「分かっていた事だけど辛い」


はぁ、と、ナマエちゃんが重たげにため息を吐いて項垂れた。

知り合ったばかりの頃は俺のナンパにおどおどとしていたナマエちゃんだが、最近は大分慣れてきたのか、当初に比べたら大分落ち着いてきたように思う。まぁ俺がベタベタに口説かなくなったっていうのもあるんだろうけど。こうしてお茶をしながら世間話をしたり、ナマエちゃんの恋の相談に乗るっていうのが最近定着しつつあった。

そんなナマエちゃんが話す今日の相談事は「ドラミくんが優しすぎて辛い」から始まった。まぁ要点を纏めると、ドラミが色んな女の子とデートをしているっていうのは知っていたが、それを目の当たりにする度に苦しくて胸が痛くなるのだと。ドラミは優しいから、誰にでも優しいから、逆に自分に優しくしてくれた時も嬉しさ半分切なさ半分で複雑な気持ちになるのだと。片思い苦しいと嘆くナマエちゃんは本当にピュアだなぁと見ていて思った。


「…こんな風にヤキモチ妬いちゃう自分も嫌なの。彼女って訳でもないし」

「うんうん」

「でも、目は勝手にドラミくんを追いかけていて、他の子に優しくしているのを見ていると切なくなって、羨ましくなって」

「なるほどね…じゃあ、ナマエちゃんもアプローチしてみたらいいんじゃないの?ドラミの一番になっちゃえば解決じゃん」


う、とナマエちゃんが分かりやすく顔を顰めるのでつい笑ってしまう。自分からグイグイ行くのが苦手であろうナマエちゃんには、少し意地悪な事を言ってしまったかもしれない。それが出来たら苦労しないとは思いつつ、俺の言う事も正論だと捉えているらしいナマエちゃんはまた悩ましげにため息を吐いた。


「(…まぁ俺は、)」


ドラミも結構ナマエちゃんに気持ちが向いてるんじゃないかとは、思うんだけどな。好きじゃなかったらあんな反応しねぇだろうと、先日ドラミとコンビニでしたやり取りを思い返して空を見上げる。 俺が少しでもナマエちゃんまたはドラミの背中を押して勇気付けたら、きっとこの2人は簡単にくっ付くんだろうなと想像して頬杖をついた。さて、どうしたもんか。

バルコニー席の端っこの方。今日は天気が良くて凄く気持ちがいい。カップに口を付けて優雅な気分でコーヒーを嗜んでいると、少し離れた席で見覚えのあるシルエットが見えて「…ん?」と目を凝らした。あれ、噂をすればドラミじゃね?俺の視線に気が付いてヤバイと思ったのか、新聞紙を大きく広げて顔を隠されたが、一瞬見えた姿はまさしくドラミだった。大方、俺と楽しそうにお茶をしているナマエちゃんを見つけて気になったんだろうと、脳裏に浮かんだ予想にゆるゆると口角が上がった。


「マタドーラくん?どうしたの?」

「や、なんでもない」


ナマエちゃんはドラミが他の女の子とデートするのを見る度にモヤモヤ苦しくなると言っていた。じゃあたまにはドラミにもヤキモチ妬いてもらえばいいんだよ。ついでにこれでドラミの気持ちもはっきり分かるだろう。俺様がナマエちゃんのキューピッドになってやろうと企んで、手始めに俺はニコリとナマエちゃんへ笑いかけた。不思議そうにしながらニコリと笑い返してくれるのが可愛い。


「俺さ、最近マッサージ覚えたんだよ」


ほら。言いつつ自然な手付きでナマエちゃんの手に触れモミモミと揉み解してやれば、擽ったそうに笑って肩をすぼめる。その奥ではドラミが顰めっ面でこっちを睨んでくるのでつい吹き出しそうになった。なんつぅ顔をしてるんだアイツは。笑うから止めろ。


「どう?」

「あはは、気持ちいいけど擽ったいよ」


なんて言いつつ振り解こうとはしないので、そのまま指を絡めてギュ、と強く握り締めてみる。てっきり驚いたように声を上げて顔を赤らめるもんだと思ったんだが、意外にもナマエちゃんはキョトンと首を傾げるだけで俺の方が呆気に取られてしまった。


