「ちょっとだけ、ちょっとだけお時間くれませんかっ?街角インタビューでファッションチェックしてるんすよ」

「いや、あの、」

「今学生さんですか?」

「違います、えっと、」

「すぐそこなんで!お菓子とか出るんで!」


カメラを向けながらにこやかに話しかける男にタジタジなナマエを見つけてデジャヴに陥った。あいつはまた…見るからに怪しいんだからすっぱり断わりゃあいいのに。だが女のナマエは押しに弱く気も弱いようなので断り切れないのだろうと、前回同様にそう察して俺は2人の間に割って入る。


「悪いな、こいつそういうのNGなんで」

「えっ、キッドくんっ?」


ナマエの前に立って野郎から見えないようにして庇うと、ナマエは驚いたように声を上げ男は何故か表情を明るくして俺にまで話を振ってきた。「あ、もしかして彼氏さん?ちょうど良かった、カップル特集もあるんですよ。すぐそこのバンで、お時間取らないんで!」だとかなんとか、胡散臭い笑顔でそう話す男の指を差した方を見ると確かに一台の車が停められていて益々眉間に皺が寄る。


「おい、行くぞ」

「…!うんっ、」


俺の後ろでおどおど困惑していたナマエの手を取りさっさとその場を後にした。あんなの無視だ無視。アレどう見てもまじっくみらー号的なアレだろ。俺が来てなかったらこいつはまた流されてホイホイ着いて行ってたんじゃないかと思うと胸の奥がヒヤリとした。


「…お前さぁ、」

「う、分かってる!ちゃんと分かってるよ!でも…」

「でもじゃない。分かってるんなら尚更ちゃんと断れ。嫌な事は嫌!って言え。じゃないと、いつか本当に取り返しのつかねぇ事になっても知らねーぞ?」

「…ごめんなさい」


しゅんと萎れた花みたく項垂れるナマエに浅くため息を零す。この前も今回もたまたま俺が通りかかったから良かったものの。危機感、は一応持ってるみたいだから足りてねぇのは断る勇気なんだろうと。そこまで考えてそういえばドラミも押しに弱くて女からの誘いを断れないっていうのを思い出して余計にむしゃくしゃした。どいつもこいつも、もっと自分の気持ちに素直になればいいのによぉ。


「…悪いな、キツい言い方になっちまって」

「ううん、キッドくんが私の為を思って言ってくれてるの、分かってるから。助けてくれてありがとう」


ナマエは素直だ。男のナマエも正直なところはあったが、女のナマエはもっとピュアで真っ直ぐで、感情をすぐ表に出す分かりやすい女。人を疑おうとしない所に言葉に出来ない危うさを感じた。だから俺はこいつから目が離せなくなるのかもしれないと、ひっそりそんな思いに爆ぜていると不意にナマエと目が合って咄嗟に「今日もまたデートか?」とはぐらかすように話題を振った。


「なっ、違うよ!今日はお買い物!」


デート。そんな単語1つで頬を赤らめて否定するんだから本当に分かりやすい。男のナマエはピュアのピの字も無いって感じだからな。エルマタドーラのナンパに顔を真っ赤にして狼狽えたり、こうしてほんの少し弄るだけでペースを崩すウブな反応が意外だったし、ちょっと可愛いかもとは思った。見てて新鮮だなって。けどその表情が突然消えて悲しそうな物に一変したので疑問に思う。


「どうした?」


ナマエの視線を追い掛けて、納得。女と手を繋いで談笑しながら歩くドラミの姿。ほんと、喜怒哀楽がはっきりしてるよなぁ。俺も結構鈍いって言われるけど、そんな俺でも分かるくらいお前…、


「…」


好きなのか?とは聞けなかった。なんとなく、傷付く気がして。誰がとは言わねぇけど。こいつは分かりやすいだけじゃなくて嘘をつけない性格だからな。言葉に詰まりながらも肯定するか、また赤くなりながら何で?って聞いてくるかのどちらかだろうと予想出来た。それにしてもどんだけ切なそうに見つめるんだ…。


先述の通りドラミは女の気持ちを尊重するばかりで自分の意思に関わらず女に合わせる事が多い。だから色んな奴とデートしてんのも、それがただの優しさでそこに愛は無いって事も俺は知ってるけど。ナマエの方はどうなんだろ。知ってんのかな。寧ろ、知ってるからこそこんな傷付いたような顔で目の前の情景を受け止めているのかもしれないと、そう思うと何だかまたムッとした。


「ナマエ、俺と付き合え」

「えっ?うん?」


突拍子もない提案にナマエは混乱したように俺を見やる。そのまま強引にナマエを肩へと担ぐとキャア!とか甲高い声を上げて俺に抱き着いた。ナマエの悲鳴でドラミも俺たちの存在に気が付いたらしい。目を丸めてこっちを見るドラミに口角を緩めて、見せつけるように俺はそのまま走り出した。あんまり担がれるという経験の無いらしいナマエが「ちょ、怖い怖い!キッドくんっ、」と俺にしがみ付くから不覚にもときめく。視界の端でヒラヒラと揺れるスカートの端を抑えてやりながら、俺はただ真っ直ぐ適当に走った。







