソワソワとしながらこれ、とナマエちゃんが缶ジュースを僕の腫れた頬に押し当てて、もしかしなくてもさっきのを見られていたんだと思うとバツが悪くなった。


「…ありがとう」

「ううん…大丈夫?」

「大丈夫だよ」


会話が途切れる。未だソワソワとして落ち着かないナマエちゃんに、もしかしなくても気を遣わせてしまっていることを悟って申し訳なくなった。謝ろうとした前に、何故だかナマエちゃんの方からごめんねと謝り出したのでキョトンと彼女に視線を向けた。


「こういう時、なんて声を掛けたらいいのか分からなくて…そっとしておいた方がいいかもしれないとも思ったんだけど…」


ドラミくん、すっごく苦しそうだったから。そう笑うナマエちゃんの表情もどこか苦しそうに見えたのは気のせいだろうか。優しいナマエちゃんだから、もしかすると僕の気持ちが伝染してしまっているのかもと納得して、僕は苦笑いで頭を左右へ振った。ナマエちゃんに貰った缶ジュースを特に意味もなく、ボコボコとヘコませながら。僕はポツポツ胸の内を話し出す。


「…僕さ、女の子には優しく接するのが当たり前だし、男が引っ張ってリードしてあげるのが普通だって思ってて」

「うん」

「だから女の子には、常に優しくて安心出来る存在でいたいって。いつも気にかけて行動してた」

「…うん」

「…でもそれが結果的に、色んな女の子を傷つけてたんだなって思い知ったんだ。気があるような素ぶりを見せて、期待させちゃって、凄くタチ悪いって。こんな間違った優しさ、直ぐに止めるべきだっていうのも本当は分かってた。…分かってたけど、逃げてたんだ、ずっと。こうして怒ったり泣いたりしちゃう女の子を見るのが辛い事だって分かってたから。ずっと先延ばしにしてた。その結果がこれさ」


この天然タラシ。エルマタドーラよりタチ悪いと怒られたのを思い出してまたズンと落ち込む。心が折れてつい本音をペラペラ話してしまったけど、こんな女々しくてカッコ悪い姿をナマエちゃんに見られているのもよくよく思えば最悪で、もっと自分が情けなくなった。こんな僕を見てナマエちゃんはどう思うだろうか。男のくせに弱々しくて女の子の気持ち踏みにじって、なんて奴だって幻滅されてしまったかもしれない。ナマエちゃんは他人を思いやる事の出来る子だから、僕を責めるような事は言わないだろうけど。そういう風に思われても仕方ない。なんて諦めていると、ナマエちゃんが同じように地面を見つめながらそっと声を発した。


「…ドラミくんは優しすぎちゃったんだよ、きっと」


言葉を選ぶように、僕を慰めるように。ゆっくりと一つずつ。ナマエちゃんの唇が言葉を紡いで、僕の胸にじっくりと染み込んでいく。


「ドラミくんが女の子皆の事大切にしてたの知ってる。それがドラミくんの優しさだっていう事も…。女の子を簡単に切る事が出来なかったのも、ドラミくんが優しいからで、みんなの事をちゃんと考えていたからで。確かに沢山の子を傷つけちゃったかもしれないけど。女の子たちはきっと、そんな優しいドラミくんだから好きになって、本当に好きだったから、その分傷付いちゃったんだと思うのね」


ドラミくんだけが悪い訳じゃないよ。そう言ってくれたキラちゃんの言葉にじんと胸が震えた。つい甘えてしまいそうになるのをぐっと堪えて僅かに唇を噛むと、不意にナマエちゃんが僕の顔を覗き込んで苦笑いしてみせる。


「自分の事も大切にしてあげなよ」

「え…?」

「女の子に優しくするのも大切だけどさ、たまには自分の意思を尊重してあげても、いいんじゃないかなぁ。じゃないとドラミくんが疲れちゃう」


そんなに思い詰める事ないよ、ドラミくん。そう、優しい言葉を再度掛けてくれたナマエちゃんに、胸が高鳴って苦しくなった。


「…ありがとう、ナマエちゃん」


お礼を言いながら缶ジュースをそっと頬へ押し当てると、ヒンヤリとした冷たさが気持ち良くて目を細める。ほんの少しだけ痛みが和らいでいく気がした。



×
- ナノ -