「…?どうかした?」

「ナマエちゃんの手、柔らかくてスベスベしてて触り心地いいなと思って」

「ふふ、なぁに?それ」


いやぁ、女の子の手を触るベタな口実なんだけどな!我ながらエロ親父かよとは思う…。けどちょっとねっとりとやらしい手付きで触れてもナマエちゃんは笑って許してくれるので少しだけ心配になった。これは俺だからなのか。他の奴の手だったらちゃんと引っ叩いて躱せるのかナマエちゃん。躱せなさそうだな…。まぁそれはそれとして。


「なんていうか、ナマエちゃんも大分俺に免疫ついてきたよな。最初は俺に触られるだけで顔真っ赤だったのに」

「うーん、確かに。そう言われるとそうかも」

「じゃあ逆にドラミに同じ事されたらどう思う?」


え…、と短くナマエちゃんの唇から音が溢れて。かと思うとみるみるうちに真っ赤になっていくから茫然とした。うわぁ、相変わらず分かりやす。「ど、ドラミくんは、こんな事しないもん、」とか、赤い顔でしどろもどろに言うなりやっと俺の手を振り解く。もうドラミしか眼中にありません。そんなナマエちゃんの様子にふっと浅く息をついて含み笑いを浮かべた。

俺じゃない、か…。分かり切ってた事だけどな。それでも…ピュアに恋する姿に惹かれつつあったのかもしれない。正直ちょっと気になる存在ではあった。けどこんなにもハッキリとドラミへの矢印見せ付けられたら流石に諦めつくわなぁ!これは脈ないわぁ。あーあ、初めて会った時ガチでいいなと思ってたのに。まさかドラミに落ちてしまうとは…まぁナマエちゃんに本気で好きな人が出来たんなら良かったとは思う。初めの頃はあんなに恋じゃないと言い張っていたのに、今じゃあすっかり自分の気持ちを認めて本格的に恋する女の子だし。そこまで考えて、ふと男のナマエが俺に言ってきた事を思い出した。


「恋愛ってなんだろうな。女の子と一瞬にいても辛いだけなんだが」


彼女と居ても全然楽しくない。何がそんなにいいの?と、俺に問うナマエはモテる奴だった。俺よりも!悔しい事に!最初は何だよ皮肉か?とイライラもしたが、ナマエからしたら真面目に悩んでいたらしい。彼女はひっかえ取っ替え、モデル並みに可愛い子とか、それこそ女優の卵とかと付き合ってる時もあったけどすぐに別れて。その度にナマエはどこか虚しそうな顔で俺に相談してきた。


「本気で好きだと思える子が出来なくてしんどい」


まぁ、焦る気持ちとか、好きでもない女の子に時間と金を費やして遣る瀬無くなるナマエの気持ちも分からんでもないけど。


「無理して探す事もないと思うけどな。恋はする物じゃなくて落ちる物だし」


運命の相手がそんなに沢山いたら困るだろ?と笑ってみせると、ナマエはつられたように笑い声を零しながらながら確かに、と返した。性別は違っても、やはり境遇は同じ2人なのかもしれない。俺はナマエがどんなに恋愛で悩んでいたかを知っていたから、ナマエちゃんには心から好きになった野郎とくっついて欲しいって本気で思った。だから、


「応援するよ、ナマエちゃんの事。その恋最後まで見届けてやる」


そう面と向かって言うとナマエちゃんは一瞬ポカンとして、けどすぐハニカミまじりにありがとうと笑った。あー、やっぱり普通に可愛い。もう俺はナマエちゃんとイチャイチャ出来るしドラミにはモヤモヤ焦りを感じさせる事が出来る一石二鳥だからとことんナマエちゃんにベタベタしよ。そう思ってナマエちゃんにケーキを一口あーんしてあげると咄嗟に口を開けてあーんを受ける。突発的とはいえ照れるか?と思いきや、ナマエちゃんはおいしい!と声を上げるので何だか癒された。クリームがついてると嘘をついて親指で唇に触れると、さすがに恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。


「ほら、もう一口」

「え、いいよ、マタドーラくんのぶんが無くなっちゃう」

「いいからいいから」


苺をフォークで刺してまたもやあーんとナマエちゃんの口元まで持っていく。俺的には耐え切れなくなったドラミが飛び出してくるまでやるぞと思っていたんだが。実際俺の手をずいっと掴み苺を食べたのはドラミでもナマエちゃんでも無くて。


「あれ、キッドくん」


突然乱入してきたキッドに俺もドラミも目を見開いて固まってしまった。はあっ!?何でお前なんだよ!つーかナマエちゃんとの間接キス!地味に取られたんだが!