ナマエちゃんの声が聞こえた気がして咄嗟に顔を向けると、何故かキッドがナマエちゃんを雑に担ぎ上げていて呆然と固まってしまう。は?なにして、ていうか何で2人が一緒に…、とか疑問だらけで考え込んでいると不意にキッドと目が合った。そのままふっと不敵に笑ったキッドになんだかカチンとくる。なに、今の。まるで戦線布告でもされたような気分だった。

そのままナマエちゃんを連れ去って行ったキッドを追いかけようとしてやっと、僕は今他の女の子とデート中だということを思い出してはっとする。隣を見ると案の定ポカンとしている女の子。う、やっぱりここで解散を告げるのは良くない、よね。最善の策ではないと分かっていたけど、かといって他に手もなくて結局女の子を連れたままキッドの後を追いかけた。「ごめん、ちょっと走るね!」って、女の子ヒールだったのに。走らせてしまった罪悪感で胸が痛む。いつもの僕らしくもない。でもそれくらい余裕が無かったんだと思う。

少しすると、小さなアクセサリーショップにいる2人を見つけたのに慌てて旋回して近くの雑貨屋へと入った。これくらいの距離ならギリギリばれないかもしれない。幸い連れの女の子も「かわい〜」と雑貨に釘付けで、僕は相槌を打ってからこっそりと2人の様子を伺った。


「あ、なぁこれ、ナマエに似合いそう」

「ちょっとキッドくん本気で言ってるの。そのデザイン凄くギャグだよ!?」

「はぁ〜?かわいいだろ…くくっ、」

「とか言ってすっごい笑ってますけど!」

「悪かったって!ごめん。あ、じゃあこっち。このシンプルなのいいじゃん」


…僕は今、何を見ているんだろう。よくよく考えたら僕も今別の女の子とデート中な訳で。あの2人がデートしていたって僕には干渉出来ないしとやかく言える権利も無い訳で。なんか、2人してキャッキャと楽しそうに談笑しているのを見ると胸がモヤモヤとして虚しくなった。…もう、やめよう。今の僕、色々と中途半端でサイテー野郎じゃん。

どっぷり自己嫌悪に浸ってブルーになった。ドラミくん?と不思議そうに僕を見やる女の子に苦笑いで首を振って謝る。ごめん、ご飯行こっか。そう持ちかけると女の子は笑顔で頷いて、その前にお手洗いと言うのでトイレの出入り口で彼女の帰りを待つ事にした。そした、ら、ナマエちゃんもお手洗いに行っているのか、最悪な事にキッドとバッチリ鉢合わせるっていう…。もうホント、さいあく。キッドが不満そうにお前、と言葉を発するので、自然と眉根が寄って表情が険しくなった。


「ストーカーかよ。ついてくんな」

「…うるさい。今のは偶然だし」

「でも途中まではぜってー付けて来てただろ。言っとくがな、ナマエが誰と一緒にいようがお前には関係ないし干渉される必要もないんだからな」

「っ、そんなの分かってるよ!」


思わず大きな声を出してしまったのは、自分でもちゃんと分かっている上で図星をつかれてしまったからで。苛々としたようにキッドを睨みつければ、キッドも僅かに目を細めながら低い声で言った。


「追い掛けて来るにしても、デート中の女引き連れてっていうのは無いだろ」


悔しいけど、キッドの言っている事は正論だった。わかってる、分かってるよ、そんなの。キッドに言われなくても分かってる。それ以上キッドの目を見ていられなくて荒々しく視線を逸らすと丁度ナマエちゃんが出てきて、驚いたように僕の名前を呼んだ。その時僕は上手くナマエちゃんを直視出来なかったし、大分怖い顔をしてしまっていたのかもしれない。視界の端っこで、困惑した様子のナマエちゃんの手を掴んだキッドが見えた。


「…行くぞ、ナマエ」

「でも、っ」


渋るナマエちゃんを強引にキッドが連れ去っていく。「…また喧嘩したの?」心配そうに声を掛ける、ナマエちゃんの声が遠退いていくのに胸がきゅっと苦しくなった。



「…ごめん、本当に申し訳ないんだけど、今日はここでお開きにして欲しいんだ」


やっぱりこんな半端な気持ちでデートを続ける事は出来ないと判断して、トイレから出てきた女の子にそう告げるとみるみる内に目に涙を溜め出すので慌てた。いやだ、どうして、お願いいやだ。それしか紡がなくなる女の子に僕もすっかり参ってしまう。中途半端な事するからだろって。なら最初っからデートなんてするなよって。僕が悪いのは百も承知だけれど、こうして泣かれてしまうとやっぱり、僕は断る事が出来なくなってしまうからまた自己嫌悪の繰り返しなのだ。



×
- ナノ -