「何すんだ」


たまらず訴えるとキッドが仏頂面で答える。


「お前が何してんだ。ナマエにセクハラ禁止」

「セクハラじゃねぇし。仲良くケーキ食べ合いっこしてただけだし。なぁ?」

「そうだよ、セクハラではないよ」

「…でもマッサージと称してベタベタ手を触りまくったりクリームがついてるとか嘘言って唇に触れるのはセクハラだろ」

「なっ、狂言だ!」


つうかどんだけ前から見てたんだ!そこまで考えてん?と気付いた。もしかして、こいつ…。俺の視線を気に止める事もなく、キッドはウエイトレスのお姉さんにアイスコーヒーねと注文をしてナマエちゃんの隣に座った。こいつ、ちゃっかり居座る気か。しかもナマエちゃんの隣に座るとは。そおっとドラミの方を盗み見る。結構焦りもピークか?こっちが気になってしょうがないように見えた。しかもキッドが入ってきた事によってドラミが余計乱入し辛い事態に陥っている…。


「…ごめん、折角キッドくんも来てくれた所なんだけど、わたしこの後予定あって」

「マジかよ。タイミング悪かったな」

「うん、だから先に抜けるね。キッドくんまた今度一緒にご飯行こ!マタドーラくんも、今日はお話聞いてくれてありがとう。またね」


ナマエちゃんは凄く律儀だ。そして優しい。俺もさっさと帰ろうと思っていたが、キッドくんがアイスコーヒー飲み終わるまで付き合ってあげてね、とナマエちゃんにお願いされては笑顔で了承するしかない。


「という訳だからさっさと飲み干せよキッド」

「そんな急かすなよ」

「…じゃあ俺と恋バナしようぜ!俺さぁ最近気になってる子いるんだよね」


わざと少し大きな声で言ってみる。思惑通りドラミにも聞こえたらしい。ドラミがピクリと反応を見せてコッソリ新聞紙から顔を上げた。キッドも少しは焦るかと思いきや、これまた予想外にじっと俺の目を見つめてくるから若干たじろぐ。


「な、なんだよ」

「…色んな女引き連れてチャラチャラしてるような男にナマエは任せられない」

「はぁ?何それ俺の事?」

「別に、誰とは言わねぇけど」


そう遠回しに言ってフンと顔を背けたキッドに何となくピンときて察しがついた。声でけぇなと思ってたけど、それも多分ドラミに聞こえるようわざとだったのかもしれない。


「まぁお前も似たようなもんだけどな」

「おいコラ」

「ナマエは押しに弱くて流されやすい所あるだろ。世間知らずっていうか」

「まぁ、そうかもだけど、もう少し言い方ってもんをだなぁ」

「この前だってAVの撮影にホイホイ付いて行きそうな雰囲気だったし」

「え、それは流石に心配」

「だろ?女連れながらどうやってナマエの事守るんだよ。いつも違う女とデートしやがって。本人に悪気が無いとしても、結果的にそれがナマエを傷付けてる。そうやって半端な事してるあいつが、俺は許せねぇんだよ」


さっきとは打って変わって小さめの声で、淡々と語るキッドを意外に思った。確かにな、それには同感だけど。


「…いいのかよ、それをドラミに聞こえるように促して。それでドラミが片っ端から女の子切ってナマエちゃん一筋になったら、間違いなくあの2人くっつくぞ」


好きなんだろ、お前も。なんて愚直な事は言わねぇけど。キッドはそれすらも見透かしたようにふっと笑って、ウエイターの運んできたアイスコーヒーをストローでかき混ぜた。カランと氷が子気味よく音を立てる。


「当たり前じゃん。別に間に割って入ろうとは思ってねぇよ。あんだけドラミにゾッコンなナマエを振り向かせるとかさ、絶対無理だろ」

「ふは、間違いねぇな」

「…まぁ、これでドラミが変わらないっていうんなら」


俺は意地でも、ナマエの事譲らねーけどな。そう苦々しく呟いてキッドがストローを噛む。口ではナマエちゃんの事諦めてるみたいに言っていたキッドだが、その瞳にはまだ小さな希望を抱いているように見えて。つい黙り込む。うーん、俺は早々にすっぱり諦めがついていたから良かったと心底思った。既に手遅れの奴が今俺の目の前でアイスコーヒーを口にしている。それはお前、自分の首絞めてるやつだぞとは、今のキッドには酷な気がして言えなかった。



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